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CD

ピアノ作品全集 チェルニー=ステファンスカ、他(16CD)【CD】 16枚組

ショパン (1810-1849)

名ピアニストによるショパンのピアノ曲全集ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ、ケヴィン・ケナー、フィリップ・ジュジアーノ等、過去のショパンコンクールで入賞したアーティスト...

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ピアノ作品全集 チェルニー=ステファンスカ、他(16CD)【CD】 16枚組

税込 10,266 93pt

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曲目

ディスク1
  1. 24の前奏曲Op.28,前奏曲Op.45,前奏曲遺作(26曲)
ディスク2
  1. 12の練習曲 Op.10,Op.25,3つの新しい練習曲(27曲)
ディスク3
  1. ワルツ第1番~第19番(19曲)
ディスク4
  1. ポロネーズ第1番~第7番(7曲)
ディスク5
  1. ポロネーズ第8番~第16番(9曲)
ディスク6
  1. マズルカ第1番~第21番(21曲)
ディスク7
  1. マズルカ第22番~第41番(20曲)
ディスク8
  1. マズルカ第42番~57番,マズルカ補遺(3曲)、即興曲第1番~第4番(23曲)
ディスク9
  1. バラード第1番~第4番,ノクターン第1番~第7番(11曲)
ディスク10
  1. ノクターン第8番~第21番(14曲)
ディスク11
  1. ソナタ第1番,ロンドOp.1,マズルカ風ロンドOp.5,ロンドOp.16,ロンドOp.73(5曲)
ディスク12
  1. ピアノ・ソナタ 第2番, 第3番(2曲)
ディスク13
  1. スケルツォ第1番~第4番,華麗なる変奏曲(5曲)
ディスク14
  1. 小品:ボレロ/ドイツ民謡-スイスの少年-による変奏曲/3つのエコセーズ/コントルダンス/カンタービレ/春/変奏曲-パガニーニの思い出-/ラルゴ/葬送行進曲/変奏曲 -ヘクサメロン-/アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ(11曲)
ディスク15
  1. 小品:演奏会用アレグロ/幻想曲/フーガ/アルバムの一葉(モデラート)/タランテラ/子守歌/舟歌(7曲)
ディスク16
  1. ピアノ協奏曲(2曲)

商品説明

名ピアニストによるショパンのピアノ曲全集

ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ、ケヴィン・ケナー、フィリップ・ジュジアーノ等、過去のショパンコンクールで入賞したアーティストを中心に録音した209曲のショパンのピアノ曲を16枚CDに収録し、今までの国内盤のショパン全集の値段を大幅に下回る価格のBOXが誕生!
 全集のBOXものといえば輸入盤ですが、解説書も英語でかかれていて英語が得意でない方には不便でした。本ショパン全集では完全日本語解説書を付け、譜例付き曲目一覧、1曲毎の詳細な曲目解説、ショパンの生涯略年表、歴代ショパンコンクール入賞者、収録アーティスト紹介を84ページでまとめ、ショパンを初めてお聴きになる方から音楽を専門的に勉強されている方まで幅広く満足して頂ける内容です。(アイエムシー音楽出版)

◆収録曲目一覧
Disc1 24の前奏曲Op.28,前奏曲Op.45,前奏曲遺作(26曲)
Disc2 12の練習曲 Op.10,Op.25,3つの新しい練習曲(27曲)
Disc3 ワルツ第1番~第19番(19曲)
Disc4 ポロネーズ第1番~第7番(7曲)
Disc5 ポロネーズ第8番~第16番(9曲)
Disc6 マズルカ第1番~第21番(21曲)
Disc7 マズルカ第22番~第41番(20曲)
Disc8 マズルカ第42番~57番,マズルカ補遺(3曲)、即興曲第1番~第4番(23曲)
Disc9 バラード第1番~第4番,ノクターン第1番~第7番(11曲)
Disc10 ノクターン第8番~第21番(14曲)
Disc11 ソナタ第1番,ロンドOp.1,マズルカ風ロンドOp.5,ロンドOp.16,ロンドOp.73(5曲)
Disc12 ピアノ・ソナタ 第2番, 第3番(2曲)
Disc13 スケルツォ第1番~第4番,華麗なる変奏曲(5曲)
Disc14 小品:ボレロ/ドイツ民謡<スイスの少年>による変奏曲/3つのエコセーズ/コントルダンス/カンタービレ/春/変奏曲<パガニーニの思い出>/ラルゴ/葬送行進曲/変奏曲 <ヘクサメロン>/アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ(11曲)
Disc15 小品:演奏会用アレグロ/幻想曲/フーガ/アルバムの一葉(モデラート)/タランテラ/子守歌/舟歌(7曲)
Disc16 ピアノ協奏曲(2曲)

