紙の本
蛇にはそれぞれ形がある
2005/11/18 20:01
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:喜八 - この投稿者のレビュー一覧を見る
1978年の初冬、ロンドン南西部のグレアム・ロードでひとりの女性が死亡した。名前はアニー・バッツ。その奇矯な振る舞いから、近所の人間は彼女を“マッド”・アニーと呼んでいた。アニーはグレアム・ロードでは唯一の黒人であり、人種差別的な一部近隣住人から度重なるいやがらせを受けていた。
この物語の主人公であるミセス・M・ラニラはアニーが死亡した瞬間にたまたま居合わせる。警察はアニーの死を交通事故によるものとして簡単に処理するが、Mはどうしても納得することができなかった。彼女は20年以上の時をかけて、アニーの死の真実を追求し続ける・・・。
重量級のミステリです。一筋縄ではいかない登場人物たちが複雑にからみあいます。いい人が同時に悪い人、誠実であると同時に不誠実、愛情と憎悪に境界線は引きにくいということが、エピソードの積み重ねによって丹念に描かれてゆきます。
邦訳で600ページ近くにもなる長編の中で追求される謎は2つあります。
(1)アニーを殺したのは誰か?
(2)なぜMはこれほどまでに執念を燃やして犯人を追及するのか?
2番目の謎は最後の1ページで明かされます。じつに鮮やかな手法です。思わずうならされてしまいました。もしこの最後の謎解きが存在なかったら、『蛇の形』はこれほどまでに感動的な小説ではなかったでしょう。
『蛇の形(原題:The Shape of Snakes)』というタイトルは本書の次の部分からとられているようです。「蛇にはそれぞれ形がある、毒のあるやつを見分けられなかったら、命はない」。ある男性登場人物の発言(の伝聞)です。
この場合の「蛇」は女性一般を指しています。そしてストーリーの展開とともに(複数の)女性登場人物が「毒のあるやつ」だという事実が明らかにされてゆきます。
探偵役のMを支える脇役陣もバラエティに富んでいます。夫婦ならではの愛憎によって結び付けられている夫、2人のハイティーンの息子たち、娘とは似たもの同士の母と愛情深い父親、ホラばかり吹いている夫の親友・・・。
もっとも魅力的な脇役は「長身の、痩せた女性」「わし鼻で、白髪まじりの髪を肩にたらし、マシンガンなみの速さでしゃべる」ウェンディ・スタンホープです。牧師夫人の彼女は、Mが犯罪者たちと最後の対決をする際の介添え人の役を果たします。
アニー殺人事件が発生した1978年という年を作者は入念に選択しているのでしょう。翌1979年はサッチャー政権(1979〜1990)が誕生しており、アニーはサッチャー政権成立前夜のイギリス社会の「気分」の中で命を落としたようにも思えるのです。
ちなみにマーガレット・ヒルダ・サッチャーは不思議なことに日本では評判がいいようですが、急激なインフレをもたらした経済政策、人種差別的政策、軍拡路線のため、現在イギリスでは至って不人気な人物だと言われています。
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最強。アン・タイラーとは別の意味で最強。人間のドロドロの醜い部分を突き詰めることのできる人はいっぱいいるけど(かわいそうなことにそのうちの何割かはそれはそんなに難しくないことに気づいていない)、この人は微妙な人間の温かみも書けるからすごい。どっちかをしっかり書くだけで十分なのに、その両方を使って、しかもこのストーリーテリングのうまさ!ひとりひとりに話を聞きに行くだけで自然にストーリーが進んでいくうまさ。いっぽう間に挟む手紙で頭を冷やさせ、そっちでも話を進めていくうまさ。・・・あと、これは特殊な読み方かもしれないが、おれは途中でこの主人公は狂人なんじゃないかって思ってしまった。虚言癖のある主人公で、嘘が微妙に明かされつつ真実が分かるという話じゃないかと(それはそれで、完成できたらすごく面白いけど)。むしろ、それはこの小説のテーマに沿ってはめられている。差別を扱った小説の中で、読んでいるおれが勝手に決めてつけて差別し始めているということ。でも作者はそう読めるようにわざと仕向けているんじゃないかなあ。いろいろすごすぎる。もっともっとすごい点がいっぱいある。これはヤバイ。総合力は神域。これを読むと、そんじょそこらの小説じゃ満足できなくなる(ますます和モノを読む気が失せる)。オールタイムベストのリストに入る。2007.2.7
