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フランスの小説家ミシェル・ウエルベックのSFの傑作です!
2020/05/18 11:47
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、フランスの小説家である、詩人であるミシェル・ウエルベックのSF作品です。同書の内容は、コメディアン兼映画監督で、どこか達観した生活を送っているダニエルという主人公に話です。彼は、金も名声もあり、寄って来る女も沢山います。毎日優雅で忙しい日々を過ごしています。しかし、この主人公ダニエルには何やら番号のようなものが割り振られているのです。つまり、ダニエル1という現在の彼、そして並行してダニエル24、25というのが未来の彼が存在するのです!未来では遺伝子を使って、クローン人間(ネオ・ヒューマン)を生成する技術が確立していて、現在はその技術を開発する過渡期にあるという時代設定で、話が進んでいきます。一体、ダニエルは、そして私たち人類はどうなっていくのでしょうか?続きは、ぜひ、同書をお読みください。
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オメガポイントを目指して
2016/12/20 11:29
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
クロード・ボリロンやル・ペンなど、新興宗教の教祖や極右政党の指導者を皮肉るところは相変わらずだ。一方で永遠の肉体から意識と宇宙の合体を模索する野心作でもある。
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新たな聖書
2019/04/02 10:57
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投稿者:とめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
病院や養護施設では介護不足で大量の老人が死ぬ世界等、現代の病巣を通して、世代間の連帯とは世代交代の際に前の世代を犠牲にするホロコーストであることを危惧する近未来の異次元断層もの。
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未読。ポーランドの演出家、マグダ・シュペフトさんが上演したという話であらすじ聞きましたが、オカルトとSFが折り重なる世界観にひかれる。ぜひ舞台作品も招聘してほしい。
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2007年に角川書店から刊行されたものの文庫化。『服従』が話題になって、本書も復刊されたのはめでたい限り。
『プラットフォーム』にしろ『地図と領土』にしろ、ウエルベックは割とアプローチ手法に特徴がある作家だと思うが、本作は予想以上にしっかり『SF』だったのは嬉しい驚きだった。
作中世界の見方というか、認識としてはアトウッド『オリクスとクレイク』っぽいところがあったが、本作の方が人間の業については執拗に描写しているように思う。
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500ページ超の長編小説ですが勢いでよんでしまった。ウェルベックって読んだことなかったけどめちゃくちゃ面白い。
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おおまかな主張は理解できたけれど、文章がまどろっこしく難しくて、読むのにぐったり疲れた。
腑に落ちる解釈を求めて、インターネットで感想やら書評やらを調べてみると、性唯説がどうのとか人間のあり方がどうのとか訳知り顏の気持ち悪い感想が並ぶ。
多分世界が違う。その世界を絶対的な真理として押し付けてくる。家族とか子供を愛する気持ちをバカにするような、鬱な自分が大好きな、そんな人達が好んで高く評価するような作品なんだろう。
壮大な舞台を用意して、つまらない主張をする。そんな話だと思う。