◆収録アーティスト一覧
ケヴィン・ケナー/フィリップ・ジュジアーノ/タチアナ・シェバノワ/クシシュトフ・ヤブウォンスキ/サ・チェン/ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ/レム・ウラシン/ヴォイチェフ・シュヴィタワ/ズビグニェフ・ラウボ/ベアタ・ビリンスカ/ボクダン・チャピエフスキ/森 知英/ヤロスラフ・ジェヴィエツキ/カロル・ラジウォノヴィチ/ミー・ジョー・リー
(ピアニスト全15名)
ローラント・バーダー(指揮)、クラクフ・フィルハーモニー管弦楽団(オーケストラ)

Disc1
1~24
24の前奏曲 作品28
24 Preludes Op.28
25
前奏曲 嬰ハ短調 作品45
Prelude in C sharp minor Op.45
26
前奏曲 変イ長調 遺作
Prelude in A flat major Op.posth
Piano
1~24 ケヴィン・ケナー/Kevin Kenner
25,26 タチアナ・シェバノワ/Tatiana Shebanova
Total Time 46:42
Disc2
1~12
練習曲 作品10
Etudes Op.10
13~24
練習曲 作品25
Etudes Op.25
25~27
3つの新練習曲 
Trois Nouvelles Etudes Op.posth
Piano
1~12 フィリップ・ジュジアーノ/Philippe Giusiano
13,15~18,20,21,23,24 タチアナ・シェバノワ/Tatiana Shebanova
14,19,22,25~27 ズビグニェフ・ラウボ/Zbigniew Raubo
Total Time 62:51
Disc3
1~19
ワルツ(第1番~第19番)
Waltzes No.1~No.19
Piano
1,15 レム・ウラシン/Rem Urasin
2,3 クシシュトフ・ヤブウォンスキ/Krzysztof Jablonski
4,5,7,9,17 サ・チェン/Sa Chen
6 ミー・ジョー・リー/Mi Joo Lee
8,10~14,18,19 ズビグニェフ・ラウボ/Zbigniew Raubo
16 タチアナ・シェバノワ/Tatiana Shebanova
Total Time 57:06
Disc4
1~7
ポロネーズ(第1番~第7番)
Polonaises No.1~No.7
Piano
1,2 ズビグニェフ・ラウボ/Zbigniew Raubo
3,4 ヤロスラフ・ジェヴィエツキ/Jaroslaw Drzewiecki
5 クシシュトフ・ヤブウォンスキ/Krzysztof Jablonski
6 ベアタ・ビリンスカ/Beata Bilinska
7 レム・ウラシン/Rem Urasin
Total Time 59:46
Disc5
1~9
ポロネーズ(第8番~第16番)
Polonaises No.8~No.16
Piano
1~3,7 ヤロスラフ・ジェヴィエツキ/Jaroslaw Drzewiecki
4~6,9 ボクダン・チャピエフスキ/Bogdan Czapiewski
8 ズビグニェフ・ラウボ/Zbigniew Raubo
Total Time 54:46
Disc6
1~21
マズルカ(第1番~第21番)
Mazurkas No.1~No.21
Piano
1~13,18~21 ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ/Halina Czerny Stefanska
14~17 クシシュトフ・ヤブウォンスキ/Krzysztof Jablonski
Total Time 50:28
Disc7
1~20
マズルカ(第22番~第41番)
Mazurkas No.22~No.41
Piano
1~4 レム・ウラシン/Rem Urasin
5~11 ズビグニェフ・ラウボ/Zbigniew Raubo
12~14 ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ/Halina Czerny Stefanska
15~17 クシシュトフ・ヤブウォンスキ/Krzysztof Jablonski
18~20 カロル・ラジウォノヴィチ/Karol Radziwonowicz
Total Time 58:17
Disc8
1~16
マズルカ(第42番~第57番)
Mazurkas No.42~No.57
17~19
マズルカ(補遺)
Mazurkas Anhang
20~23
即興曲
Impromptus
Piano
1~4,9,10,13~16 ハリーナ・チェルニー=ステファ

