hontoでは7月14日の羽田圭介先生の新作『Phantom』発売開始を記念して羽田先生にメールインタビューを行いました。作品に対する思いから執筆の裏話まで、幅広い内容で読み応えのあるインタビューとなりましたので先生の作品とともに、お楽しみください。

小説の刊行は2年ぶりとのことですが、今作の発想のきっかけがあれば教えてください。

会社員収入の少ない元地下アイドル女性が、株式投資を通じ自身の勤め先から間接的に“搾取”しつつ、己の“分身”を作ろうとする話。そこまでは、2014年末頃から2015年7月までの間に書き上げていたんです。当時の自分はぎりぎりアルバイトをしなくていいくらいの貧乏生活を送りつつ、実際に少額を株に投資することで経済的安心を得ようとしていたので、主人公に感情移入しながら書けていました。
ただ、2015年7月に芥川賞を受賞してから、一気に忙しくなってしまったのと、小説の題材から興味を失ってしまい、しばらく放置状態となりました。その間に、『成功者K』や『ポルシェ太郎』等、アッパーな作品を書きました。
そして2020年秋、「滅私」を書き終え少し余裕ができ、書きかけだった本作を久々に読み直したところ、今世間に見られるとある事象と結びつければ、強さのある小説になると、確信をもてたわけです。

主人公や周りの登場人物が、現代社会の幻影を追う今作。羽田さんがご自身でおすすめするポイントを教えていただけますでしょうか。

自分も含め、皆、想像の詰めが甘いというところですね。誰しも、経験していないことには幻想を抱いてしまいます。

今作を、こんな方に読んでほしい、というイメージはありますでしょうか。

今書店に行くと、目立つところに、経済的自由を得て早期退職したい、いわゆる「FIRE」（Financial Independence, Retire Early）関連の本が溢れています。そのために投資で儲けよう、みたいな。
ただ実際、会社を辞めたりして自由になってからのことを、リアルに想像できていない人が多いと思います。事実として、専業小説家の生活なんて「FIRE」した生活みたいなものですが、専業になってからの数年間、否、今でも、時間や気分の切り替えという点では苦労しています。忙しさよりも、のっぺりとした日常のほうが辛いためです。毎日の通勤で強制的に気分転換できるほうが、多くの人々にとってはどれだけ楽かってことですよね。
バイクで北海道ツーリングに行った時、出会ったバイカーから聞いた話が印象的です。その人の知人はいつも、「北海道ツーリングに行くため、いつか会社を辞めるんだ」と東京で話していたそうなんですが、実際に会社を辞めると、何年経っても北海道ツーリングになど行きやしなかったらしいんです。そのために会社を辞めたのに。いざ時間ができると、なにもしない。
会社員生活から脱却したがっている人たちを例にとりましたが、要は自分も含め、今とは違う別の生活に少しでも憧れているすべての人たちに、読んでいただきたいですね。きっと、気付かされるものがあると思います。そう、これは小説でありながら、そこらの自己啓発本よりその効能はとても高いです（笑）！

最後に、このインタビューをご覧になる読者の方へ、メッセージをお願いいたします。

時間を犠牲にしてまでお金を増やして、本当はなにがしたいのか？　はたまたお金はいらず、人とのつながりや信頼関係さえあればいいのか？　単純ではないそれらの悩みに対し、ラストで主人公がとる一筋縄でない行動が、答えの一例となっています。ぜひお読みいただければ。