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古本で購入。
戦前・戦中の、主に東京で起きた事件について戦後に関係者が作家相手に語るという、独白体の「犯罪小説ふうの情話」短篇集。
玉ノ井バラバラ殺人事件や上野動物園クロヒョウ脱走事件、東京大空襲など、実在の事件も題材になっている。
作者が育った文京区関口の辺りを中心にした、文京区西部・新宿区東部が主な舞台。
そこに描かれる「東京」はむせかえるほどの猥雑さに満ちた「異世界」だ。
くりかえし描かれる縁日のギラギラとしたあやしい輝きは、今では見られない、失われた光景になった。
戦争が大きな影を落とす時代の出来事が語られるものの、語り手の話しぶりに「時代の暗さ」は感じられない。
それはそのまま作者のもつ戦前観・戦中観につながっているように思える。
軍靴の音高まる中でも、人々は映画も見れば娯楽施設にも足を運んだのであって、ひたすらに耐え忍んだわけではない。あまり語られないこの時代の“明るい”側面というのは、知ると結構おもしろい。
都筑道夫はあとがきの中で、これらの作品群の狙いを「ノスタルジア」と「風俗記録」だと言う。写真だけではわからない生活風俗を言葉で説明しようとする都筑の想いが綴られている。
少し長いが、なかなか印象ぶかいので引用しておきたい。
「庶民の歴史の上で、どんな些細なことでも―たとえ夜店で売っていたくだらない玩具のことでも、わからなくなっていい、というものはないはずだから」
「過去をなおざりにすることは、同時に未来をなおざりにすることだ、と私は思う。わずか五、六十年前に出た文芸作品に、注釈が必要だなどという国が、ほかにあるだろうか」
それぞれの短篇は、作中の年代順で収録されている。
都筑にとってのノスタルジアで満ちた東京は、最後の短篇「東京五月大空襲」に描かれる空襲によって消滅してしまった。
その後に“生まれた”東京は、都筑道夫の目にはどう映っただろう。戦後の東京を舞台にした作品も読んでみたい。