恣意性の哲学 （扶桑社新書）

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若いころには、恥ずかしくなるような自分勝手な行動したときもあるなぁ、と思い返される。なんでそんな行動をしてしまったのか考えるのに、参考になりそうななので読んでみたい

#恣意性の哲学
#四方一偈
23/9/1出版

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恣意性の哲学 (扶桑社新書)

実際に集団として成り立つにはさまざまな規制が必耍であって、「何を言ってもいい。してもいい」というのはあり得ないことだ。法律や迫徳も、その規制の一種であることは間違いない。ただし、これらを時の政府や既得権益榕が都合のよいモノにこしらえ直し、人々を支配する道具にしてきたのは歴史が示す通りである。とは言え、法律や道徳が「必要悪」であるのもまた確かなのだ。

人を語るには「理性」より「恣意性」の方が適切ではないのか。今迄自分が行っていた世界認識とは全く違う視点になるものの、こっちの方が適切だとの思いに至らざるを得なかった。「そうだ。これだ。時代が『恣意性』を呼んでいる」と思わず叫び、興奮を抑えきれないままに再び読み返しを始めた。それからはソシュールの本を買い集めての格闘が始まった。繰り返し読み直しては数日間を過ごすという、経験したことがない事態が繰り広げられた。

要するに「恣意性」は両面を持ち、良いコトも悪いコトもしてきたのではないかと。
すなわち人には「恣意性」が根底にあって、悪い方にだけでなく艮い方にも向かったと。
たとえ殺人が「恣意性」故に起こるとしても、社会システムの変更もまた「恣意的に」出来ることになる。

確かに「恣意性」に「殺人」と「社会発展への柔軟性」の双方を喚起する力があるのは妙であっても、その両面を持つ「恣意性」だからこそ、社会を変革できるのではないのかと。

そう思ったとき、哲学者ブラトンの『パイドロス』でソクラテスが語った「パルマコン」という言葉が浮かんだ。使い方次第では薬にもなるが元は毒であり、源と薬の両義を持つのが「パルマコン」である。もし「恣意性」が「パルマコン」みたいなものであったとすれば、より適切に人の特性を表しているのではとの思いに至った。

一章 人類の持つ「恣意性」は人の社会にどのように現れるか

個々の人を捉える場合でも雰囲気は重要だし、 集団や国家をとらえる場合でも雰囲気は重要だ。人は生き方や社会での己の定位をそれぞれに決めていても、全体からの影響を受けて暮らしているので、国の雰囲気にも大いに左右される。当然のことながら、逆に国民一人一人が醸し出す雰囲気から国の雰囲気は作られているので、両者は相互作用の働きを示しているのだ。

こうして人々の気分と国の動向が関係するというと不思議に聞こえるかもしれないが、実際にかなり関連しているのは間違いのないところだ。それというのも、基本的に人は、己が集団とか社会の中でどの位催を占めているのかを定めて暮らす(定位ともいう)生物だからだ。

言ってみれば、 各々が社会の中で居場所を見付けて己の場を確保しようとするからで、昔の共同体社会ではギチギチに己の居場所は決まっていて、動かすのは容易ではなかった。しカし社会か発展してくると、自由さが増し選択肢が多くなって居埸所は幾らでも見付かるようになった。見付けるのは簡単になったはずだったのだが、これが一旦社会が滞って来ると、逆に己の居場所が見付けにくくなる。

それは己の居場所を一度手に人れると誰しもそこを手放したがらないからで、これが「変化が嫌だ」という人々の気分になって、やがてそれが国を左右することも起こり得るのだ。

二章　人が持つ「恣意性」の特異性— なぜ他の動物にはないのか

激情は理性とは背反するのに冷静に犯罪を実行したとすれば、どうしてこれが出来たかになり、激情と冷静さを矛盾なく並立させることが無理筋ならば、それが出来た理由は「恣意性」からでしかなくなる。

