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企業が腐る3つの理由: インテグリティはあるのか
企業風土の異なる他企業の成功から学べることは,きわめて限られている。単に成功事例を部分的にさ似するだけでは.成功へ導くシナリオを体系的,大局的に烏瞰できるわけでもなく,うまくいく保証はない。
それよりもむしろ,企業不祥:小のような「経営の失敗」から学ぶべきであるというのが本書のスタンスである。企業不祥圳は,類型化することができるし、代表的な類型は限られている。失敗には必ず原因があり,失敗の原因となったリーダーシップの問題を理解して克服すれば、同じ失敗を繰り返さなくて済む。
企業活動はリーダーのノッセージの下に行われるが,①リーダーのメッセージに誤りがあったり,リーダーに不作為があったりすれば,企業自体も誤った方向に進んでしまう。
また,そうでなくとも,②「ガバナンスの欠如」や③「不健全な企業風土」という欠陥を是正できていない企業では,発信されたメッセージが組織に誤つた形で受け止められることもある。厳しい言い方になるかもしれないが、メッセージが誤った形で受け止められる場合も含めて,リーダーの失敗であり,企業不祥事はそれら①②③のいずれかの顕在化事例である。
序章 なぜ,「不正」と「不祥事」は繰り返されるのか
人事研修で,「リーダーの条件は何ですか」と聞かれたときは次のように答えることにしている。「主観的に価値判断して.それに対する責任がとれるかどうか」であると。ところが,それがなかなか難しい条件なのである。結果として,マックス・ウェーバーのいう「魂のない銅鉄の檻」のような人間組織が形成されてしまうことが往々にしてある。
主観的な価値判断の重要性については,ハーバート・サイモンのいう「限定合理性」がとても参考になる。すなわち.損得計算をして合理的に判断しようとするけれども.人間には認識能力の限界があるために,ある目的に対して限られた合理性しか持ち得ない。
その結果,悪手になるような判断をしてしまうことがある。この「限定合理性」の壁を越えるカギが,イマヌエル・カントのいう「自律的行動」にある。
「経営はサイエンスかアートか」という問いに対する答えは一つではないが,一つの考えとしては,経営はサイエンスであり,かつアートである。客観的.データ的な裏付けのある意思決定を基礎としながらも,数字に無条件に従う姿勢ではない,経営者の「良心」による是非善悪判断,これを最後の碧として持たない経営は,洗練されていない。
実際には経営陣の価値観や規範,「主観的な」価値判断などから成る上部構造の反作用が垂要である。しかるに,その上部構造の反作用部分が弱くなっているために,下部構造の問題を解決できないのではないかと思う。
その点は.宗教観の違いも関係しているかもしれない。日本人は,宗教という柱が弱いために,意思決定原理として損得計算や「客観性」に依存しがちである。
リーダーが重層的に価値判断して行動する必要がある。客観的なデータに加え,「自分はこれが善いと思う」と主観的な選択をして,その責任を取る覚悟が必要となる。
これは科学と哲学���問題でもある。科学万能主義で客観性が無条件によいとされ,哲学を非科学として疎かにしてきたことに根本の原因があるとも言える。
「インテグリティ」の身に付け方
① 思慮深さ(内面):より深く考える
「倫理観,誠実性,自律心」を涵養
②思慮深さ(外面):論理的,客観的に判断する
「論理性,一貫性,客観性」を発揮
③上記①②を踏まえた「言行一致」:意思決定プロセスを透明化する
社員に対するアンケート(定点観測)で経営者に対する信頼を評価
インテグリティとは正反対に,暴走する経営陣が内部統制システムの崩壊をもたらす事例(マネジメント・オーバーライド)がある。以下では,マネジメント・オーバーライドを含む事例をいくつか紹介する。これらはいずれも,健全な企業経営の妨げになる事例である。
①コンプライアンスを「コスト」と断言する経営者
②N0.2のポジションに間こえのいいことばかり言う人間を荘用する経営者
③企業は自分の思いどおりになるものと考えている経営者
④ 固定観念で次世代リーダーを選ぶ経営者
プリンシプルベース思考
リーダーシップ考の最後に,プリンシプルベース思考について触れておきたい。「プリンシプル」とは,「原則」を意味するカヾ.細かいルールに縛