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久しぶりに彼女の作品にめぐり合う事が出来た。まずは それに感謝したい。大好きな作家の一人である。
そんなに親しくもない黒人女性の死に際に偶然立ち合ってしまった主人公ラニラ。「これは事故死ではない」直感でそう感じたラニラは独自でこつこつと捜査を始める。そして 20年後ラニラは真実を明らかにするため事件の起こった場所に戻ってくる。執拗なまで黒人女性の死に執着する主人公は異様であり 怖ささえ感じる。しかし ラニラがここまでしなければいられなかった理由が次第に明らかになっていく。人が持つ 邪悪なもの....無関心・人種差別・障害に対する偏見・DV..この作品には全てが凝縮され表現されている。ラストの哀切な手紙は ササクレだった読者の心を潤してくれることだろう。
完成度の高い作品。ゆえに 「あそび」がなく好き嫌いは分かれるかもしれない。しかし わたくしにとっては最高の作品でした。
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ヒロインのラニラはごく普通の教師でのほほんと暮らしていた若妻だった。
たまたま近所に住んでいた黒人の老女が亡くなった事に不審を抱き、まわりの無理解に妨害を受けながら、こつこつと調べ続けます。
海外赴任を経ながらも何と20年も!
いったい、何が起きたのか。彼女はなぜ調べ続けたのか…手紙などを積み重ねて、次第に解ってくる全貌もすごいが、何よりもミセス・ラニラの意志の強さに感動!
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【図書館】ミステリ
「なぜ私が殺されなければならなかったのか」
近隣で唯一の黒人であり、奇矯な言動で知られていた
アニー・バッツが死に、交通事故と結論づけられた。
20年前に起きた事件の真相を求めて、主人公は小さな事実を積み上げ、
事件の概要と同時に、人間の残酷さや醜さや狡さが描かれてくる。
なぜ、20年も前の赤の他人の事件に執着するのか。
主人公であるミセス・ラニラに対する疑問は、物語が進むうちに解き明かされ、
最後にはわずかに希望も提示される。
差別や、貧しさや、親の離婚や虐待、アルコールにドラッグなどを
事件の背景に置きつつ、
正義を行使することで、無関係な人の幸せを破壊してしまうことの是非や、
親子の問題についても考えさせられる。
初ミネット・ウォルターズ。
重たいテーマで、書かれている内容も残酷で不快。
しかも、寄木細工のような構成だというのに、
とにかく読みやすくて、さくさくページが進む。
徐々に手の内が明かされていく勢いと、
被害者を取り巻いていた残酷な世界に呑まれて、
読み終わった後、犯人は誰でもいいような気になってしまった。
長いから1日では読めなかったけれど、
仕事中にも、「続きを読むために、早く家に帰らなくっちゃ」と思わせてくれた。
いい作家を知った。
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図書館。
翻訳ものだけど読みやすかった。
近所の黒人女性の死に目にあったことから主人公の人生はかわっていく。
執念の20年。
読み進めていく内に、徐々に明らかになっていく事実に息をのみました。
タイトルも秀逸。他の著作も読んでみたいな。
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ある女性が、近所で起きたある事件を忘れられずに、徹底的に追跡調査するミステリで、その心意気や強靱さに感動させられ救いもあるものの、明らかになる事実にはぞっとさせられる。
ミネット・ウォルターズという暗くてしつこい作風のミステリ作家を知ってはまり、全作品を読んだ一環で手にとったのだが、読み応えがあって読書としても満足した上に、私がこの本で得たのはトゥレット症候群という病名の存在であった。一言で言うと強度のチックで、小説なのでドラマチックに使われている。チックという症状はおおざっぱに知っていたけれども、この本に出会って知ってから、この名前を、あちこちで目や耳にすることに気づくようになった。
