書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「ジュンク堂書店三宮店」のレビュー
- ジュンク堂書店
- ジュンク堂書店|三宮店
ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)津村 記久子 (著)
ただそれだけで価値があるもの
津村記久子の書く女の子が好きだ。不器用で、生真面目で、自分が女の子である事にどこか居心地の悪さを感じているような、そんな彼女達が好きだ。
主人公のアザミは高校三年生。長身で赤い髪、太いプラスチックフレームのメガネをかけ、カラフルな歯列矯正器をはめている。勉強は出来ない、彼氏はいない、将来やりたい事も決まっていない。そんなアザミが唯一、打ち込む事が出来るのは音楽を聴く事だ。音楽を聴く事により、息を吹き返す事が出来るのだと感じている。
こういった主人公なのだけど、本書は音楽にしか夢中になれない落ちこぼれの女子高生が、気が合う仲間と出会い、バンドをくんで青春を謳歌する、というようなありふれた展開にはならない。
アザミは誰かとバンドをくむ事もなく(それどころか、今一ぱっとしないバンドが解散するところからこの小説は始まる)、ブログで音楽について語るわけでもない。ただ一人、ひたすら音楽を聴き、いつも持ち歩いているノートに、その日聴いた曲や評価を書き込む。あくまで地味に、けれど稀な親密さで音楽と関わる。
後半、自分には音楽しかないと自嘲気味に考えるアザミに“でもね、本当に好きな音楽があればずーっと聴いてたらいいと思うよ”、“だってさ、何もかもようもないわ、意味ないわって言うよりは絶対にいいよ。好きなものがあるほうがいいよ”という言葉がかけられる。
自分が好きなものをひたすらに追いかける事。それがやりたい事、仕事につながらなくても、そういうものがあるという事は、ただそれだけで価値があるのだと、作者はそっと語りかけてくれているようだ。
決して派手なストーリーではないが、だからこそ、地味で退屈な日常を生き抜く為の、確かな強さを読者に与えてくれる。時には投げ出したくなるような、世間や自分を、そんなに捨てたものじゃないと、考えるきっかけを与えてくれる、そんな物語なのだ。
文庫担当 I