同種殺しを犯してもなお繁栄するのは、「パルマコン」みたいな両義性が「恣意性」の本質なので、それが良い方にも働いて人の減亡を防ぐからだ。それで何とかバランスを保ちつつ、今の所、繁栄している。たとえ同種への酷い攻撃性があったとしても、良い方向へと「恣意性」を働かせて制御もして何とか存続しているのではないのかということだ。

人の社会の根幹では、遺伝子のような絶対的に近いモノの働きよりも恣意的に作られたモノが力を持つと考えた方が良いだろう。だから、いくら発展して豊かになっても、道徳や社会制度に緩みが出れば、「恣意性」から来る欠陥が嗔き出ても不思議ではない。

道徳にせよ、制度にせよ、絶対的なモノを人は作れない。検道して、役に立たなくなったら変える努力を惜しまないことが必ー哭であって、本能のレベルを知能が凌駕した「恣意性」が根本に織り込まれているのを理解していないと妙な神学論争になる。防術にせよ、制度にせよ、作り方に迫力が欠けることになりかねない恐れがあるのだ。

ローレンツが言うように、人間の知能は本能を凌駕して攻撃制御システムを不能にしたが、補って余りある法律や道徳もまた後天的に凄い知能から作られたものだ。とは言っても、これを守る、守らないも決めるのは恣意性を持つ人なので個体差のバラ付きがあって、不安定さは否めない。不安定さとは切っても切れないのが人の社会なのだ。

三章「恣意性」がもたらした人の社会の在り方

生物学者ユクスキュルの言う「生き物は各々の環世界を持つ」との説から見てみよう。
環世界とは何かだが、身の回りの世界を各々が持つということで、「各々の生き物にはそれぞれに生きる世界があって、そこでしか生きられない」となる。これからすると、生き物は適応した一定の環境でのみ生きられ、そこで生きているというわけだ。

「生き物がその環世界を持つ」と言う表現が意味することを逆に取れば、彼^ はこの環世界から逃れられなくてそこに縛られているということにもなる。この状況を社会学若マックス・シェーラー は「環境緊縛性」と名付けたが、この視点を人の方から見れば、 人類は環境にがんじがらめに縛られなくなったともいえる。

人類だけは自らの意志で環境を選び、そこに人工的な環境を作って、 かなりの所でも生きられるようになった。こうしたことは恣意的に生きる自由を得たことを示してもいて、人の社会発展の原点になったと考えられる。

人類は適者生存の枠を逸脱して自由を得て、自分で環境を選べるものの、己の力でその確保をしなければならない。自由だが新たな場所では何が起きるか分からないことから「次に何をするか」を必死に考えざるを得なく、「何をしていいのか」という自由の���つ迷いの困難も同時に背負うことになったのだ。

現代では衣食住が足りたので、己の意味付けが世の中に認められるかどうかを考慮せずに身勝手な意味付けを作れてしまい、「恣息性」の悪い面が出やすくなった。これこそ人が自由を得たが故の負の問題であり、こうした事態が現代の底を流れるのを無視すると、色々な問題が起きてしまう。

無論、一般的には自分の意味付けの論理が社会に認知されない限り意味を成さないことは知っている。けれど、物が溢れるようになった現代はそれを無視したり、個人的な論理だけの身勝手な意味付けをして行為することを可能にしてしまった。

社会学者エーリヒ・フロムは『自由からの逃走』の著作の中で、自由の持つ間題を鋭く分析する。即ち、人は自由の中にいると自分でこの行動の,意味を考えなければならない重荷を背負うので、わざわざ自由な社会から統制された不自由な社会へと逃げ込む傾向があると。己で意味付けする自由を持て余し、己で考える面倒くささを嫌がり、そこから逃げてわざわざ拘束されに行くと。

これが自由の持つ二面性である。一つは受動的な意味付けでの禁止からの自由と、もう一つは能動的なので意味付けを必要とする自由ということになる。これは自由の表と裏であって、一体なのでこういう話もある。