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目の前で隣人が事故死し、それが本当は事故ではなく殺人だと直感してしまった主人公の闘い。
すごかった。人間ってここまで醜悪になれるのか、それも明確な悪意があってでなく、コンプレックスや妬みとかの些細なことでなるのかと思った。そして、主人公の執念深さ。
タイトルは殺された隣人がケツァルコアトルの像を持っていた、で、その行方が鍵になっているからなんだろうが、私には人の心に住む蛇、それもまた人によって様々な形なのだ、という意味に感じられた。
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彼女の「女彫刻家」にどハマリしたのが約7年前くらい。
久しぶりに彼女の作品を読んでみようと思って、手に取った。
悪くないけど、他の作品ほどの興奮はなかった。
でもやはり読み応えはあるので、彼女の作品は制覇してみたい。
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ウォルターズ作品では、4番目に読みました。学校の先生ががんばる、というのが良かったです。あと、いろいろあっても、夫婦や家族のきずなが強いところを見せるなど、考えさせられるところの多い話でした。
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登場人物が多く、翻弄される。
主人公のミセス・ラニラのミセスが名前だとしばらくわからず、翻弄される。
サムがなかなかに気に入る。
一番はルークとトムだけど。
息子たちいいこ。
ラニラはなんとなく鈴木京香のイメージ。
じゅうりょくぴえろ…。
海外の思いや入りの土壌に戸惑う。
変人的な黒人排他的酔っぱらい常習者に手助けしてあげるのが
当然な土壌。
日本ならよっぽどのことがない限り、
見て見ぬふりなのかなぁ。
もしくは助けを求めない限り。
村八分…というか。
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緻密な構成と人間性への深い洞察は相変わらず見事の一言。強いて難点を探せば、あまりに完成度が高く息をつけないところか。それと動物虐待の描写は、必要な部分ではあるのだろうが辛い
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醜悪な部分は誰にでもあるやろし、キッカケさえありゃ誰でもああなると思うし、自分がそうならんように意識せなあかんね。
主人公の女性が一番とち狂ってると思うけど。
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ウォルターズは邦訳されだした頃に何作か読んで、よくできてはいるけれど、あんまり好みじゃないと思って、以後読んでいなかった。これは何かでウォルターズの最高傑作と読んだので、どれどれ、と。
やはり感想は同じ。優れたミステリだと思うけど、好きではない。全編に漂う昏さがつらい。
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「氷の家」と同じ作者だったので。
今まで読んできたこの作者の作品の中では一番、面白かった。
交通事故で亡くなった黒人女性の死の真実を、
警官でも探偵でもない近所の女性が20年もたってから追及する。
いや、20年間追求し続け、とうとうその地に帰ってきた。
その追及は、グレアム・ロードに住む、住んでいた人々の殺人だけでなく、
窃盗、暴行、虐待、売春、不倫、偏見と人種差別を暴いていく。
誰が彼女の家から盗みを働いたのか、
誰が彼女の家に傷ついた猫を投げ込んだのか、
誰が彼女を家から追い出そうとしたのか、
そして、誰が彼女を殺したのか。
しかし、死にかけていた女性を発見したからといって、
なぜ主人公はなぜ遠い地にあって20年も真実を追求し続けたのか。
夫との関係を壊す危険を冒してまで、
息子たちを利用してまで、
自分の受けた屈辱を明らかにしてまで、彼女の殺人を追及するのか。
その謎の方が気になっていく。
主人公の強い意志、行動力が心地よいし、
意外な犯人も主人公の動機も、良かった。