アーティスト紹介

ショパン (1810-1849)

。39年の短い生涯を、作曲とピアノ演奏で駆け抜けた「ピアノの詩人」の素晴らしい音楽が世界中で鳴り響きます。世界各国でさまざまなコンサートやイベントがおこなわれ、CDやDVDなど、数多くの音楽ソフトもリリースされ、ショパンの音楽が過去最高の注目を集めるにぎやかな年になりそうです。 【生誕200年】
2010年は作曲家ショパンの生誕200年にあたる記念の年。39年の短い生涯を、作曲とピアノ演奏で駆け抜けた「ピアノの詩人」の素晴らしい音楽が世界中で鳴り響きます。世界各国でさまざまなコンサートやイベントがおこなわれ、CDやDVDなど、数多くの音楽ソフトもリリースされ、ショパンの音楽が過去最高の注目を集めるにぎやかな年になりそうです。

【二つの名前】
ショパンはポーランドに生まれた作曲家ですが、成人してからは父親の国であるフランスを中心に暮らしていたこともあって、通常、「フレデリック・フランソワ・ショパン」というフランス名で呼ばれ、祖国ポーランドでは「フリデリク・フランツィシェク・ショペン」と呼ばれています。

【フランス系ポーランド人】
ショパンの父親、ニコラ・ショパン[1771-1844]は、10代のなかばからポーランドで暮らしていたフランス人で、ポーランド解放軍に従軍したのちは家庭教師となってポーランド貴族の家庭で子女にフランス語を教えて過ごし、やがて同じく貴族の家庭で働いていたポーランドの没落貴族の子女であるユスティナ・クシジャノフスカ[1782-1861]と結婚し、フレデリックが生まれることとなります。なお、父の名はポーランド名ではミコワイ・ショペンとなります。

【体質】
ショパンは肺結核のため39歳という若さで亡くなっています。結核には生涯を通じて悩まされており、17歳の時には2歳下の妹エミリアを同じ病気で失っています。インフルエンザでもショパンは重態に陥るなど、その華奢な体はあまり健康には恵まれていませんでした。

【恋愛】
幼少からピアノの練習と作曲の勉強に明け暮れ、体もあまり丈夫ではなかったショパンですが、よく知られている話としては4人の女性への恋愛事情が知られています。
 最初の女性は19歳のときに出会った歌手のコンスタンツィア・グワトコフスカで、残念ながら片思いに終わってしまうものの、その心情はピアノ協奏曲第2番の第2楽章に結実しています。
 2人目は、ポーランド人貴族ヴォジンスキ伯爵家の令嬢マリアで、婚約にまで至りますが、翌年、マリア側から破棄されてしまいます。
 3人目は、作家のジョルジュ・サンドで、9年間に渡る交際の中、さまざまな名曲が生み出されます。
 4人目は、歌手でもあるデルフィヌ・ポトツカ伯爵夫人。彼女は古くからショパンと交流があり、死の床にも駆けつけたとされる人物で、若き日のピアノ協奏曲第2番と晩年の『小犬のワルツ』が捧げられてもいます。

