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CD
NIAGARA MOON -40th Anniversary Edition- 【CD盤】【CD】 2枚組
75年リリースの「NIAGARA MOON」40周年記念盤はCD2枚組。disc1は95年、大滝本人の手による未発表リミックス音源を当初の構想にあった曲順で収録。disc...
NIAGARA MOON -40th Anniversary Edition- 【CD盤】【CD】 2枚組
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曲目
- ディスク1
- 福生ストラット(パートII)
- 論寒牛男
- シャックリ・ママさん
- ロックン・ロール・マーチ
- 恋はメレンゲ
- 三文ソング
- 楽しい夜更し
- ハンド・クラッピング・ルンバ
- Cider '75
- ナイアガラ・ムーンがまた輝けば
- いつも夢中
- ディスク2
- ナイアガラ・ムーンがまた輝けば
- 三文ソング
- 論寒牛男
- いつも夢中
- 楽しい夜更し
- シャックリ・ママさん
- ハンド・クラッピング・ルンバ
- 福生ストラット(パートII)
- Niagara Moon Strings
- 恋はメレンゲ
- 三文ソング
- 楽しい夜更し
- ハンド・クラッピング・ルンバ
- ジダンダ
- ロックン・ロール・マーチ
- シャックリ・ママさん
- 夜の散歩道
- 福生ストラット(パートII)
- 論寒牛男
- お先にどうぞ
- Niagara Moon Strings Again
商品説明
75年リリースの「NIAGARA MOON」40周年記念盤はCD2枚組。
disc1は95年、大滝本人の手による未発表リミックス音源を当初の構想にあった曲順で収録。disc2は、「ナイアガラ・ムーン」関連の未発表ライブ音源とデモ用ラフミックス未発表音源を収録。
アーティスト紹介
大滝詠一
1973年のはっぴいえんど解散後、自身のレーベル“Niagara”を1975年に創設。シュガー・ベイブ等のプロデュースワークに加え、自身も多彩な作品を発表し続け、現在のジャパニーズ・ポップスの礎を築く。1981年発表の歴史的名盤『A LONG VACATION』は累計出荷300万枚を記録。
2013年12月30日、大瀧詠一さん(65)がお亡くなりになりました。
日本の音楽史に多大なる貢献を果たした氏のご冥福を心よりお祈りいたします。
20世紀の日本ポップス史に名を残すアーティスト、大瀧詠一。フジテレビ系ドラマ『ラヴ・ジェネレーション』の主題歌として起用された‘幸せな結末’(1997年)で復活し、ファンを喜ばせてくれた。またモデル出身の市川実和子へ提供した‘ポップスター’(1998年)など、プロデュース活動も記憶に新しい。
大瀧の音楽活動全盛期であった70年代~80年代当時は、そのサウンドを批判するリスナーが多くいたのも事実であり(セールスも芳しくなかった作品もある)、キャロル・キングから幕を開けた伝説のラジオ番組『Go Go Niagara』を、楽しみにしていたリスナーがいたのも事実。情報が豊富な今と比べ、当時の情報量を考えると、『Go Go Niagara』は、一部の洋楽ファンのツボにはまったのは間違いないであろう。 また大瀧詠一という存在を知らず、幼い頃に‘出前一丁’や‘三ツ矢サイダー’などのCMソングを口づさんでいた、という人も多いはずだ。
細野晴臣、松本隆、鈴木茂ら4人で結成されたバンド、“はっぴいえんど”を解散後、大瀧はソロ活動を開始する(このソロ活動が、はっぴいえんどの解散にも繋がっている、という説もある)。そしてその後、『ナイアガラ・レコード』を立ち上げ、そこから、シュガーベイブ(山下達郎、大貫妙子らが在籍していたバンド)の“Songs”を第一弾としてリリース、以後、大瀧のソロ・アルバム、プロデュース作品などをリリース。中でも、1981年に発売された“ロング・バケーション”のセールスは、これまでの記録を打ち破るもので、このアルバムのヒットにより、大瀧詠一の音楽活動が以後も続いたと言われている。 ちなみに、1982年には、世界初CDとして、大滝詠一 “ロング・バケーション”が選ばれている(ビリー・ジョエルと)。
以後、1973年から74年までのコロンビア時代、1980年からのソニー時代の音源がCD化され、以後、大瀧のサウンドは、ナイアガラの生き字引との異名を持つ萩原健太ら評論家筋や、山下達郎を筆頭にするフォロワーらにより、次世代へと語られているのである。それはよく、「再評価」と言われるが、そんな事はどうでも良いのだ。単純に、‘幸せな結末’に感動したという、現代のリスナーの率直な反応が、大瀧詠一の素晴らしさを物語っているから。
作曲家、プロデューサー、ヴォーカリスト…と、どの肩書きも彼には物足りない。しいて言えば…とも言えないまでの、どれに至ったても多彩な魅力があるのだ。シリア・ポールの“夢で逢えたら”や、沢田研二の“あの娘に御用心”、小林旭の“熱き心に”、森進一の“冬のリヴィエラ”…と、その提供した楽曲は、どれも日本の音楽史に残る名曲である。
幅広い裏方仕事はもちろんだが、ヴォーカリストとしての大滝詠一(歌手)というのも絶対に捨てられない部分だ。彼は作家、歌手、により名前を使い分けている。大瀧詠一は作家としての活動を表すときに、そして大滝詠一は歌手としての活動を表すのに用いている(その他、多羅尾伴内などもある)。以下からは、ヴォーカリスト大滝詠一と記す。
1977年に発表したアルバム“ナイアガラ・カレンダー“の名曲‘青空のように’や‘五月雨’でも感じられるが、決定的にスタイルを確立したのは、恐らく“ロング・バケーション“(1981年)であろう。”ロング・ヴァケーション“以降の彼のヴォーカル・スタイルは、澄んだ柔らかな声質からしっとり&ネットリと歌い上げ、全編に施されたリッチなリバ-ブ処理により、そのネットリ感が強調されたとてもソフトなもの。
“A面で恋をして”(1981年)で聴ける、優しさ溢れる、弾むようなヴォーカル、 “君は天然色” (1981年)、“ハート仕掛けのオレンジ”(1982年)、“カナリア諸島にて”…と、楽曲の良さもさることながら、そのしっとり&ネットリとした声に惹かれて聴き入ってしまうのだ。丁寧に正確な音を拾い、優しく、…まるで、花を摘むように歌う…。軽くさえも感じるCDの綺麗なサウンドではなく、彼の歌声は深く温かみを帯びた、丁度、aレコードから流れ出る響きに例えたい。深く温かく響くのだ。 これに比べて 、‘三文ソング’や‘ロックン・ロール・マーチ’などで聴ける『ナイアガラ・ムーン』あたりの初期の頃は、ドライな感じ、楽曲についても同様のリズムを重視したヴォーカルと言えるかもしれない。 “ロンバケ”以降のソフトなヴォーカル・スタイル、そんな、彼のヴォーカルが最大の魅力に感じてならない。
2001年には、20周年記念として“ロング・ヴァケーション-20th Anniversary Edition”として現在のテクノロジーによって全編リマスターされて復活、ヒストリー完全本All About Niagaraも発売され、ファンにとっては嬉しい年となった。
キャリア
特典・視聴・HMVユーザーレビュー
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