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商品説明
21世紀の英国。静かな田園地帯の丘に波打つ白い花の群生の清清しい香り。150年前、生麦事件直後の横浜で幕府の軍事情報探索の命を受けた英国軍人がいた。彼の日本人女性への秘めた想いが、日本原産の清楚な花を、欧州で蘇らせたのか—妻と別れ心にぽっかり穴のあいた縣和彦が種苗会社のM&Aの調査中、偶然手にしたかつての英国軍人の手記には、吹き荒れる攘夷の嵐に翻弄されながらも、自らの本分をひたむきに貫くしかない多くの名もなき人達が生きていた。手記に心奪われた縣はやがて未来へ一歩踏み出すきっかけを見いだす…グローバリズムの時代を生きる寄る辺なき現代人へ、はかなくて烈しい、時をこえた愛の物語。第3回日経小説大賞受賞。【「BOOK」データベースの商品解説】
【日経小説大賞(第3回)】妻と別れ、心にぽっかり穴があいた懸和彦は、種苗会社のM&Aの調査中、偶然英国軍人の手記を手にする。そこには吹き荒れる攘夷の嵐に翻弄されながらも、自らの本分をひたむきに貫くしかなかった多くの人達が生きていた…。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
梶村 啓二
- 略歴
- 〈梶村啓二〉大阪外国語大卒。「野いばら」で第3回日経小説大賞受賞。
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紙の本
幕末の動乱を舞台にした哀しい恋の物語
2012/01/09 10:13
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
これは日経新聞が公募したコンテストで見事グランプリを獲得した小説ですが、いまどき珍しい史実とロマンを表題の香り高い植物に結実させた秀作でした。なるほどこれならゆうに賞金1千万円に値する作物です。
私はよく知らなかったのですが、世の中には種子の遺伝子情報を売買する種苗産業が国際的なМ&Aを繰り広げていて、たとえば韓国では1990年代に財政破たんした際にキムチ用の固有の白菜、大根の遺伝子情報を持つ種苗会社が欧米系の種苗コングロマリットに買収されてしまったそうですが、そんなこととはつゆ知らず私たちはキムチを美味しく頂いているわけです。
沈黙の遺伝子帝国とも言われるそんな日本の種苗会社に勤務する商社マンが、偶然英国の田舎で日本風の庭園に出会い、庭園の女主人から手渡された150年前の先祖の古びた手記を開くと、そこに登場するのはアーネスト・サトウを思わせる英国の外交官と彼に日本語を教授する謎の美しい大和撫子……。幕末の動乱を舞台にした海を越えた清らかな、そして激しい恋の物語のはじまりです。
結局恋する2人には哀しい結末が待っているのですが、そのロマンスを折に触れて彩るのが本作のタイトルにもなった日本原産の野いばら(野薔薇)。春にはむせるような甘美な芳香と共に白く小さな無数の花弁を付け、秋には深紅の果実を付けるこの美しい植物は、ちょうどこのころに欧米に移植され、後にさまざまな交配を経て今日私たちが薔薇としてめでる華麗な飛躍を遂げるのですが、著者はそんな歴史的事実を踏まえつつ、いわばつぼみの時代の花と人間と国家の象徴としてこの海を渡った植物をいとおしく描写しています。
2人の主人公が囁いたように、あらゆる植物の中で小輪の野薔薇ほど美しいものはない。
それが毎年拙宅の壺庭の上に崖から咲き下る可憐な花をうっとり眺めている私たち夫婦の実感でもあります。
野薔薇咲く崖下の家に棲みにけり 蝶人
紙の本
時を超えた愛の形が匂うように美しく、比喩は幾重にも重なった野いばらの花びらにも似て
2012/01/30 17:30
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ろこのすけ - この投稿者のレビュー一覧を見る
主人公、縣和彦(あがたかずひこ)は醸造メーカーの社員である。彼はバイオ事業部に配属され、以来企業買収の仕事につく。買収の対象は花の種苗会社。
花は工業製品である。そこで売買されるのは花という形に変わった知的財産権である。
妻と別れ、心にぽっかりと穴の開いたような主人公は種苗会社の調査中、偶然手にしたかつての英国軍人の古びた手記を手に入れる。その手記は静かな英国の田園地帯、コッツウオルズの一軒の家での出会いから得たものだ。
その手記を主人公が読むところから150年前の幕末の横浜へと一気に読者を物語の中にいざなう。
生麦事件直後の横浜で幕府の情報調査の命を受けた英国軍人と日本人女性との秘めた想いが、「種」「花」を伏線に花開いていく。英国軍人の眼からみた幕末の日本。美しい日本の庭の佇まい。日本女性「ユキ」の所作や言葉は、武家の息女という出自からかもしだされる凛々しいばかりの美しさがきらめく。英国軍人エヴァンズが次第にユキに心をうばわれていく様子がこの物語を花のように咲かせていく。花のようにと言ったが、この物語は「種」「花」を伏線として様々な比喩にいろどられていて、幾重にも重なるバラの花びらのようだ。その比喩の美しさを引いてみよう:
英国軍人エバンズは江戸まで愛用のヴァイオリンを携えてきて、ユキの前で弾き終わって思う言葉。
「音楽は花に似ている。音は生まれたとたんに次々と消えていき、とどめることはできない。
しかし、楽譜という記号に変化することによってその生命は輝きを硬い種子に閉じ込め、長い時間を生き延び、生き延びるだけでなく何者かに運ばれて自由に世界を旅するように。楽譜が音楽の種子だとすれば、種子は花の楽譜であり、流れ着いた旅先でその生命は再び解きほぐされ、美しく蘇るのだ」
「ひと時の間だけ虚空に咲き、漂い、消えていく幻のような美しさ。その流れ去る美しさはとどめようがない。しかし、その美は繰り返し再生可能な生命の永遠性につながっている。それが音楽であり、花であると。一瞬でありながら永遠であるゆえにわたしたちはそれを愛するのであると」
日本原産の清楚な花、野いばら。それは日本女性の清楚な佇まいにも似ている。この花が幕末の攘夷の嵐の中から欧州にその種子をもたらせたのか?上記の比喩がやがて来る結末を暗示していたことが読了後にわかるしかけとなっている。
一人の英国軍人の日本女性への秘めた想いの花は、与えられた本分を全うしようと懸命に生きてきた時の人たちと共に、種子となり運ばれ、現代に花を咲かせた物語であった。
歴史ロマンでありながら、時を超えた愛の形が匂うように美しく、ため息が出るほど麗しい読後感となった。
※日経小説大賞受賞作であるが、審査員満場一致の受賞とはうなづける。
読後、本書にも出てくるバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを心ゆくまで聴いた。読後の余韻がさらに極まったのは言うまでもない。
紙の本
著者はどんな人なのか?
2012/01/29 13:01
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:セケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
日経小説大賞を満場一致で受賞したというこの作品。
一読後は思ったよりあっけない感じが残った。
しかし機会があってまもなくもう一度読み返すことになった。
するとストーリーだけを追っていた初回とは違って、あたりの風景や空模様や庭の様子が実に自然に描き出されているのに驚かされた。
不思議な体験であった。
冒頭フラワービジネスに関して、遺伝子情報の売買というような言葉が出てきて新鮮である。
著者のプロフィールについては外語大卒の会社員程度にしか書かれていないが、どのような人なのだろう?
それを知りたいという気にさせられるのも珍しいことだ。
封印されていた100年以上前の革製のノート…。
はるかな丘の尾根に広がるノイバラの群落…。
舞台は現代のイギリスから江戸時代の横浜へ。