【使用楽器】
ショパンが活躍した19世紀前半は、ピアノという楽器がまだまだ進化の途中だったとされる時代で、そのサウンドは現代の楽器とは少なからず違ってはいたものの、それでも古典派時代のフォルテピアノに較べると大きな変貌を遂げており、ショパンの作曲意欲を刺激するのに十分な機能を持ち合わせていたものと思われます。
 実際に当時の楽器で演奏されたCDもリリースされていますが、1840年代に製造されたものは、現代のピアノとはまた違った魅力に富んでおり、ショパンが思い描いたイメージをリアルに再現するという意味でも、たいへん興味深い仕上がりを示しているものが多いようです。
  時代楽器によるショパン演奏
【ピアノの可能性を探求】
そうした機能面で恵まれた楽器に接していたこともあってか、ショパンのピアノ音楽は、それまでの作曲家の書いたピアノ音楽には無かった、非常に繊細で抒情的な美しさや、ダイナミックな表現にまでさまざまな感情の込められたものなど、独自の工夫を感じさせるものが多く、オペラや交響曲には目もくれず、ピアノという楽器に没入したショパンならではの、音楽表現の可能性の探求がなされているのがポイントといえます。

【ピアノ曲以外の音楽】
人生の中心がピアノだったショパンは、作曲した曲もほとんどがピアノ曲ですが、わずかながら室内楽曲や歌曲も書いています。チェロ・ソナタは親友のチェリストで作曲家のオーギュスト・フランショーム[1808-1884]のために書いたショパン晩年の作品で、同じ時期にヴァイオリン・ソナタにも着手していることから、ショパンがピアノ曲以外のジャンルにも積極的になっていたことが推測されています。
 歌曲については、歌が好きで幼いショパンにいつも歌って聴かせていた母親の影響や、歌手だった恋人たちの影響もあるものと思われます。

【年表】
ポーランド時代[1810-1830]
【1810】
0歳。ポーランドのジェラゾヴァ・ヴォラに、フランス人の父とポーランド人母の間に誕生。生後六ヶ月でワルシャワのサスキ宮殿近くに転居。
【1814】
4歳。母や姉からピアノ演奏を習い始めます。母はピアノと歌が得意でした。
【1816】
6歳。ヴォイチェフ・ジヴニーからピアノの指導を受け始めます。
【1817】
7歳。最初の作品『ポロネーズ ト短調』を作曲。スカルベックの援助で出版。
【1818】
8歳。ワルシャワでイーロヴェッツのピアノ協奏曲を演奏。
【1821】
11歳。師のジヴニーの誕生日のために名技的なポロネーズを作曲して献呈。
【1823】
12歳。フェルディナント・リースのピアノ協奏曲を演奏。ワルシャワ音楽院長ユゼフ・エルスネルから対位法、和声学を学び、ヴィルヘルム・ヴュルフェルからオルガンの指導を受けます。
【1825】
15歳。高等学校の正式なオルガニストになります。
【1826】
16歳。高等学校を退学しワルシャワ音楽院に入学。
【1827】
17歳。妹エミリアが結核で死亡。
【1828】
18歳。ベルリンに行きウェーバーの『魔弾の射手』、チマローザの『秘密の結婚』、ヘンデルの『聖セシリア』を鑑賞。
【1829】
19歳。声楽のコンスタンツヤ・グワトコフスカに恋愛感情を抱き、ピアノ協奏曲第2番の第2楽章にその気持ちを反映。ワルシャワ音楽院を首席で卒業し、ウィーンで演奏会を開催。
【1830】
20歳。ピアノ協奏曲第2番をワルシャワで演奏。ウィーン行きを決め告別演奏会を開催。ピアノ協奏曲第1番を演奏し、ショパンの希望でコンスタンツヤはロッシーニの『湖上の美人』のアリアを披露。その後、コンスタンツヤから別れの詩を贈られ、ウィーンに出発。ウィーン到着後、まもなくワルシャワ蜂起がおこります。
【1831】
21歳。ワルシャワ蜂起の影響もあり反ポーランドの色が濃くなったウィーン楽壇では演奏する機会がなかなか得られず、7月にウィーンを去り、8月、ミュンヘンでピアノ協奏曲第1番ほかによる演奏会を開催。翌月、シュトゥットガルトでワルシャワ蜂起の失敗を知り、パリに向かいます。パリ到着後、デルフィヌ・ポトツカ夫人と再会。

