妙に印象に残るタイトル、目に留まるデザイン。時給で働く若者達の姿をイキイキと軽妙に、かつ“働く”ことについて深い視点で描いた小説『ニコニコ時給800円』。今、TVや雑誌などのメディアで話題の小説家・海猫沢めろん先生に、数多くの職業を経てきたご自身の経験からたどり着いた“働くこと”についてお話を伺いました。

ニコニコ時給800円

著者名:海猫沢めろん 価格(税込):1,260円 出版社:集英社

働けば働くほど、イタい人になっていく——。東大生のキノキダは、時給800円のマンガ喫茶に雇われる。中卒で30歳過ぎの茶髪の店長はキノキダに敵愾心を…(「マンガ喫茶の悪魔」)。ほか、時給で働く若者達の世界を描く連作短編集。

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――“働く”をテーマにしたキッカケは何ですか?

 2年前頃にメディアなどで取り上げられていたワーキングプア問題やロストジェネレーション問題がキッカケです。本を刊行するまで時間がかかるため、この問題がそれまでに残っているのか怪しいとも思いましたが、仕事や恋などは人生の普遍的で大きいテーマなので書いてみたいという気持ちがありました。

※ロストジェネレーション問題:バブル崩壊後の就職氷河期に新規卒業者となった世代(昭和40年代後半〜50年代前半の生まれ)。確かな就職先がなく、アルバイトや派遣社員などで職を転々とする人が多く出た問題。

――各話の最後で、これからスッキリする! というところで真意を語らずに終わっていますが、狙いを教えてください。

 ミステリー作品で使われる手法で、最終的に結末をぼやかす“リドルストーリー”というものがあるんです。多くの物語は終わることを前提に書かれています。特にエンタメ作品では多いですね。でも終わらせてしまうと受け手の心に残らないことが多いと思います。だから逆に最後まで書かないほうが、読者の心に残るんじゃないかと思って。例えば『サザエさん』の話が、最後にスッキリしないで終わっていたら、とても気になるじゃないですか(笑)「“働く”とは何か?」という結論の出ない問題に対して、これが答えだ! というのも嘘になるし、答えなどないというのも嘘になる。だから、この方法しかないと思いました。

――先生の頭の中に本当の結末はあるのでしょうか?

 すべての話で最後がどうなっているのかというのは、ちゃんとあります。1話目なら東大生なのか嘘なのか、本当の結末はあります。けれど、書いてしまうと読者が「なーんだ」という気持ちになってしまう内容かもしれないので、やはり書かないほうが結果的に良かったと思っています。


――先生にとって“働く”とは、どういうことですか?

 “働く”という括りは「人生とは?」と同じくらい大きな括りだと思っています。仕事はやらなくてはいけないこと、お金を稼ぐ手段だと多くの人が思っているようですが、それが心の底から苦痛だった場合は最悪ですよね。そこで仕事を重視するのか、生活を重視するのかというワークライフバランスが問題になってくるわけです。プライベートは楽しいけど給料は安い、もしくは、給料は高いけどプライベートは楽しくない。たとえば、あなたにとってはどちらが重要ですか?

――難しいですね。答えが出ません……。

 プライベートか給料か、どちらを選ぶかによって“働く”の意味は変わってくると思います。僕の場合、お金はどうでもよかった。それよりも朝決まった時間に起きて、決められたルールの中で働くことが嫌だった。サラリーマンをやっていた頃なんて一回も定時に出社したことがないくらい、本当に朝9時に起きれなかった(笑)月に数回なら大丈夫ですが、これをずっと毎日続けてくださいと言われたらおかしくなるほどの苦痛です。それならば、朝起きなくてもいい仕事に就くしかない! と思い、小説家などのフリーの仕事しかないという結論になりました。
 僕にとって仕事は「“仕事をしている”と意識をしないで、お金がもらえること」ですね。だから今は、小説を書くことに対して“仕事をしている”という意識はないですね。以前よりは仕事を楽しんでいます。

――多くの人は学校を卒業したら自動的に働くという社会を軸に自分のあり方を考えますが、先生はまず自分ありき。ご自身を軸にして出した結論ですね。

 そうですね。けれど、この話をすると「楽しめない人はどうしたらいいですか?」という質問をされることが多いです。実は世の中で、楽しい仕事というのはほとんどないんです。ただし「向いている仕事」というのは絶対に存在します。楽しめない人は、まず100種類くらいの仕事をやってみると差異が分かってきて、自分にとって楽しい・楽しくないが分かります。様々な職種体験をしないまま社会に出るから「仕事=楽しくない」が全てになってしまうんです。けれど100種類も経験すると、1個くらいは他に比べて楽しいと思う仕事が必ずあるはずです。だから楽しめない人は楽しめる仕事を見つけるために、まず100種類くらい仕事を経験してみる。それが最初に必要なのではと思います。

――しかし日本では「石の上にも三年」といいますが……。

 たしかに日本の社会は転職を良しとしないですね。でもむしろ僕は、20代のうちに転職をしまくるのもありだと思いますよ。今の求人を見ていると年齢制限が30歳までのものが多いので、僕は「30歳までが勝負だ! それまでに色々やらなきゃ!」と考えていました。けれど世の中は逆で、大卒で就職することが結構重要みたいでしょう? だから理想は、就職の前に職業体験をたくさんしてみること。最近、学生が企業で就業体験をする制度がありますよね。あれをもっとやった方がいいですね。 ちなみに僕が30個くらい仕事をして、気づいた自分の傾向は…
1)どんな仕事でも職場の人間関係が悪いと楽しめない
2)毎日朝9時前に出社するのは無理
3)なるべくひとりで終わらせたい

この3つですね。

――これから『ニコニコ時給800円』を読まれる方にメッセージをお願いします。

 時給2時間の価値はあると思いますので、2時間働いて買ってください!……と言おうと思ったのですが、電子書籍の場合もっと安いですよね(笑)だから1時間ちょいくらい働いて、是非読んでみてください。

©隼田大輔

海猫沢めろん(うみねこざわ・めろん)

1975年大阪生まれ。 様々な職を経て文筆業につく。著書に『左巻キ式ラストリゾート』(イーグルパブリッシング)、『零式』(早川書房)、『全滅脳フューチャー!!!』(太田出版)、『愛についての感じ』(講談社)等がある。

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