書店員レビュー一覧
丸善・ジュンク堂書店・文教堂書店の書店員レビューを100件掲載しています。1~20件目をご紹介します。
書店員:「ジュンク堂書店福岡店スタッフ」のレビュー
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- ジュンク堂書店|福岡店/MARUZEN 福岡店(文具)
私に付け足されるもの 長嶋有 (著)
鋳型の話
鋳型、ということをたくさん書いた短編集だと思います。長嶋有さんの小説に登場する女の人は、みな日常の業務をこなすさまが魅力的ですが(仕事、プライベートにかかわらず)この短編集では、女性が業務をこなしていくうえで彼女たちがよりそう「鋳型」がたくさん登場します。それは、ネイマールの西川マットレスであったり、ゴキブリをつかまえる道具であったり、ベータのビデオデッキであったりします。
作中には、「同じ鋳型におさまりつづけているうち眠りだけでない、肉体が、暮らしが、象られるような感じがしないだろうか」とあります。(「桃子のワープ」より)この話の主人公・桃子は、警備員という仕事をしながら毎日「誰かに指示された場所」に出向くことを、「仕事の面白み」だと感じています。彼女は移動をすることで、同じように移動し、世界の競技会場に出向くアスリートを思い、坂を降りる乳母車を見ながら、「戦艦ポチョムキン」を思い出します。鋳型は、そうなりたいという願望であり時に呪いでもありえます。そのことをじゅうぶんに長嶋作品の女の人たちがわかっている気がするから、読んでいてここまで安心感を私たちは抱くことができるのではないでしょうか。
鋳型は、ひとによってつくられたもの。「かつて、大昔に、誰かや誰かに対して抱いた自分の気持ちに、今また瞬時に降り立ったのだ」と桃子は思います。そのような感覚をもちながら生きる、正直な登場人物がいるからこそ、やはりまた今日も長嶋有作品を読もうと思えるのです。