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、ぼくの好きなフランス人作家、ミシェル・ウエルベックの一冊ですね。ミシェル・ウエルベックっていうと、フランスでイスラム政権が誕生する『服従』という本が大ベストセラーになって、日本にも売れています。この本が出版されたのは、そのちょっと前かな。これは、近未来SFみたいなもんですね。遺伝子操作で自分の遺伝子を残せて、何代も先まで、同じ人が生きているっていう世界。その退屈な世界で、語り手の第1号となったコメディアンの話なんです。
(石田衣良公式メルマガ「ブックトーク『小説家と過ごす日曜日』」13号より一部抜粋)
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3年ぶりに読み返したことによって、より落ち着いて考えられた気がする。
「仲介」(本ではインターメディエーションとなってる)として人間を捉えることができると思う。ネオ・ヒューマンは確かにダニエル1の時代の人類と、未来人を橋渡しする存在であったかもしれないが、ダニエル1も結局は「遺伝子の乗り物」という意味で、各世代を繋ぐ存在にすぎなかった。
ダニエル1が自覚しつつも直視できない老いは、自身が「遺伝子の乗り物」としての役割を果たせなくなりつつあることを意味する。子供を捨てた経験のある彼は、生殖としての性に入れ込んでいたわけでもないが、愛と結びつく性の意味でも、機会を逸してしまった。イサベルとは愛はあったが性はなかったし、エステルとは性はあったが愛がなかった。ダニエル1の中で両者は切り離されないまま老境を迎え、ダニエルを愛を持って再び迎えたイサベルとの生活も長くは続かなかった。
そこで人類から老いをなくし、不死の存在にするエヒロム教団の活動にダニエルは関心を持つ。が、預言者の「再生」を通し、世間に若さと快楽の永続を約束した教団がもたらしたのは、来世への期待を胸に自死を選ぶ人々の大群だった。ネオ・ヒューマンと呼ばれる人類は、自身のオリジナルの記録を、注釈を通じて次世代に仲介するだけの存在になってしまった。
ダニエル24・25が生きる世界は、それぞれが個として分立し、電子的なやり取りを持って他者と関わる世界である。肉体的な終わりがあるがそれは精神の断絶を意味せず、入れ物が変わるだけである。個としてのネオ・ヒューマンは、<至高のシスター>の教えに従い、来るべき未来人の到来を待つ。だがその生き方は、限りある時間からくる一切の感情を人類から奪ってしまい、仲介としての存在を一層強めただけだった。かといって、ダニエルにはもう野人として生きることもできない。結局「人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいく」運命を受忍するしかなかったのか。
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人間・ダニエルと、彼をクローニングして生み出され、何十代もクローンとして再生を繰り返したネオヒューマン・ダニエルの手記が交互に語られる変則的な構成。
『素粒子』の続編的な作品と聞いて読みだしたけれど、読み終わってみると、『素粒子』よりドライでハードな物語だった。続編というよりも、訳者あとがきで説明されているように、『素粒子』の本編とエピローグの中間に位置する作品。
数多くの、真実に見えるフレーズが散らばっているけれど、総体として見たときには、やはりこの主題―性欲のみが人間の持てる唯一の欲望かつ喜びであり、若者のみがそれを享受し、それ以外の人間はその欲望の向こうに作り出した愛という概念に引きずり回されている―は無味乾燥すぎて賛成はできない(ヨーロッパ文明自体の衰退が、人間の生物学的な老いに重ね合わせられている、という解説に納得はできるが)。けれど文章は美しく、構成は技巧が凝らされている。
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ウェルベックはすでに何冊か読んでいるが、この作品でようやくウェルベックの愛に対する執着の凄さが分かってきた。思い返してみると、いままで読んだ作品にも愛への執着は十分あったと思うのだが、それよりもペシミスティックさの方ばかりに注意が行っていた。これを読んだ後では作者の印象が少し変わった。単なる先鋭なペシミストではなく、自由主義的な現代の風潮を否定するその態度の根底には、愛こそが唯一求めるべき価値のあるものであるという熱烈な価値観があるのではないか、というふうに思えてきた。ペシミストが愛を熱烈に肯定する。面白いではないか。しかもその愛は、精神面よりも肉体面を強調した愛である。実に挑発的だ。それでいて、現代人の不幸を冷静に分析して得られた妥当な結論という趣もある。さらにそこから未来予想が大胆に展開されるとなれば、興味を掻き立てられないはずがないという感じである。