例えば人が荒野に放り出されると、猛獣に襲われる恐怖から頑丈な檻を作る。作ったら中に入って、アー、これでひと安心となるが、しばらくすると窮屈な空間に飽きてしまい、自由にやりたいと思ってぷつ壊す。「ア—、 これで清々した、 自由になった」と叫ぶのもつかの間、 猛獣に襲れるのではないかの不安に苛まれ、頑丈な檻を再び作って住むというのを繰り返すという。自由の二面性を表すエピソードだ。

四章　「恣意性」から来る意味付けのプラス面

目的に合う行為を生み出す意味付けは、「恣意性」から来るプラス而を形成することにもなる。例えばやりたいようにやる恣意的行為にしても、己だけでなく人の社会にもためになる行為を生み出す意味付けであれば、重要な意義を持つことになる

個人的格率から来る個人の習慣化や社会的慣習がどうして人の行為に組み込まれたのかだが、答えは簡単だ。一つ一つの行為への意味付けを考えることからの解放と効率化である。それというのも、良い「恣意性」から次の行動の一つ一つに意味付けをせざるを得なくても、いつも考え考えしていては疲れてしまう。また効率も悪いので、人々は個人的な習慣化や社会的慣習を作った。
これこそが人類の知恵であり、恣意的な意味付けによる個人習慣化や社会的慣習を作った。

「動き」に一々、意味付けをしなくても繰り返しを続けることで考えずに動けるようになることで、これを「自動運動化」とも言う。ここでの重要な点は、恣意的な意味付けで訓練をし続けることだ。「恣意性」から出た意味付けの持続無しでは、人は「自動運動化」には成功し得なかったのだ。

人類は意識的に意味付けを重ねることで自動運動化システムを作り、うまく歩行を発達させた。言い換えれば、歩行は本能に近いものの、人はそれを自動運動化を経て習慣化してスムーズにさせ、次のステップへと発展させた���だ。歩行を成し遂げれば、次の走りへと行ける。

ここでの重要点は、本能に近いにせよ、補う形にせよ、 我慢のリピートをすることで自動運動化を成し遂げるやり方を人類が確立したことである。逆に言えば、脳が発達して人の社会が高度で豊かな文化を築けた背景には、 リピートするという自動運動化の努力があったのだ。現代においてはこれをつい忘れてしまいがちになっているが、こうした努力を蔑ろにしたらいつか社会は弱ってしまうだろう。

二足歩行同様、言語能力の発達もまた、「恣意性」から出た「繰り返しが重要である」との意味付けが無ければ、起こり得なかったと考えられる。繰り返しが禾耍だという意味付けを恣意的にして常に訓練すれば、自動運動化してネイティブスピーカーと同じようにしゃべれるようになるはずである。ただ後天的なので、使わないと、すぐに元に戻ってしまうのも確かだ。

要はプロ領域の高いレベルになると、リピートをしてもしても、中々にそれ以上は上に行けない状態を示すことになる。練習の成果が容易に得られなくて、こんなことをしても駄目だと思いがちになり、止めてしまう。それだけでない。たとえ高い上の段階に至ったとしても、ここでの自動運動化は固定的ではない。ずっと続きはしないので、このレベルを維持するにはリピートし続けなくてはならない。これもあって、優秀な選手は少ない。

アマチュアのオリンピック選手でも、高度なレベルを維持する難しさはプロと変わりない。生半可な意味付けならば単調なリピートに耐えられずにやめてしまう。これには強固なる意味付けが必須であって、他のしたいことを一旦は諦めてリピートだけに時間をかけるという強固なる意味付けを必要とするのだ。

オリンピックで速さを競い、一秒の何分のーの争いをするのに何の意味があるのかと問われることがある。「本能的な祥びがある」とか、「勝つのに快感がある」とか、いくつかの答があるものの、それより何より、意識の底を流れる「恣意性」から来るリピートの意味付けの重要性を理解して、 この難関を成し遂げることに喜びを感じるからではないだろうか。

