honto+インタビュー vol.13 浅田次郎

注目作家に最新作やおすすめ本などを聞く『honto+インタビュー』。
今回は、最新作『天子蒙塵』刊行を記念して浅田次郎さんが登場。

「これは書きたい!」と思える題材を、激動期の中国に見出したのです。

「中国の歴史」という大テーマに挑み続ける

中国史への関心は以前からありまして、読んだり調べたりはよくしていました。四千年に及ぶ歴史のどの時代も興味深いのですが、
19世紀末から20世紀初頭の清朝末期はとくに、ドラマチックにしてロマンチック。それなのに、あまり小説の題材に採られていません。これはぜひ取り組まねばと、書き始めたのが『蒼そう穹きゆうの昴すばる』でした。
 第一巻を刊行したのが1996年。以来、20年以上にわたって、シリーズを書き継いできたことになりますね。この10月に出します『天てん子し 蒙もう塵じん』の第一巻は、シリーズの第5部にあたります。
 ときは1924年。清朝最後の皇帝・溥儀はクーデターによって紫禁城を追われます。日本の庇護のもと北京から天津へ逃れるのですが、その過程で正妃の婉容は英国亡命を望み、側妃の文繍は皇帝との離婚を決意します。すごい話じゃないですか、史上初めての皇帝の離婚訴訟なんて。小説にするのにもってこいです。『蒼穹の昴』を書き始めたころから、いつかこれは書こうと決めていました。
 四千年に及ぶ帝政の慣習と近代的法治国家の制度が、この短い時代にはせめぎ合いながら、ともに存在しています。両者が重なったところに、さまざまな出来事が起こりドラマも生じる。書けども尽きぬおもしろさがある所以です。

小説は「おもしろく、美しく、わかりやすく」

先ほど清朝末期がドラマチックでロマンチックだと言いましたが、それらの要素は小説を書くうえでも必須のものですね。小説とは、ドラマチックなおもしろさがなければならないし、ロマンチックなほど美しくあるべきだと、僕は常に思っています。
 おもしろいというのは、ユニークであるということ。何千年も大切にされてきた国宝などは、どれも見た瞬間に「えっ。何だ、これ」と声が漏れるほどユニークなものばかり。目にした瞬間に得られるあの驚きは、あらゆる創作が目指すべきです。
 また、美しいものを見たい、知りたい、表現したいというのは、人間の根源的な欲求ですよね。私たちを取り囲む自然の中から美しさを見出し、それを模倣するのが芸術と呼ばれる活動の根幹です。小説は文章を用いた芸術作品ですから、やはり美しさを目指さねばならない。ただ単に嘘の話をひねり出せばいいというものじゃないのです。くわえるなら、小説にはわかりやすさも大切です。おもしろさや美しさは、頭で考えるものではなくて、心に響いてくるもの。分析して理屈をこねなければ伝わらないおもしろさや美しさは、本物じゃありません。モーツァルトを初めて聴く人は、それが有名な曲かどうかに関わりなく、心を動かされるでしょう。小説も、一読してすっと心に流れ込んでいくものであるべき。そう考えながらいつも書いています。
 歴史を扱うときは、とかく小難しく説明したくなりがちですから、注意が必要です。僕がいまだに原稿用紙に手書きで執筆しているのは、わかりやすく書くことを忘れないための戒めでもあります。
パソコンやワープロを使うと、つい情報を作品にたくさん盛り込みたくなり、わかりやすさは消えてしまう。5行くらいは使って表したい内容を、何とか1行で書くよう推敲する。切り詰めて、最小限の表現にしていくには、手書きのほうがいいんですよ。
『天子蒙塵』は、それでも大部の作になっています。それだけ書くべき素材がたくさんあり、内容が濃いものになっているはずです。僕自身、たいへん楽しんで執筆した作品です。ぜひともに味わっていただけましたら。

浅田次郎『天子蒙塵』刊行記念スペシャルトークイベント

新刊のご紹介

天子蒙塵 第一巻

天子蒙塵 第一巻

浅田次郎 (著)

出版社:講談社

「これは戦争です」史上初めて中華皇帝と離婚した側妃が語る秘話。大ベストセラー「蒼穹の昴」シリーズ最新刊、待望の刊行スタート!

著者プロフィール

浅田次郎(あさだ・じろう)

1951 年、東京生まれ。95 年『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、
97 年『鉄道員』で直木賞、2008 年『中原の虹』で吉川英治文学賞。
2015 年には紫綬褒章をうける。歴史小説から現代小説まで、時代やジャンルを超えた作品を生み出し続ける。

主な著作

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