さて、その未来予想であるが、最後に複雑な気持ちになってしまった。ネオ・ヒューマンの生活は、私からすればほとんど理想である。歓びを代償にしたにしても、せっかくあらゆる社会的束縛と多くの精神的束縛、肉体的束縛からも解放されたのに、それなのに……。けれども一方で、融合・自己消滅への欲求が人類の最も根源的な欲求なのだろうという想いもある。意識を持ってしまったことの宿命なのかもしれない。その欲求を第一にどうにかしないと結局は幸福になれず、人は、そして種は、自ら滅んでいくということなのだろう。それはそれでとても納得できるのである。
結局のところ、どちらも自己消滅への欲求なのであり、束縛からの解放よりも愛への欲求の方が、人間の根源的欲求としてより高次にあるということなのだと思う。ウェルベックの自由や個人主義への批判は、そういう観点から来ているのかもしれない。以下本文より。
「愛は個人の自由や、自立の中には存在しない。あるとすれば虚構である。思いつくかぎり最も見え透いた虚構のひとつだ。愛は、無への、融合への、自己消滅への欲求の中にしかない。」
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一つの人間が生きて誰かを愛して愛そうと思って、老いてゆくありふれた生の中に、永遠の命を科学的に成立させられる宗教があり、そしてその永遠の命を獲得した1人の人間のコピーが一つの島の中で終わっていく話。
ウェルベックを読むのは闘争領域の拡大に続いて2冊目。
人によって好き嫌いが分かれるのはわかる。
金を手に入れた人間の性への執着がすごい。やたらとセックスセックス、フェラチオフェラチオ、と語彙が並ぶ。多分ここがダメだと絶対中盤でむりだと思う。
けど、いくらセックスをしても、足りないし満たされない。ウェルベックが話の主軸にしているのは愛なのではないか
「いくら誰もがある程度の抵抗力を持っているといっても、いずれ誰もが愛のために死ぬ。というより、愛の欠如のために死ぬのだ。」
主人公のダニエルは、コメディアンとして成功する。そのコメディは人間を観察して分析して笑いに変えるものだ。ダニエルは、人間をよく見ていて、なおかつ批判的で、ちょっとというかかなり斜に構えている。これはこういうものだ、こういう人間はこうだ。そういうのを理解していながら、一人の人間の膣の中でしか安らぎを得られない、幸せだと思えない。
「ふたりきりで生きる孤独は、同意ずくの地獄である。」と結婚生活を語る。
孤独とは愛がないことだ。
愛は1人で生まれない、ダニエルが欲しているのは他者からの愛であり、自己愛ではない。
「無条件の愛情が幸せになるための必須条件であることは、すでに人間も把握していた。」
信仰宗教のエロヒム教が出てきて話は変わる。
この宗教、実在した宗教らしいですね。
永遠の命を獲得するための宗教で、永遠の命の中では人間は本当に自由になる。社会は愛を嫌うようになり、自己愛の社会になる。この辺の流れがすごく好きだった。
ダニエルはこの宗教のまっただなかにいて、愛がなくても生きていけるようになるはずだった。しかし、ダニエルはそれでも愛を求める。数多くの人間が体を不要として、他者とのコミュニケーションが不要になり、愛や家庭なんて不要になった中で、ダニエルは最後まで愛が足らない。愛の欠如によって死ぬ、前時代の人間だ。
人をけなして、見下して、それでも愛が欲しい、人が生きるには愛が必要で、そして人は老いる。
「とにかく、公平な見地からみて、人間は幸せではありえない。どう考えても幸せに向いてない。」
「まったくこの世界ときたら、実にシンプルだ!おまけに出口がないときている!」
この本のいいとこ、人間が嫌いなのに(多分そうだと思う、大体バカにしてるし)人間を愛したいし、人間に愛されたいし、人間の愛が無条件の愛情、それも肉体的に与えられるものが最も幸福だと書いてあるところだと思う。そんなのほぼ幻想だと言ってるし、人間は老いるし灰になるけど、愛が1番至高なのだ、それがなくなるから人間は死ぬ。いくら永遠の命を手に入れても、愛が足らないから死ぬ。