フランス時代[1831-1849]
【1832】
22歳。2月、プレイエル・ホールでカルクブレンナーと演奏会開催。リスト、メンデルスゾーン、ヒラー、ベルリオーズらと親しくなります。
【1833】
23歳。リスト、ヒラーと共にバッハの3台のピアノのための協奏曲を演奏。ベッリーニと知り合い友情を深めます。
【1835】
カールスバートで両親と最後の再会。かつて親交のあったポーランド人貴族ヴォジンスキ伯爵家のマリアとドレスデンで再会し、ワルツを献呈(後に『別れのワルツ』と呼ばれる曲)。 ハイデルベルクとパリで喀血、ショパン重態説が流れます。
【1836】
26歳。マリア・ヴォジンスキに求婚。リストの愛人マリ・ダグー伯爵夫人のサロンでジョルジュ・サンドを紹介され、その後、ショパン宅の夜会にサンドを招きます。
【1837】
27歳。2月、インフルエンザ罹患。7月、ヴォジンスキ家から婚約が破棄。
【1838】
28歳。アルカンの演奏会に出演。サンドとの交際がスタート。結核療養のためマジョルカ島に4ヶ月滞在しますが病状は一進一退。
【1839】
29歳。4月、友人の歌手ヌーリが自殺し、鎮魂ミサでオルガンを演奏。6月、サンドの別荘のあるフランス中部のノアン村(パリの南約270キロ)に到着、夏を過ごします。
【1840】
30歳。モシェレスと共にサン・クルー宮殿で御前演奏。
【1841】
31歳。4月、プレイエル・ホールで演奏会開催。6月、ノアンに出発。11月、サンドの住むピガール街に転居。
【1842】
32歳。2月、プレイエル・ホールで演奏会開催。4月、親友マトゥシニスキの死を看取ります。5月、ノアンに出発。
【1843】
33歳。5月、ノアンに出発。10月、パリに戻ります。体調の悪化に伴い、サンドの交友相手に嫉妬。
【1844】
34歳。冬、インフルエンザにより重態。春、回復。5月、父親死去。5月、ノアンに出発。11月、パリに戻ります。サンドの息子モーリスとの感情的対立が深刻に。
【1845】
35歳。3月、病状悪化。6月、ノアンに出発。7月、サンドの娘ソランジュとショパンの心の繋がりが強まり、サンドは息子モーリスとの繋がりを強めて対立的に。
【1846】
36歳。5月、ノアンに出発。モーリスとの関係、さらに悪化。9月、健康状態悪化。
【1847】
37歳。サンドのいない新年。インフルエンザ罹患。5月、喘息の発作で一時重態に。7月、ソランジュをめぐるいざこざもあり、サンドから別れの手紙。
【1848】
38歳。2月、プレイエル・ホールで演奏会開催。パリで最後の演奏会。4月、ロンドンに出発。ヴィクトリア女王の御前演奏。エディンバラ、マンチェスター、グラスゴーなどでの演奏会を経て10月ロンドンに戻ります。ひどい風邪で呼吸困難に。11月、パリに出発。喀血。体調悪化。
【1849】
39歳。冬の間病床。春、小康状態に。6月、シャイヨに転居。大量の喀血。この頃、大流行したコレラにより友人のカルクブレンナー、カタラーニが死亡。8月姉ルドヴィカと再会。9月、パリ中心のヴァンドーム広場のアパルトマンに転居。10月、病状悪化、デルフィナ・ポトツカ夫人、病床を見舞い歌う。10月17日、死去。 葬儀はパリのマドレーヌ寺院でおこなわれ、モーツァルトのレクィエムが演奏されました。これは、ショパンの生前の希望によるもの。遺体はペール・ラシェーズ墓地に埋葬。
【1850】
1月、ショパンの意向により、心臓が姉ルドヴィカによってポーランドに持ち帰られます。
【1855】
1月、ワルシャワの聖十字架教会に心臓が安置されます。

特典・視聴・HMVユーザーレビュー

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