自動運動化の発達は、常にわがままを押さえて訓練を繰り返したから上手く行った。しかし高度な段階になると、訓練をし続ければ何とか維持出来てもやめれば元のレベルに戻る。大袈裟に言えば、繰り返しを全部やめれば人の社会が危機に瀕する恐れさえある。

何故、引退するのか。常に繰り返し基礎練習をし続ける気力と休力がなくなったからだと彼らは言うのだ。毎日毎日、長期間に亘って繰り返し、繰り返し、体に覚えさせ続けないと元に戻ってしまうというのは大変な作業だ。繰り返しを続けて体が自然に動く所まで行くことに自分自身で納得しないとやり遂げることは出来ないからだ。
「繰り返しが必要」だとの良い方の恣意的な意味付けを出来ない人は、いつか続けてやれなくなるので、当然ながら高度なレベルには到達出来ない。

苦しい単純な繰り返しの自動運動化に耐えられるかどうかは、「姦味あることだ」と自分を納得させられるかどうかにかかる。これがプロとしてのレベルを決めているのであろう。
とにかく、リピートを続けることで何とかス��ーズに動くレベルまで成し遂げようと頑張って成功すると、次の高いレベルが見えてくる。そうなると、今度はそこを目指して何回も練習を繰り返し、何とかもうー段上へと行こうとする。
こうしてリピートを継続して自動運動化の階段を上がることになる。この時、大切なのが、その意義を理解することだ。

このように自動運動化の域にまで到達するかどうかは、リピートの意義が理解出来て、場面場面での意味付けを積極的に己で組み立て出せるかどうかに掛かる。練習の意味を理解し、その時その時に応じた自分なりの組み立て直しが出来ないと上手くいかないという困難が待ち構える。このことを予測して、ここを耐えて突破する気構えを持たなくては自
動運動化には至らない。

もっと気を付けなければならないのは、上のレベルへと行けば行く程、既述のガウス関数的な進歩になり、少しぐらい練習量を多くしても上へと行けないことが起きる。高度なレベルになればなるほどに練習を重ねても上に行けなくて、 現状維持の平坦なままの期間が長くなって厭になり、 繰り返しを続けられなくなるのだ。

成功を難しくするもう一つの理由が「逃げ」の意味付けを簡単に作れることだ。こんな単純練習をし続けても意味がないと己で合理化する「逃げの意味付け」が容易に作れるのだ。即ち、持続的に練習するか、しないかにおいては、恣意的にどのようにでも意味付けを作れる「恣意性」の本性が顔を出す。

要は「リピートが肝要」という訓練をし続けるプラスの意味付けを作るのが難しい上に、「やめた」というマイナスの意味付けを容崩に作れるという「恣意性」の表と裏の姿がここでは出やすい。
ここにこそ毒にも薬にもなる「パルマコン」のようなプラス面とマイナス面のどちらにでも意味付けが出来る「恣意性」の面目躍如たる姿が現出する。

五章　社会機構の基礎になる意味付け

アイデンティティとは己が確立するものであると同時に、周りや集団からの承認によつて得られるものでもあるので、いくら己の居場所がここであるとしても、それを他の人々からしっかりした実体を伴う形で承認して貰わない限り、機能しないのだ。

生きて行くのに己の居場所の意味付けをするにしても、一人で作る作業は大変な上に、これを支持する人もいなければ、己の意味付けは不確実なままで己の位置が定まらない。これを避けようと小集団に入って認められようとするなら、グループ内での共通の意味付けを承認して、そこに居場所を見付けて互いに支え合えれば何とかなることもある。エスエヌエスの交換もそれに近い