人生は大体の人間が語りつくしているなという気持ちにさせられる良い本だった。電子書籍で読んだけれどめちゃめちゃ好きなので書籍版も買う。
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老いるのが怖くなる小説だった。
人が不死の技術を手に入れて、肉体が老いてもまた新たな肉体を手に入れることができるようになり、そうした未来の可能性において人類はほとんど解脱に近い静穏な状態なのだけど、そうした描写になぜか息が詰まる。宗教SF。
その未来のダニエルの視点で現代のダニエルの手記を見通すなかでそこに何かしらの郷愁の念があって、手記を読むという行為そのものにやはり「感情」に対する執着が描きこまれているように思う。
そうした構造も面白いし、さらに現代ダニエルは皮肉屋のコメディアンかつ映画監督として栄華をものにし、快楽主義をつらぬいてセックス三昧。またこの性描写がたまらないのだけど、やはりそれは肉体の老いという陳腐な問題のなかで静かにすべてを失ってゆくという深い絶望感が最高の切れ味で描かれていていい(ダニエルは基本的に嫌なヤツなのでな、共感はするが)。
前半とラストが好き。
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読み応えのある、読む価値を感じる作品。
ウエルベックの作品はすべて読もう。
著名お笑い芸人ダニエルの人生記と、それを確認し、注釈を加える2000年後の彼のクローンたち(24代目と25代目)の物語。
ダニエルは辛口で卑猥な芸風で世間の人気を得、二人の女性を真剣に愛するものの、老いには逆らえず、愛に振り回される。カルト宗教団体エロヒム会に入り、遺伝子を残す。
エロヒム会は独自の研究で遺伝子からクローンを作り出すことに成功し、子供を作らずクローンのみで世代を繋ぐ新しい人間を構想する。新しい人間は口から食べ物を摂取することもなく、排泄もせず、一定の期間を経て肉体が衰えると、次の世代に交代する。感情の起伏は少なく、愛も感じない。従来の人間とは区別し、ネオ・ヒューマンと呼ばれる。
クローンである子孫たちは祖先の人生記を確認し注釈を加えることだけに明け暮れる。
しかし愛や感情の必要を感じた25代目ダニエルは、外の世界へ飛び出す。そこは核戦争や大干ばつによって人類がほとんど滅びた不毛の世界。一部が野人として文化のない動物のような生活を送っている。
25代目ダニエルは愛を求めてさすらうが、それは叶わず、無限の海と無限の雲が広がる場所で肉体が滅びるのを待つ。
愛に耽溺し、争いごとが好きな人類は滅亡に至らざるをえないが、かといって他との接触を絶ち愛を知らない状態で世代を重ねても果たして生きていると言えるのか。
人間はこの苦悩を忍び続けるしかないのか。
エピローグのとてつもなく広い世界に放り出された間隔が読んでいて印象的だった。
しかし隅々まできちんと理解しているとは思えない。
次に読めばきっとまた新しい発見があるだろう。
少し本筋からは逸れるが、クローンというのは遺伝的にまったく同一人物ながら、
中にある意識としては同じ人物が継続しているわけではない。
そう考えると自分というのはいったい何だろうと少し思った。
あと、犬がいい。
犬にはずっと楽しく生き続けてほしかった。
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やっと読み終わったー。がんばった。
最初はSFと思っていたのです。ネオヒューマンがいかな人生を送っているのかという興味から購入したのです。でも実際は、ネオヒューマンに至る新興宗教に肉薄した皮肉を扱うコメディアンの人生記に対して、ネオヒューマンたるが為にその人生記につけた未来人の注釈を読む物語だった。
ゆえにネオヒューマンの生態というより、コメディアンの皮肉、人生や戦争、なにより老いと性生活への皮肉と批評がメイン。この辺は読み手の読み間違いもあるのでなんとも言えない。
ただ主人公は本文中で指摘されてるとおり、感性が特別豊かなわけではない。ただただ正直なんだ。この世の欺瞞に対して。そうしてその欺瞞へ率直に切り込む語り口はなかなか得難い。パッと見セックスだのフェラチオだの言ってるだけでなんだこいつってなるけども。
その実人間の根元にある愛への飢え、その飢えがなくなったネオヒューマンの一人の末路など、読みごたえはある一冊ではあった。