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紙の本
顔や化粧を巡って展開されるユニークな日本文化論
2007/03/22 00:37
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、奈良時代から現代に至る千三百年に渡って、日本人がどのような顔(主に女性)を美しいと感じ、いかに化粧を施したのかということについて論じられている。おそらく、このようなテーマについて一般向けに書かれた書物はあまりなく、様々な知見を齎せてくれる。
例えば、古代から中世の顔や化粧について、当時の史料や絵画を探っていくと、眉についての強い拘りが見られることが冒頭で述べられている。それによれば、当初は三日月形の薄い眉が美人の一つの条件であったようだが、奈良時代になると唐文化の影響を受けて太い三日月形の眉が理想とされ、平安時代では眉を抜いて(かなり痛かったと思われる)少し太目で直線的に描かれるようになったという。さらに、中世後期に至ると、カバー画の浅井長政夫人・お市の方のように完全に額の上に上がり髪の生え際の直ぐ下に太く描かれるようになったとしている。勿論、このような眉の化粧法は、上流階級の女性に限られていたのであろうが、時代が下り江戸時代ともなると庶民の既婚女性たちも、剃刀の普及もあって眉を剃り落すことが日常的になったという。
著者は、この他にも、お歯黒の風習、肌の白さが尊ばれたこと、ヘアスタイルの変遷、頬紅・口紅の歴史なども論じており、中々に興味が尽きない。
このような顔や化粧を巡る歴史にも増して注目されるのが、著者が時代を貫く「顔の文化論」を展開していることである。その一つに、日本人には「顔隠しの文化」というべきものが存在していることが提唱されている。著者は、貴族階級の女性たちは御簾を下ろして人々と接見し顔を見せないようにしたこと、平安時代の女性は髪を長く垂らすことで顔を隠すようにしていたこと、江戸時代以降の武家の女性は化粧して人前では素顔を見せないようにしていたこと、現代の女たちは前髪を眉まで垂らし顔を覆うようなヘアスタイルを好んでしていることなどを例に挙げている。
また、重要なのは、「顔隠しの文化」は日本人の内面的にも大きな影響を及ぼし、それは感情表現の否定というかたちで武家文化にしっかり根を下ろし、やがては明治以降の国民文化形成の中心に位置付けられたことにより、国民一般のものとなったという指摘である。これは、明治以来現代に至るまで海外の人々から常に指摘される日本人の「感情表現の乏しさ」「コミュニケーション下手」の淵源を巧みに説明するものとなっているように思われる。
著者は、さらに浮世絵に見られるように平面的で厚化粧で凹凸を隠す「正面顔文化」と、肖像画などで顔の輪郭を強調し存在感を明確にする「横顔文化」を対比し、わが国は前者の文化の特色を色濃く有し、後者の文化を有する欧米などとは異なって、自己主張や個性をあからさまに表出することが忌避されて来たことを論じている。
本書を通読すると、顔や化粧法を巡って、時代ごとに美意識の違いがある一方、時代を超えた「顔文化」というものが存在していることが分かり、甚だ興味深い。楽しみながら読んで行くうち、多くのことを学べる第一級の日本文化論と言えよう。