を哲学者ハイデッガーは「世人」と名付けた。日常ではあまり考えずに、常識が指示するように暮らしていて、己の位置をその中に定める生活形態から行動することになる。見方を変えれば個性がないとも言える。日常の殆どで皆がする通りの指示をしてくれる慣習的かつ常識的な行動が生活の大部分になるのは、そうしていれば、己の位置が揺れることが少ないからだ。

「世人」とは、惰性的な意味を込めての人の行動の,卩動運動化における社会版と言っても良い。それは怠惜で新たに考えることをしなくても不安を覚えずに行動するための人の知恵なのだ。派閥を作って群れるのも同じだ。突き詰めた理論や哲学がない「世人」の典型であって、仲間意識だけがある。世論を気にして政治家がポピュリズムに陥るのも、なるべく己に有利な流れを作ろうと人々に阿るからだ。

常識の弱化もあって、特に今は線引きが難しくなつた。それでなのか、結局のところ、「皆の迷惑にならないように」という抽象的な言い方しか出来なくなり、統一した常識を作りにくい世の中になっている。

何故、 人は社会正義としての秩序に帥関心になったのだろうか。幾つかの理由が考えられる。１つは既に述べたように、物が溢れるようになって他人の助けを借りる必要性が目に見えて少なくなり、 独りで生きられると錯覚したりして、利己主義や「自己中」が横行出来る隙間が生まれた。２つ目は正義の意味付けを調整する権力システムへの不信である。個人主義化が進み統一した理念や思想の下に皆が納得すること自体が難しくなって、現代では社会正義の意味付けが上手く作れなくなった。

知能が発達した結果、本能的なモノや自然的なモノとは呢.質な形で生きようとした人類は、人食いのタブーやインセストタブーを恣意的に正義の意味付けとしてお互いに認め合い、大きな集団形成や集団交流への道を拓いて様々な安定が図られたのではないのか。

G・E・厶—アの言うように、秋極的道徳(正義等)は現代では作り得ず、 否定から來る「してはいけない」という形でしか統一した観念は作りにくい。だが、それは古代であってもそうで、したいようにする「恣意性」を制卸してタブ—を作り、個々の勝手で恣意的な行為を正義の規制でもって抑えるのに成功して、 集団のたがいの交流を可能にしたのが「禁止」という基本合意だっただろう。

昔の日本では大家族制が一般的で一種の習俗として定着した時期があった。これからすると、家族にしても世代間に跨った意味付けとしての習俗の確立であったと考えてもよいのではないのか。だからこそ、現代になって個人主義化が加速するにつれて習俗が崩れ、夫婦間での恣意的な約束が両者の関係性の主になった。二人の間の了解だけが根拠なので壊れ易く、離婚が多くなったのではないのか。個人間での約束事なのでそうなるのは当然であろう。

六章　言葉とは何か

江戸時代の坡後に勝海舟と西郷隆盛との間で重要な話し合いが持たれた際に現れた事例だ。というのも、江戸生まれの勝は鹿児島の西郷の滸葉を全く理解出来なくて通訳を脇に置いて臨んだという。このように江戸時代では地方の言葉はそれぞれに発達して、遠くの他の地域とはコミュニケーションを取ることが不可能だった。

S・K・ランガーの『シンボルの哲学』に拠れば、シグナルはハツキリした指向性を持ち、 サインとも言う。シグナルで発して対応する物や行動は原則として一つでしかなく、一対一対応なのだ。丁度、交差点の信号機のシグナルでは色の意味が固定されていて、それしか使えないのと同じなのだ。

しかし人類の言葉はシンボルになる。一対一対応と言った指向性がある固定化がなくなり、 自由に色々な組み合わせが可能になった。逆に見ればシンボルは言葉に対応する一つの決まった行動や実体に限定されなくてもよくなり、対応する実際のモノや行為だけに縛られなくなった。このように、決まったモノや行為へと限定された言葉から、直接に実体に限定されない言葉へと移行した。