られるのではなく,原則を理解して.その趣旨に沿って適切な行動を取る考え方である。本書では,内部統制システムについて述べる機会が多いが,内部統制においても重要な考え方であるし,リーダーとして求められる姿勢とも密接に関係する。
ルールベース思考
これに対して.ルールベース思考というのは,極力細かなことまであらかじめルールとして明示し,それを遵守しているかどうかで,是非善悪が判断されるやり方である。このスタイルカが,予見可能性や効率性の観点から,有効な統治スタイルとなることもあるであろう。
かつて,金融業界に対する監督規制が「護送船団方式」などと呼ばれたことがあるが、ルールベース思考が有効に機能するのは,そういった一時期の規制業種であったり,特定の企業ステージであったりといった場面ではないかと思われる。
「リーガルマインド」の本質は次のように考えられる。多数当事者の利害の適切な比較衡景と論理的思考に熨付けられる説得力である。「リーガルマインド」の欠如は,感覚のみに依存した経営判断につながり,適切な方向性を指し示すべきリーダーの資質にも悪影響を及ぼすことになる。
第1編 不祥事の原因となる,誤ったリーダーシップ
ホシザキグループにおける企業不祥事から学ぶリーダーシップ
粗利率に重点を置くことも.販社間を競争させることも,それ自体が誤ったメッセージと断じることはできない。実際,ホシザキグループの過去顶年ほどの売上と利益の推移を見れば,売上も利益も上げられる組織として強くなっていったことが窺われる。
しかし,ホシザキグループにおいて.そうした強いメッセージを発した場合にそれを正しい形で受け止められる健全な企業風土が現場に備わっていたか.現場に備わっているか否かを注意深く検討したか。会社自体は成長しているのに,企業不祥爭の影響額自体は小さいのに,上場廃止の危機にまで陥った。この事例を一つの会計���正事例ではなく,リーダーの強いメッセージと不健全な企業風土の現場のマイナスの化学反応の象徴的事例として捉えていく必要があろう。
品質不正事案から学ぶ,不正のトライアングルとリーダーシップ
品質不正事案においては①動機(検査不合格に伴う損失・納期遅延のリスく、②機会(品質に関する専門性),③正当化(厳しく,かつ時に法令に基づくだけのこともある基準をクリアせずとも実質的に問題なしとる開き直り),といった原因が見出されることが多い。
リーダーが日々リーダーシップを行使する際には、不正のトライアングルのアプローチを思い出し,自らのメッセージが企業不祥事の動機や正当化を増幅しないか等注意する必要があろう。
特に神戸製鋼所の事案においては組織体制の変更とその歪みがルートコーズに挙げられているところ,組織体制の変更がどのように企業風土を歪める可能性があるか,といった視点は企業不祥事の予防のみならず,経営の最大効率化という観点からも重要になってくる。
様々な企業不祥事とそのルートコーズを見てきたが、リーダーはメッセージを発信しているが「不健全な企業風土,脆弱な内部統制」を改善しないまま発信した結果,誤った形で受け止められるパターンが多いことがわかるだろう。不健全な企業風土,脆弱な内部統制の企業では、リーダーが発信したメッセージは誤った形で受け止められ、または不祥事を伴いながら実践されることがある。
その結果,従業員が企業不祥事に手を染める方向に向けられた事案は少なくないし,その不健全な企業風上,脆弱な内部統制自体、リーダーが醸成したり、放置したりしたものであれば、慣りすら感じる。
リーダーとしては、「リーダーシップをベストな形で発揮するにはどうしたらよいか」といった積極的な発想を持たなければ,自社も自らの地位も守れないと言えよう。
第2編 不祥事対応に見る,マーケツト目線を持ったリーダーシップ
企業不祥事が発覚した企業と有事ではない自社を別物と捉えず,今の持ち点(信頼)の高さ・低さの違いしかない(しかも将来は逆転され得るライバルである)と捉え,アプローチの中で利用できるものは利用してマーケットの信頼を勝ち取っていく.というスタンスが,今後のESG投資の時流にも合っていると思われる。
経営問題についても「甘え」「なおざりにする精神」という点から見ていけば,企業不祥事とその後の対応は,組織再編やビジネス再編といったビジネス上・IR上も重要な問題のヒントとなろう。むしろ,そうしたヒントを得ずに漫然と経営を続けた場合には,企業不祥事からのたち直り時に事業ポートフォリオの検討までブラッシュアップした企業に.追い抜かれてしまう可能性すらある。
