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家族の歌 河野裕子の死を見つめた344日 みんなのレビュー

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みんなのレビュー13件

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評価内訳

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13 件中 1 件~ 13 件を表示

紙の本

或る「家族の肖像」

2012/04/29 16:55

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ぶにゃ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 先年亡くなった歌人河野裕子さんの家族は、夫の永田和宏さんを始め、息子さん、娘さん、息子さんの奥さんと、皆、歌人である。 この本は、そんな歌人一家が、再発した乳癌の苦しさに耐えながら歌を詠みつづける河野さんを中心に、おのおの交代で短歌とエッセーを綴るという新聞連載を単行本化したものである。前回書評に書いた『たとへば君』は、夫婦の間の四十年にわたる愛と信頼の相聞歌を集めた感涙の書であったが、この本もまた、妻であり、母であるひとりの女性への家族の愛情がすべての頁からあふれ出ていて、僕は再び深い感動に包まれるのを覚えた。

 連載の途中に河野さんは逝去されたのだが、その後も連載は続き、残った家族の折々の思いが洗煉された文章で綴られている。歌を詠む人はほんとうに良い文章を書くものだなあと感心するほど各人の随筆には味わい深いものがある。
 毎回、見開き二頁の長さであり、最初に短歌が一首詠まれ、その後に歌に関したエッセーが載せられている。しかし一度だけ、三頁に渡った時があった。平成22年9月4日の日付、永田和宏さんの文章。妻である河野さんが亡くなって二十日余り経った頃の記載である。
  「おはやうとわれらめざめてもう二度と目を開くなき君を囲めり」
この歌とともに綴られた河野裕子さんの最期の様子は、きわめて抑制された文体で、読む者に深くて忘れがたい哀惜の情を与える。死期が近づき、最期は自分の家で、という希望から河野さんは自宅に帰る。自分の人生の終わりをどこでどう迎えるかという、現代人にとって切実な「看取り」の問題を、河野さんは家族の素晴らしい協力を得て自分なりに解決したようだ。
 逝去の前日、苦しがっていた河野さんが少しの睡眠の後、切れ切れに何か言おうとしているのを家族の皆が気づいた。そしてそれが歌だと知り、すぐに原稿用紙を開いて書き写した。
  「あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことのなんぞ少なき」
  「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」

 以下、永田さんの文章をそのまま引用する。(46頁)
『こんな風にして河野裕子は死の前日まで歌を作った。生まれながらの歌人だったのだろう。
 翌十二日。やはり苦しさの発作の直後に、「われは忘れず」と呟いた。
「それから?」と促すと、
「うん、もうこれでいい」と言った。
それが歌人河野裕子の歌との別れであった。』

 すごいな、と思った。何がどうすごいのか、まったく説明できないが、とにかく、すごいな、と思った。そして、泣いた。
 
 永田和宏さんの挽歌にこういう歌がある。

「亡き妻などとだうして言へやう手のひらが覚えてゐるよきみのてのひら」

 こんなにも深く悲しんでくれる人がいるということは、河野裕子という人はなんて幸せな人なのだろうと思った。そして、こんなに切々と悲しむことが出来る相手がいるということは、永田和宏という人はなんと幸せ者なんだろうとも思った。

「うちはね、いい家族だと思うのよ」と、日ごろ、河野さんは口にしていたそうである。いい家族のいい話に接すると、こころが和んでくる。たとえそれがかなしい話でも、かなしいだけにとどまらず、前を向いて歩いて行けそうな気がする。
 すばらしい本をありがとうと、この家族にお礼を言いたく思う。

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紙の本

追悼・河野裕子 - 妻として母として

2011/04/05 08:09

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「たとえば君ガサット落葉すくふやうに私をさらつて行つてくれぬか」といった代表作で有名な歌人河野裕子さんが亡くなったのは、昨年(2010年)の8月でした。
 その一年前、癌が再発し化学療法をしながら河野さんはこの本の初出となる新聞連載を始めます。しかも単に河野さんの文章ではなく、河野さんの家族(夫で歌人の永田和宏さん、長男の永田淳さん、その奥さんの植田裕子さん、長女の永田紅さん)によるリレー連載という形です。
 そのことは妻であり母である河野さんの最後の日々をみつめる家族の切なくつらい記録となりました。と同時に家族で過ごした懐かしい日々の追憶でもあります。死を迎えつつある河野さんを中心にして家族はそっと肩を寄せ合います。

 河野さんの家族は短歌一家です。長男の淳さんの奥さんである植田裕子さんも義母である河野さんの薫陶を受け歌を詠みます。
 そんな家族が「短歌では言い足りないことを足し算のように」してエッセーをつづっていきます。たとえば連載の最初に河野さんは「いつまでも私はあなたのお母さんごはんを炊いてふとんを干して」という自身の短歌を詠み、そのあとのエッセーで「歌でなら本音が言える」とつづります。
 家族のコミュニケーションとして短歌が機能しています。おそらく河野さんは夫や子どもたちの歌から多くのことを知り、妻として母として支えていたことでしょう。
 それもまた家族のひとつの形です。

 連載からまもなく1年になろうとする8月11日、河野さんの容態は悪化します。その時夫である永田和宏さんはこんな歌を詠みます。
 「おはやうとわれらめざめてもう二度と目を開くなき君を囲めり」
 そして、河野さんの最後の姿をつづります。妻の旅立ちに感情をおさえた文章がよけいに悲しみを誘います。それは妻の最後の姿ではなく、歌人河野裕子の最後を記しておくということでもあります。

 河野裕子さんの絶筆となる歌の中のひとつ。
 「あんたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき」
 河野裕子さんは最後に妻に、母に戻っていきます。
 家族とはなんであるかを考えさせられる一冊です。

 ◆この書評のこぼれ話は「本のブログ ほん☆たす」でお読みいただきます。

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紙の本

われわれもまた「われは忘れず」

2015/09/25 04:04

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:garuhi - この投稿者のレビュー一覧を見る

「われは忘れず」歌人河野裕子が死の間際に呟いた言葉だという。
本書は歌人一家としてつとに有名な永田家のリレーエッセイである。河野裕子(母)、永田和宏(父)、永田淳(息子)、植田裕子(淳の妻)、永田紅(娘)が産経新聞に連載した。これはあたかも、母河野裕子を中心とした家族が、河野の末期の344日の間に交わした相聞歌である。なぜかこれを読んでいると、多くの懐かしい言葉を思い出す。それぞれがそれぞれを思い語り合っているにもかかわらず、ぞれが海面に突き出た一角でしかなく、多くの語られざる言葉が胸中を駆け巡っているのを感じる。それを感じさせるのが本書の荘厳さであろうか。最後の女性歌人と称された河野裕子の歌をわれもまた忘れじ。

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2011/04/17 17:07

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2011/08/17 06:03

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2011/07/25 10:28

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2022/06/22 22:20

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2023/09/02 09:42

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