大見の言葉を作って使われるうちに、シグナルだけでは間違った使い方や偽の使い方をする人が出てくる。それは当然であって、シグナルの営葉には指向性があるので、指すモノ以外に使用すると混乱するからだ。これが言語のシンボル化への移行を促したのであろう。

シンボルでは一つ一つの言葉が独立出来ない。言葉の連想や文を作って他の一言葉との差異を見分けて選ぶことで理解するしか他に方法はなかったものの、その代わりに扱える言葉の自由さが大幅に増えて発展したのだろう。
ここにシンボルの難しさと複雑さがある。シグナルからシンボル化すると一つ一つの言葉の独立が剝奪される。そこでは言語体系の中でしか他の言葉との差異を区別できなくなり、沢山ある言葉の中の一つの項として限定されて初めて意味を持つからだ。

人の社会は言語に拠って複雑な社会を作ったと言ったが、その基になる言語がこのように「恣意性」と深く結び付き、切っても切れない縁があることで、人の社会は「恣意性」と必然的に繫がると言いたいのだ。

パルマコンのような毒にも薬にもなる恣意性を基にする意味付けだから起きることだが、その時代に意味付けしたモノが大した評価はされなくても、後世になって評価されることもある。また逆に当時は評価されても、後世では散々な評価もあり得る。意味付けはそれだけの大きな力を持つので問題も起こし易いのだ。

七章　「恣意性」はどのようにして生まれたか

人だけがどうしてこうした奥深い「恣意性」を持てて、種として発展することが出来たのだろうか。多分、これには「第三者の目」の役割が大きく関与するだろう。 「第三者の目」とは何かを荒っぽく言えば、己への客観視が出来ることを言う。

多くの他者との比較から社会の中の自己まで拡げられることから、己の社会での位置が分かって自己認識が深まる。これはまるで第三者の日から己を見た時と同じであり、己のことや社会の中での己の位置が分かるようになることでもある。これこそ「第三者の目」と呼べるのではないだろうか。

自問自答することになるので、「第三者の目」とはもう一つの己になるのだ。こうした対話が出来ることは、他者と対話をするみたいなものであって,「こうした方がいい」とか「ああした方がいい」と様々に議論して、考えを推し進められるから、 他者から自己を見るのに近い効果が得られる。

アリストテレスが訂う「人はポリス的な動物」だというのもそれであって、「第三者の目」を働かせられるから自然世界とは異なる人の社会を作るコトが出来る生き物になった。

要するに、人は「第三者の目」との対話を通してイメージを多様に作ることが出来る。ここに人の人たる所以があるものの、物や人を見る時にはイメージ力を借りるので、いくら冷徹に見ているとしてもそこにイメージが介在して、どうしても曖昧さや過剰な膨らみが出来る。これは哲学音カントがし! う「人は物を直接に捉えられるのではなく、構想力でイメ —ジ化して物を捉える」というのと同じことで���ある。

「イメ ージで作られる」を別の営い方をすれば、 カントの言う構想力でもある。彼に言わせると人は物を直接に捉えられるのではない。イメージ化(構想力)してモノを理解するというのだ。目の前に現れる現象を感性(感覚）で捉えるものの、感覚的で己の中のことなので「表象」になる。これを構想力でイメージ化して、客観性の基になるカテゴリーに当てはめて共通認識にするのだという。

カント的に言うと小難しくなるが、簡略化すれば、我々がモノを見る時に像のように捉えるのを表象と言う。言い換えれば、構想力でもってそれぞれに膨らませて、これがどの部類(カテゴリー)に入るのかと捉えることをいう。

単純化を承知して言えば、自己とは「行動する自己」と「第三者の目」との対話から作られた関係を基本とする。つまり、思考過程の運動そのものの対話での関係が自己になるので動き易くて不安定なのだ。その上、対話からああでもない、こうでもないと多くの選択肢を作ってしまい、どれを選ぶかでも迷う。これも対活から来る関係が動的なので揺れ易い。固定された関係ではないので、状況次第でフラフラして脆回であって、 ちよっとした状況変化でも揺れてしまう。

