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教育に訪れる文明的な転換点 ―― 「teaching」から「learning」へ

 

昨今の日本の社会は、ビジネスから家庭まで、大きな変容を遂げている。なかでも「教育」は文明的な転換期を迎えているという。そこで、「これからの教育の在り方」を考えるために、京都造形芸術大学教授・副学長を務める本間正人氏と、学習塾「探究学舎」の代表・宝槻泰伸氏に話を伺った。教育と社会の関わり、学校教育と企業研修の隔たり、教育者の在り方などの論点を通じて、今までの教育の限界と、これからの教育の在り方を示していく。

教育に訪れる文明的な転換点 ―― 「teaching」から「learning」へ

自己完結的に学習できるイノベーションが、世界中で起こっている

―― 早速ですが、現在の教育についておふたりのお考えをお聞かせください。

本間正人(以下、本間) 私は「teaching」というのは、テクノロジーが整うまでの過渡的な文明の形態であり、教育の在り方だったと思うんです。しかし現在は、例えばiPhoneの登場により、本や雑誌、新聞、辞書、百科事典をすぐに見ることができるようになりました。英語の発音も、昔はネイティブな先生と話すことを目的に英会話学校に行っていましたが、今ではSkypeを使えば世界中の人と気軽に話をすることができます。つまり、自己完結的に学習できるイノベーションが、世界中で起こっているわけで、それは「teaching」から「learning」へというものすごく大きな文明史的な転換期を迎えることに繋がっていると思うんです。

宝槻泰伸(以下、宝槻) 本間先生は、教える人を中心とした効率化と管理を目的とする「教育学」ではなく、学習者を中心に自分で学びを組み立てていくことを考えようという「学習学」の視点からいろいろと提案されていますよね。

本間 そうですね。私は今年の4月から京都造形芸術大学の副学長をやっているのですが、「teaching」モデルを「learning」モデルに変えていく現場を与えていただいたと思っています。例えば、絵を描くということならば、描いて、フィードバックして、上達していくものなので、もともと「teaching」しようがないんです。だから、最初から「learning」モデルに近かったんだけれども、一般教養はどうしても講義形式の授業でした。それを能動的なアクティブラーニングにして、学習学的な大学にすることが僕のミッションだと思っています。

授業においては、英語や国語も、今までよりもはるかに「言葉とコミュニケーション」に重点を置いた授業に変えているんです。具体的には、1分スピーチや課題のプレゼンテーション、ヒーローインタビューというペアワークなどの、アクティブラーニング的ネタ満載の授業をやっています。

子どもたちに探究学習の楽しさを広める「探究学舎」代表の宝槻泰伸氏

―― いま「アクティブラーニング」という言葉がでましたが、アクティブラーニングの意義について、もう少し具体的にお話いただけますか?

宝槻 これまで企業の研修では、アクティブラーニング的な内容が当たり前でした。それは、研修が、社員の主体的なアクションに結びついて、社員が変わらないと意味がないから。そのためにアクティブラーニングである必要があり、発見型・気付き型の研修にならざるを得なかったんです。でも、大学以前の教育はいまだに知識を解説する講義に甘んじていた。けれど大学以前の教育も生徒が主体的なアクションに結びついて、初めて成果が出たと言えます。だから講義はやめにして、アクティブラーニングを導入しなければならない。そう考えられているのです。

本間 さっき、「teaching」から「learning」への転換期という話をしましたが、大学入試ではいまだに知識を問う問題が多いですよね。正解が決まっている問いへの情報処理能力を問われる問題が多いから、そのための勉強となると、優しい問題を確実に解いて、難しい問題を後回しにすることが効果的になってしまう。つまり、チャレンジングな課題に挑戦し、自分を試してみる経験が、小学校、中学校、高校通してすごく少ないんです。習熟度別、到達度別といった基準は、教える側の都合でしかなくて、本当はその人がどこまでできる人かなんて、誰もわかっていない。

