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おもてなしのサービス精神ばかりでは、生き残れない
世界的な観光立国として日本が成功するために必要なこととは?

2015年の訪日外国人数*は約1,970万人となり、3年連続で過去最多を更新した。2016年7月に日本政府観光局が発表した2016年上半期(1~6月)の訪日外国人数*は、前年同期比28%増の約1,170万人と過去最高を更新。半年間で1,000万人を超えたのは初めてである。1人あたりの消費額は前年同期を下回り、中国人旅行者のまとめ買いに代表される「爆買い」の勢いには陰りが出始めたとはいえ、ひき続き「インバウンド(需要)」への注目度が高いことには間違いはないであろう。(*いずれも推計値)

だが、語られているのは「訪日外国人数」や「消費額」という数値ばかり。一見成功しているように見えるインバウンドビジネスだが、本当にうまくいっているのだろうか。

そんな疑問を抱え、今回、「株式会社のぞみ」の代表・藤田功博社長にインタビュー取材を実施した。株式会社のぞみは、世界から注目を浴びている都市「京都」を中心に、富裕層向け観光ツアーや独自性の高いツアー、街おこしイベントを企画制作している会社である。その代表の視点から、海外から見た京都の姿や日本の魅力とは何か。そして、加熱する観光ビジネスにおいて忘れてはいけない大切な視点とは何かを伺い、今後のインバウンドビジネスにおいて重要な考えを導いてみた。

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過熱気味のインバウンドビジネス。その落とし穴は?

柳内 現在、インバウンドビジネスが注目を浴びていますが、この状況を藤田さんはどう見ていますか?

藤田功博社長(以下、藤田) いま非常にアンバランスなんじゃないかなと思いますね。2015年の速報値でインバウンド人数は2,000万人近いのではと言われています。5年前は1,000万人ほどでしたので、その約2倍になっているんですよ。東日本大震災のあった2011年には約600万人だったので、劇的に増えています。

一方で、日本人の出国数はジリジリ下がっているんですね。いまはまだ出国数のほうが多いですが逆転すると思います。つまり、外国人はたくさん来ているけども日本人は外国を出ていかない、状況になりますよね。するとどうなるでしょうか。海外の視点が獲得できなくなり、長い目で見たときに満足度は下がっていくと私は思います。相手のことがわからないのに、相手を満足させることはできないと思うんですよね。つまり、インバウンドを増やしたかったらアウトバウンドも増やさないといけないと思うんです。表裏一体のものだと思います。特に観光業界の人間は、収入が増えて潤っているからこそ、海外や他の街に出ていって様々なことを知って勉強するということをしないと危ういのではないか、と思いますね。

日本人出国者数と外国人入国者数の推移(法務省HPより)

柳内 土地がやせ細っていくような。

藤田 そうです。肥料をやらないといけない。収穫だけ、刈り取りだけしていると、いつかは無くなってしまうものです。また、インバウンドのためにどんなキャンペーンをするよりも、日本人が海外へ行って現地の人とふれあうことにかなうものはないと思います。

柳内 海外の方が来た時に日本人が世界水準を知っているのと知らないのとでは、全然違いますからね。もてなせませんよね。

藤田 外国人観光客への対応力が世界水準とよく比べられるんですね。「パリやマドリッドは公衆Wi-Fiの設置数が段違いだ」とか。しかし実際に行ってみたら、海外の公衆Wi-Fiは使い物にならないんですよ。案内看板も間違っていたり不親切だったりする。観光案内所が堂々と昼休みだったり昼寝していたり。そういうことは、行って初めてわかります。そういうことがわかると、街単位で多数の公衆Wi-Fiを設置するよりも、数は少なくても超高速のWi-Fiが飛んでいる所を整備することの方が重要だと気づきます。そもそもWi-Fiは、一個のルーターに対してたくさんつないだら低速してしまうんです。

柳内 渋滞してしまいますよね。

藤田 となると「清水寺でWi-Fi飛んでます」ということはほとんど無意味なことなんです。みんなそこにつないだら、結局はとても遅くなってしまうので。ならば、薄く広く設置するのではなく、限られた箇所に集中して設置すればいい。ついつい「海外に引けを取っている」とか「○○せねば」とか思ったりしますが、実際に旅行者として海外に行ってみると、ホテルで使用できたら充分じゃないかと思うんですよね。

柳内 そこはリアルなものを知っていないと。

藤田 このような一個一個の課題は、行ってみればすぐわかります。

これからのインバウンドビジネスのあるべき姿

柳内 これからの観光ビジネスをやっていくには、日本人も海外のことを知らないといけないし、日本を紹介する時には歴史のハード面を紹介するだけではなくソフト面を伝えていく、たとえばいまの京都を伝統に紐づいた形で紹介していくことが必要なのでしょうか?