第3編 企業風土改革とリーダーシップ
企業不祥事の原因となる企業風土
① 現状維持マインド
② 責任感の欠如または責任感の拡散
③「井の中の蛙大海を知らず」と排他的マインド
④「先送り」マインド
⑤ 縦割り意識
⑥ 隠蔽マインド
粗織と戦略について,学会,実務者では,大きく 2つの見解に分かれていた。
1つは,「組織は戦略に従う」という見解である。もう1つは,「戦略は組織に従う」という見解であ��。
前者の「組織は戦略に従う」は.GMの経営者でもあったアルフレッド・スローンの見解をチャンドラー(経営学者)が発展させたものである。スローンは、M&Aで巨大になったの経営の在り方を模索する上で,資本関係にあったデュポンの組織設計を参考に.事業部制組織を構築し,GMの発展の礎を築いた。
後者は,立派な戦略を立てたとしても実行できなければ意味がないのではないか,という問題意識からイゴール・アンゾフ(経営学者)が唱えたものである。
ピーター・ドラッカーは,「組織の構造とは,組織が目的を達成するための手段である。したがって構造に取り組むには,戦略から入らなければならない」と述べ.組織設計は,戦略を前提にして行うべきと論じている。
一方で,「業績を自動的に上げる組織があるに違いない」というような幻想を捨てなければならない,ともドラッカーは述べている。
これ対し,アンゾフは,多くの企業が組織編成の見直しをするものの,戦略達成に不十分な企業が多いことに課題意識を持ち,組織と戦略に関する通説を疑い,逆の結論に到達した。それが「戦略は組織に従う」というものである。
いくら戦略が正しくとも,組織の抵抗にあえば戦略は実現されず,途中で頓挫する。ということであれば,自社組織の実力(ケイパビリティ)を踏まえた上で,実行可能な戦略を立案することの方が,より適切ではないか,というのがアンゾフ理論の概要である。
しかしながら,自社組織の実力(ケイパビリティ)を所与の前提とするのは,経営環営が大きく変わった際に,組織変織が間に合わず,衰退(退場)してしまうのではないか,という懸念もある。
直近のコーポレートガバナンスに関する議論の高まり一発展に伴い,両者の議論は,概ね一つの見解へと収れんがみられつつあるとされる。
すなわち,それは,「戦略は組織に従う」である。
ブーカと呼ばれる時代においては,戦略の賞味期限がより短くなる中で,次々と新たな戦略立案をするのではなく,立案した戦略をその都度現場レベルで見直し・修正できる組織のケイパビリティを高めていくことが重要との見解だ。
即ち’組織のケイパビリティを向上させ,組織の実行できる戦略レベルを向上させていくという組織・人車戦略に大きく軸足を置いたアプローチが大変着目されている。組織・人爭課題の解決が経営戦略立案に,大きな影響を及ぼしているということである。
繰り返しになるが、「戦略は組織に従う」,これは法律家による不適切事象(不祥事一たとえば,会計不正,品質不正)にかかる調査,なかんずく.「組織構造的な調査」を行った場合は特に,経験上,非常に納得感のある見解である。
近年.「パーパス」という形で行動原則や価値観を示す企業が増えている。このような取組みそれ自体は誤りではないし.(他社に遅れまいとして)リーダーが取り組みたがることは理解できる。
しかし,「戦略は組織に従う」という点を看過してはならない。リーダーがどれほど優れたパーパスを語ろうとしても,企業全体として受け入れるためには,器としての健全な企業風土・内部統制が必要である。それも・本社の中核,主要な部門の企業風土.内部統制さえよければ足りるものではなく,子会社,中核・主要でない部門等含め,��割り意識,タコつぼ化(セクショナリズ厶),サイロ化等に陥っていないことが必要である。
取締役会等のガバナンス(特に社外取締役や社外監査役の監視機能)が機能していれば.パーパスを受け入れ実行するだけの健全な企業風土・.内部統制が備わっているかを見極められるが,ガバナンスが欠如していれば.器が小さいことに気づくこともできない。
その結果,パーパスといった「戦略」それ自体は正しかったのに.「組織」の限界からかえって「誤ったメッセージ」となり,企業不祥事の原因となることもある。
リーダーがメッセージ発信を促されることが増えた今の時代だからこそ,一応善良な(少なくとも悪人ではない)リーダーの下でも「不健全な企業風土」&「ガバナンスの欠如」ゆえの「誤ったリーダーシップの発揮」という落とし穴にはまりやすいと言えよう。