企業の多くも、入社の時点ではペーパーテストの点を参考にしてきましたが、実際に活躍する人は、IQよりもEQが高い人ということがすでに分かってきているんです。つまり、社会に出て求められる学習の形は、「行動の変容」なんですよ。だから、企業研修の場合は、管理職やリーダーとして、リーダーシップを発揮できるか、部下の話をちゃんと聞けるか、褒められるか、詰問ではなく質問をできるか、といった行動変容のシミュレーションを行うんですね。シミュレーションをしてこそ、そこで学んだことが現場で何分の1か、形になる。企業内研修が参加型になっているのは当然なわけです。

ですから、今、企業に入り社会で活躍するためにも、学校教育でも「自分で目標を立て、自分の行動をデザインする」トレーニングが求められているのです。その結果、辿り着いたものが「アクティブラーニング」。これが、現状なのだと思います。

教育現場にてアクティブラーニングを25年以上実践する京都造形芸術大学 副学長の本間正人氏

―― 「アクティブラーニング」はどのような効果をもたらしていくと思いますか?

本間 アクティブラーニングには、いろんな流儀、流派があります。古くはジョン・デューイというプラグマニストに由来しまして、アメリカではすでに20世紀の初頭から提唱されているんですね。そのアメリカでは、アクティブラーニングとは称さずとも、聞く座学ではなく、スピーチコミュニケーションの形式を取っていたり、世界史や倫理の授業の中にもディベートを導入していたりします。「意見のある人?」と先生が日本の学校で聞いてもあまり生徒の手は挙がりませんが、ハーバードビジネススクールなら、ほとんど全員の手が挙がるんですよね。

宝槻 確かに、「右向け右!」と言って、右向く人材を採用しても、企業は成長しませんし、社会の発展もありませんよね。「右向け右!」って言われた時に、「いや、左を向くべきだと思います。その意味を説明してもいいいですか?」ということを言えるような人材を今の企業は欲しがりはじめています。これから人口が減少し、経済の右肩下がりが予想される社会を迎える上で、企業は新しいことを始められる「イノベーター」を求めているんですよ。企業に属していようと、独立して働いていようと、日本の社会全体がそのようなイノベーターを求めているんだと思います。

本間 社会や企業の「パッシブワーカー」から「アクティブワーカー」へといった要望は、教育における「パッシブラーニング」から「アクティブラーニング」へという変化に繋がってくるじゃないですか。そこで語られているのは、いかにこれからの社会で使える人材になるか、そのためのスキルを身に着けるかという、まさにワーカーの定義から導かれてくる新しい学びにどうしてもなりますよね。

学習の目的にも変化が起きている

コミュニケーション能力、問題解決能力、そういった諸能力を開発することは学習のひとつの目的ではあるから、絶対に軽視できないことなんですが、僕は、学習の目的として、能力の開発にプラスして、“自分の人生のベクトルを創造していく”ことも、新たな目的になるのではないかと思っています。

ある先生が、「『自分』というものは、どこかに答えがあって、探していればいずれ見つかるものではなく、学ぶというプロセスとともに、ノミを当てて削り出していくものだ」ということをおっしゃっていて、僕はその言葉にすごくピンときたんです。つまり、ある程度時間をかけながら、試行錯誤して『自分』という未来像を削り出していくことを、新たな学習の効果や目的としてアドオンしていかないと、単純に、これまでの能力開発を21世紀型スキルの能力開発に置き換えただけの教育改革になってしまう。それだけでなく、人生観・人間観を磨き育てることのできる教育改革にすることが、僕はすごく重要だと思っています。

宝槻 本間先生は最近、「アプリシエイティブラーニング」という概念をお持ちと聞きました。それは、ゼロサムで奪い合う認識から、シェアをして分かち合っていく、そういう認識に個々人がシフトしていくことで、社会全体の在り方も変わっていくということですよね?