藤田 そうですね。基本的には日本人というのはサービス精神旺盛なので「いかに安くするか」「いかに多くの人に届けるのか」というマインドになっていくんです。しかし観光の場合はものづくりの発想とは全く違います。もともとの資源が限られているんです。

どれほど美しい庭でも、見学者数を20倍、30倍にはできません。ホテルも部屋数というのは決まっている。もっと言えば、その街で受け入れられるお客さんの数も限られているんです。公共交通の輸送能力も急に広げることもできない。

観光は限られた資源で行うしかないビジネスです。ものづくりとは逆に「いかに少なく売るか」ということを追求していかないといけないんです。そこのメンタリティは京都だけでなく、日本全体として薄いものではないでしょうか。

柳内 日本はものづくりで成功体験をしたがゆえに、量的な拡大をすればいいと考えがちなんですね。

藤田 そうです。ホテルは足りない、足りないと言いますが、足りなくていいんです。もう作らなくてもいい。「数だ」という発想で増やして競争して単価を下げても何の意味もありません。ホテルを増やしてもお寺は増えないので混雑がひどくなるだけです。そうではなくていまのホテルの数でどうしたらいいのかを考えないと。

お客さんが減るとしても値段を上げていけばいいのです。お客さんに高い高いと言われようが、限られた資源でビジネスをしているのでそちらの方がいいわけです。京都観光はブームになっているので、とにかく数を追いかける風潮があります。すでに渋滞や混雑で京都観光の満足度は下がりつつあると感じており、いつかブームが去った時、大変なことになると思いますね

柳内 ファーストフードの発想ではなく、料亭やレストランのような発想でやっていかないと観光業も厳しいということなんですね。

藤田 いかにマインドをそこに持っていくのかということと、成功論や方法論はまだまだ少ないところなのでそこをみんなでチャレンジして共有していくかがとても重要ではないかと思いますね。いま世の中にでる観光業界での話は、前年度比でいかにプラスにするかという話しか出ない。いかにソーシャルで増客を狙うか。実は、論点はすでに、そこではないんです。減客でいいんです。減客でいかに売り上げを維持するか、売り上げを伸ばすかを目指さないと、と思います。

柳内 増客は増やすだけなので考えることも分かりやすいですが、実は減客して単価を上げるということのほうが大切だと。ビジネスとして考えるには難しいことですよね。けれどそこをやっていかないと。

藤田 僕の会社で手がけているツアーでもイベントでも、地元の人には高い高いと言われます。提携している旅行業者さんからも「もっと下げてくれたら……」としょっちゅう言われます。しかし僕たちは意地でも下げない。そこはすごく大切だと思うから。失敗もするし、全然集客ができないこともある。けれど限られたお客さんを相手にして満足度を高め、リピーターになっていただくことが大切だと思います。

小さな会社ですが、決して数を追わずお客さんの層を下げないことにこだわってきたからこそ今でも会社が維持できているのだと思っています。爆発的には伸びていませんが、売上も着実に伸びています。

柳内 その部分はメディアビジネスに置き変えても非常に参考になるお話ですね。テレビも実は24時間、7日間という限られたビジネスの中でいかに高くやっていくかというある種スポンサーに嫌われながらやっていたりするのですが、私としてもなるほどと思うことがたくさんありました。

藤田 ウェブメディアもPVをあげようと思えば、下世話なネタを増やしていけば上がっていくわけですよね。炎上させたりとか。しかしそうすると、視聴者の質や満足度は下がっていたりする。本当に良いお客さんが離れていく。広告を打っても反応がなくディスられて終わってしまうリスクが増えますね。

柳内 そうなんです。そういう方は一見さんで帰ってしまうような、会員になることはない人たちですからね。時間がかかるし我慢は必要だけど、満足度を高める方向へ持っていかないと継続性がないんですね。

「断る」「絞る」の発想が必要

藤田 日本人のサービス精神、人のよいところが、観光業界だと逆に仇になってしまっていますね。値段を高くしていると、何かとすぐにぼったくりだとか、高すぎるとか言われます。けれど批判を受けても、高すぎていいんじゃないかと思いますね。

柳内 日本はいちばん下に合わせようとする、優しいメンタリティがありますよね。資源の有限な観光ビジネスだとこのメンタリティでは続かないのかも。

藤田 観光業界はあまり知られていませんが、労働者の非正規雇用比率が非常に高いんです。人がすべてのビジネスなのに、雇用が不安定なんです。努力している人に高い給料が払われる世界にしていかねば、本当に続かないと思いますね。憧れで入ってくる人が多いゆえに、待遇を悪くすることがまかり通っているように思います。安いビジネスホテルとかゲストハウスだと、社員は店長のみという状況は普通にありますね。それが長い目で見てどうなのか?ということだと思います。