要は「第三者の目」だけが自己でなく、「行動する自己」との対話から作られる動的関係が自己になる。行動に移すには様々な選択肢があるのに対話をあまりせず、 怠惰な行動を取りがちなので、どうしても失敗や騙されたりが起きるというわけだ。

八章　迷いと定位と歩き甲斐-アイデンティティの問題

れぞれの恣意的な行為を生み出せるのは、己で意味付けが出来るからだ。己の居場所を見付けて、 そこに生き甲斐を見出せるかどうかはアイデンティティの確保の問題でもある。人は自らの行った意味付けて決定しようとするが、そこにどうしても迷いが生じる。そうした時の助けとなっているのが、 己の時間軸の創出になる。

己の時間軸上の時系列から複雑な組み立てが出来る独自の地平を手に入れると、多くの選択肢を持てるようになる。このことが取りも直さず、己の行為の意味付けにもなって、人にとって重要な働きをするのだ。

人では「第三者の目」を持てることから、全く異なる視点での大幅な変革が出来る。しかし動物では同じ地平に・留まっていて、次の行動を取るとしても少しの修正しか出来ない。ユクスキュルがいう「環世界」に囚われて、そこでしか生きられないので、大幅な変更を必要としないし、出来ないのだ。

人は「過去軸」と「将来軸」を発生させて沢山の選択肢を作ることで、現在に膨らみを持たせたが、動物は剌激と反応という現在に収斂される条件反射の行動を取り続けているに過ぎないのだ

だから、 動物は将来への悩みを持たないが、人は「過去軸」や「将来軸」という己の時間軸を作り出して企画が出来るようになり、選択肢が豊富になったものの、迷いや危うさも同時に背負い込んだ。

もっと言えば、己の時間軸を持ったことから、いっかは人は死ぬという己の生命の有限性までも知った。こうした時間を自覚することから、何故、己がここにいるのかとの疑問も自ずと浮かんでくるだろうが、これに対する絶対的な答えを有限な存在���ある人間は持てない。永遠性を求めるなら宗教的なものを信じるしかない。

こうした利益第一主義から来る仕事の効率化に伴う現代の状況をミヒャエル・エンデは『モモ』という寓話で警告する。ここでエンデは、人々に合理的に働いて時間を節約することで「時間貯蓄銀行」に時間を貯蓄するのを勧めて、その人固冇の内面時間を奪う「灰色の男達」と、それに反抗する「少女モモ」との闘いという話を作り、皮肉なやり方で現代問題を告発した。まさにこれは、効率を重んじ合理性の追及を第一に掲げる逃げ場のない会社システムで忙しく働く「世人」を救おうとする物語なのだ。

人が見る現実とは、このように姦淤、無意識を問わず、自分の中で意味付けしてイメージ化したものなのだ。思春期の揺れる高校生が現実を虚無と見たり、番物を読んで人の世界の意味付けの多様性を理解し、全く違う現実を見るようになるのもこれだ。精神が変わればイメージも変化して、同じ荥色なのに違う風に見える。

人の特性は「恣意性」であることについて述べてきたが、ここから導かれるのは、人は身勝手にもなれるし、誠実で理性的にもなれるということである。人はこの「パルマコン」のような両面を持っていて、これは個人だけでなく、国のシステムでも起こり得る。

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「恣意性」とは「積極的自由」のことのようなので、本書はある種の「自由論」であるとも言える。ただし、「良識(bon sens)はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである」とすれば、恣意性というのは良識（理性）と対立するものではなく、理性あっての恣意性と言えるのではないだろうか。また「第3者の目」に関しては、恣意性（自由）の拡大により、それが持ちにくくなっている、あるいは視点がバラバラになっているからこそ問題が起きているのであって、やや話が循環しているように思えた。とは言え、社会哲学として考えた場合「恣意性」という切り口は面白いので、今後継続して検討してみたい題材ではある。