本間 そうです。アプリシエーションは「感謝する」という意味ですが、この「プレシー(プレシャス)」の部分に、価値のあるものという意味を含みます。だから、アプリシエイトというのは、価値を見出すということにも繋がるんですね。だから、一人一人の素晴らしさを引き出していくこと、一人一人の強みを伸ばす形で、自分の人生をデザインしていくことを、「learning」に加えるべきだと思っています。

宝槻 なるほど。物事の持つ社会的文脈について理解(アプリシエイト)し、自分事として捉えられる意識や感覚を、具体的な学習の方法論に落とし込んでいく必要があるということですね。

「learning」に加えるべきこととして僕はもう一つ、「知のバトンリレー」というものがあると思っています。自分が取り組む研究や発見、発明というのは多くの場合、過去の偉人たちの知恵があるからこそ成り立ちます。ですから自分の使命やミッションを気づくためにも、過去の偉人たちの「知のバトンリレー」を学ぶわけです。そして、その「知のバトンリレー」に参加することこそ人生だ、そのような視点を学ぶことができれば素晴らしいと思っています。

どの「バトン」を受け継ぐかは自分次第で、その判断基準になるのは深いリスペクトと大いなる感動になるでしょう。時計職人の知恵や技術に感動すればその門をたたくでしょうし、天文学者や宇宙飛行士の知恵や技術に感動すればその門をたたくでしょう。つまり「知のバトンリレー」を学ぶということは、自分自身の人生を開発したり、創造したりするための学習目的に非常に叶っていると思うのです。そこで僕は具体的に、宇宙・生命・数学・歴史・アート等についての「知のバトンリレー」を学ぶことのできる「探究スペシャル」と名付けた授業づくりにも取り組んでいます。これは、本間先生のおっしゃる「アプリシエイティブラーニング」の考え方に通じるものがあるように感じました。

本間 今の考え方の中で、極めて重要なことは「概念が今生だけで終わっていない」ということですね。僕は、人間というものを歴史的な存在としてとらえ、過去に感謝し、自然を尊び、ちゃんと未来のことを考えていくということが、人として大事な生き方になってくると思います。


―― これからの社会を生き抜くために、教育に求められることはどのようなことだと思いますか?

宝槻 教育についての新たな開発やデザイン・創造の必要性がこれほどまで高まった時期を、人類は今まで経験したことがないと僕は思っています。これまでの教育は「適応」「適合」が目的でした。例えば、江戸時代くらいまでは、生まれながらにして自分が生きる道が決まっていた。従って「適応」「適合」の教育、例えば「しつけ」や「家業を継ぐ」といった教育法が確立され、それが継承されてきました。明治以降の近代社会でも、個人が人生を決めるというよりは、社会が人生を用意していた。よりよい人生(例えば医者や弁護士、博士や大臣)を選択できるように準備する。やはり「適応」「適合」が教育の目的でした。ところが、今、大多数の人が自ら人生のベクトルを創造すること、自分で人生をデザインすることの必要性を感じる時代になりました。そのデザインには前例や正解がありません。だから今までの教育や学習は、そのニーズとあまり関連していないので、多くの人が困り始めている。そのように社会と教育とのギャップを解釈できると思うのです。

特に今の子どもや若者を見ていると、本当は自分のやりたいことを見つけたいのに、親や教師からは損得や辻褄が合うように意識をフォーカスするよう迫られている、と思います。つまり「適応」「適合」の教育を押し付けられている面があるわけです。しかし子どもや若者は未来を生きるわけなので、「古い教育」ではなく、「新しい学習」=「人生を創造するための学習」こそ必要です。本来は、親や教師といった教育する立場の人たちが、そのことに気づいて支援できなければなりません。

本間 今、学校教育でもビジネスでも、教育する立場に求められる最大の役割は、「学習対象を好きになってもらう」ことです。やってはいけないことは、それを嫌いにさせてしまうこと。相手に対し、「こうなってほしい」と過剰な「teaching」をするのではなく、教育者側にも、“自分らしさ”を貫ぬくというロールモデルの認識を持つことが必要です。

視野が狭いと、適応させることばかりに注力してしまいますから、教育者側の認識をリベライトしてあげないといけません。人生は何歳からでも花開くことできるんですから、教育者側が「teaching」ではなく「learning」し続けることが、年少者への最大の貢献です。自分の期待を押し付けるのは、エゴでしかありませんから。