柳内 数十年、数百年やっていくビジネスだとそういう視点は必要ですよね。

藤田 僕も会社を続けてきていろんな案件がありました。始めて4、5年はなんでもいいから引き受けようとやりました。しかし、そうなると僕も会社も疲弊してしまった。そして目的意識を見失ってしまったんです。そこで、そこからは一貫して、良いお客さんを絞って、いただいたチャンスに全力を投入するといった、メリハリをつけるようにしました。

柳内 観光業が成長するために、「断る」「絞る」はキーワードかもしれないですね。これから増えるといわれているインバウンドの中で。

藤田 例えば、1日10万円取るツアーガイドがいてもいいと思います。その人が本当に価値あるなら続いていくだろうし、価値がなければ終わるだろうし。高い期待に応えるべくチャレンジするということが大切なのではないでしょうか。

柳内 それが観光ビジネスを継続的にしていくわけですからね。

藤田 誰かが成功すれば安心して挑戦する人が出てきます。メジャーリーガーと同じで。あの人が成功するなら俺も!となるので、それが大切だと思いますね。

柳内 今回のインタビューはインバウンドビジネスの重要なキーワードが沢山出る回になりました。ありがとうございました。

考察

取材からうかがえたように、今後のインバウンドビジネスにおいては、安易に「安くする」「(ホテルなどの)数を満たす」ことを追求するのではなく、限られた資源によっていかに価値を高めるのか、そして、資源を食いつぶさずに長期的に価値を得るためにどうすればよいのか、を考える必要があるのだと気づかせていただいた。

途中で自分も述べているが、これはインバウンドビジネスに限らない。メディアビジネスも同様であり、他の産業でも同様の視点が重要なものは数多いだろう。つまり、経済成長し、人口減少局面に入る日本という国自体が直面しているテーマなのかもしれない。

元ゴールドマンサックスの敏腕アナリストとして日本の金融再編に多大な影響力を与えながら、リタイア後に日本の国宝・重要文化財を守る老舗企業の経営者へと転身した、デービッド・アトキンソン氏も他媒体の取材で同様の発言をしていた。少し引用してみよう。

「京都には国宝が40件、重要文化財は207件あります。このような観光資源の量と質を考えれば200万人というのは驚くほど少ない。大英博物館は年間420万人の外国人が訪れている。街全体にこれほどの文化財を有する京都の集客能力を、まったく生かし切れていない」

それは外国人観光客の落とすお金を見ても明らかだ、とアトキンソン氏は指摘する。海外の様々なデータを見ると、文化財に興味を持つ外国人観光客は1日10万円前後の消費をおこなうというデータがあるが、京都では外国人観光客1人当りの消費額は1万3000円前後しかない。

(ダイヤモンドオンライン特別レポート[1]より)

日本にどんな「価値」が眠っているのか。それをどのようにして形にすれば、価格が高くても満足度は高まるのか。そうして、長期的に継続したビジネスとなるのか。これらが今、日本に突きつけられた課題であるということを、改めて認識したいと思う。

未来を読み解く、おすすめの本

今回取材させていただいテーマについて深く知りたい方に、先ほども取材記事を引用した、デービッド・アンキンソン氏の著書、『デービッド・アトキンソン 新・観光立国論』を紹介したい。

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アンキンソン氏は、日本が近い将来直面する問題として、少子化による経済成長の悪化を指摘。その解決策として世界有数の観光大国を目指すことが、21世紀の「所得倍増計画」への第一歩だと言う。

冒頭でも述べたように、2015年時点での訪日外国人数は約1,970万人と過去最多となり、2020年の東京オリンピックに向けて、今後も訪日者数は増え続けることが予想される。

アトキンソン氏は、日本は「気候」「自然」「文化」「食事」という観光立国になるための4つの条件を満たす希有な国であるにも関わらず、その強みを十分に活かしきれていないと指摘する。日本が持つポテンシャルを考えると、現在の訪日観光数は驚くほど少なく、観光戦略をきちんと立てれば、2030年までに8,200万人を招致することも決して不可能ではないという。

本書は、日本が観光立国として生き残っていくための戦略本といっても過言ではない。これから迎える日本の未来と、世界の中で戦い抜く術を学ぶためにも、ぜひ読んでもらいたい1冊だ。

  

[1]日本の国宝を守る「伝説の英国人アナリスト」が提言

プロフィール

 

柳内 啓司

TV局社員、メディアプロデューサー

1980年生まれ。東京大学大学院卒。在学中に(株)サイバーエージェントにてウェブ広告制作に携わった後、(株)TBSテレビに入社。現在はネットとTVが連携した番組の企画・宣伝を担当。個人でも書籍・ウェブサイト・ネット動画の企画・コンサルティングを行っている。 自著:『人生が変わる2枚目の名刺』『ご指名社員の仕事術

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