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教育業界の中で、いま密やかに語られているキーワードがある。それが「Learning Over Education」だ。これからは教育が主役ではなく、学習が主役の時代にシフトするということを意味している。本記事では、その意味や、なぜシフトが起こるのかといった時代背景について二人の識者から話を伺ったが、teachingからlearningへのシフトが起こる契機となったプロジェクトをご紹介しよう。それが「カーン・アカデミー」だ。

カーン・アカデミーはアメリカ・シリコンバレーのプロジェクトで、インド出身でハーバードやMITを卒業した超一流の人材であるサルマン・カーンが創業者にあたり、今ではgoogleやビルゲイツ財団も支援する、教育業界の超有名プロジェクト。それは「ビデオを使って教育を再発明する」という内容だ。アイデアはシンプルで、カーン自身が制作したユニークな学習ビデオをyoutubeを通して無料配信するというもの。現在では世界中で数千万人が利用しており、「反転授業」のベースとしても広く活用されている。

学校が面白くない子、進度にマッチせず落ちこぼれたり・吹きこぼれたりする子、ホームスクーリングで学ぶ子など、多種多様の子どもたちがカーンアカデミーというツールを活用して、自分好みの学習に取り組んでいるという。まさに学習が教育を凌駕した光景がそこにある。

本書ではテクノロジーを駆使することで、これまで不可能だった学習が可能になること、またその学び方は子どもたちにとって魅力的になることを伝えてくれる。カーン自身も「テクノロジーには、教育をもっとポータブル、フレキシブル、パーソナルにする力、独創性や個人の責任感をはぐくみ、学習プロセスに宝探しのわくわく感をとり戻す力がある」と言っている。

テクノロジーが「Learning Over Education」をどのように引き起こすのか、本書を通して近い未来に起こるであろう教育の最前線にまなざしを向けてみてはどうだろうか?

プロフィール

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宝槻 泰伸

型破りな教育者 / 探究学舎塾長

ほうつき やすのぶ/高校退学〜大検取得〜京都大学という特異な経歴を持つ。大学卒業後すぐに起業。映画や漫画、小説、キャンプなどから縦横無尽に学んだ経験を活かし、中学、高校、大学、教育委員会、PTA、職業訓練校、民間企業など、様々な場所で講師としても活躍。幅広い年齢層に対して提供する授業や研修は、世代を問わず聴衆を惹きつける魅力が評判。現在は、探究学習を柱とした教室「探究学舎」の代表を務めながら、出張授業を通して探究学習を全国に届けている。その教育手法は、雑誌や新聞など多くのメディアで紹介されている。著書に『強烈なオヤジが高校にも塾にも通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』『勉強嫌いほどハマる勉強法』がある。『とんでもオヤジの「学び革命」:「京大3兄弟」ホーツキ家の「型破りの教育論」』原案協力。4児の父。

 

 

本間 正人

京都造形芸術大学教授 副学長

ほんま まさと/「教育学」を超える「学習学」の提唱者であり、「楽しくて、即、役に立つ」参加型研修の講師としてアクティブ・ラーニングを25年以上実践し、「研修講師塾」を主宰する。京都造形芸術大学教授・副学長、NPO学習学協会代表理事、NPOハロードリーム実行委員会理事。コーチングやポジティブ組織開発、ほめ言葉などの著書66冊。 東京大学文学部社会学科卒業、ミネソタ大学大学院修了(成人教育学 Ph.D.)。ミネソタ州政府貿易局、松下政経塾研究主担当、NHK教育テレビ「実践ビジネス英会話」「三か月トピック英会話:SNSで磨く英語アウトプット表現術」の講師などを歴任。TVニュース番組のアンカーとしても定評がある。一般社団法人大学イノベーション研究所代表理事、アカデミックコーチング学会会長、一般社団法人キャリア教育コーディネーターネットワーク協議会理事、一般財団法人しつもん財団理事、などをつとめる。

 

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