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技術の面から読んでいた記憶があります。制空権を軽んじていた指導者?軽んじていたわけではないのでしょうが、せっかくの技術を、技術におぼれてしまって、戦略をもてなかったのでしょうか?
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(2008.09.11読了)(2008.01.19購入)
「戦艦武蔵の生涯」を描いた本です。
どんな本なのか知らずに読み始めました。菊池寛賞をもらうほどの本ということは、吉村昭さんの代表作の一つと言えるのでしょう。
1937年夏、棕櫚の繊維が市場から姿を消した、という話から始まります。
まるでミステリーを読んでいるようです。実にうまい導入です。
戦艦武蔵の建造準備の一つだったのですが、棕櫚が何に使われたのかは、読んでのお楽しみにしてください。
戦艦武蔵の建造準備から、建造や進水のための工夫・等、丹念に取材し、興味深く読めます。戦艦武蔵の沈没まで描かれていますが、250ページのうち180ページまでは、建造に関わる話ですので、話の主力は、戦艦武蔵の建造にあります。
逆にいえば、戦艦武蔵の戦場での華々しい活躍の場は、なかったということでもあります。
戦艦武蔵の建造は、三菱重工業株式会社長崎造船所で行われました。海軍からの注文によるものです。
同じ型の第一号艦は、呉の海軍工廠で建造準備が進み、第二号艦が長崎造船所に委託されました。第一号艦は、後に戦艦大和と名付けられ、第二号艦が武蔵となります。
世界に今までない大きさの戦艦であり、積み込まれる大砲も今までなかった大きさのものです。どのようなものを作っているかをアメリカに知られると、対応策を工夫されてしまますので、機密を厳重に保たなければなりません。かなり厳しい知性を敷いたようです。
長崎は、各国の領事館や異国人が多数居住しており、坂の町で、いろんなところから造船所が見えるので、隠ぺいのための工夫が大変だったようです。
造船所で、建造した船を海に送り出さないといけないのですが、長崎の港はせまく、場合によっては、海に滑り出した船がそのまま対岸に衝突して破損してしまったり、対岸への衝突をさせないためにカーブを切らせようと片側にロープを付けて引いた場合には、まかり間違うと転覆することも考えられます。
大変な工夫をしたようです。次々の生じる難問とそれに対する研究・工夫がこの本を興味深いものにしています。
第一号艦は、1937年11月4日に起工され、1941年12月16日に竣工した。
第二号艦の起工式は、1938年3月29日に行われた。当初の竣工予定は、1942年3月31日であった。(52頁)
実際に竣工引き渡しの行われたのは、1942年8月5日であった。(178頁)
武蔵の乗員数は、2300名です。
レイテ沖海戦の際の乗組員は、2399名。その内、生存者は、1376名。レイテ沖海戦時の生存者も、日本の敗戦までには、亡くなった方が大部分のようです。
☆読んだ本
「三陸海岸大津波」吉村昭著、中公文庫、1984.08.10
「桜田門外ノ変 上巻」吉村昭著、新潮文庫、1995.04.01
「桜田門外ノ変 下巻」吉村昭著、新潮文庫、1995.04.01
著者 吉村昭
1927年 東京日暮里生まれ
学習院大学中退
1966年 「星への旅」で太宰治賞を受賞
1973年 『戦艦武蔵』等で菊池寛賞を受賞
1979年 「ふぉん・しいほるとの娘」で吉川英治文学賞を受賞
1984年 「破獄」により読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞
1985年 「冷い夏、熱い夏」で毎日芸術賞を受賞
1987年 日本芸術院賞を受賞
1994年 「天狗争乱」で大仏次郎賞を受賞
1997年 芸術院会員
2006年7月31日午前2時38分、すい臓がんのため死去、享年79歳
(2008年9月12日・記)
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前半は、武蔵建造に関わる人々のさまざまな苦労、後半は武蔵のその後を描いていて、どっちもとにかく「狂って」いるとしか思えない。すごい船だったんだろうけど、こんなに必死になって造ってあっさり沈められちゃって。そのギャップとか、最後どんどんゴミのように死んでいく乗組員の描写の物凄さとかに、吐き気を覚えた。沖縄の「ひめゆりの塔」で感じたのと同じ種類の吐き気だ。
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巨大戦艦を造り上げた日本のものづくり力は昔もレベルが高いのだろうが、棕櫚すだれで戦艦建造を隠す姿は滑稽だ。どこかバランスが崩れている。結局、不沈艦といわれた武蔵は、米国の波状攻撃で沈没してしまうが、この場面を吉村昭氏は地獄の様に描いていて、読んでいて体が冷たくなってしまった。
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プロジェクトXばりに武蔵の建造風景がつづられていたのが一転、淡々と非情緒的な戦闘場面と末路の記述。その分、戦争や人間の愚かしさというかなんというか、が迫ってきた。そして漂う諦念。
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武蔵が如何にして生まれ、如何にして沈んでいったか。
ほぼ建造中の話ですが、其処で沢山の人と沢山の時間と沢山の資材と沢山の夢を投入して生まれたのかが分かります。
でも、小説なので一行で数年話が飛ぶので、本当はもっともっと苦労したンだろうなぁと空白の合間を読んでしまいます。
最後の頁は言葉がない程の衝撃でした。
そうか、これが戦争なんだな……って思わずにはいられませんでした。
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浦野所有。
淡々とした筆致でありながら、まるで生きものであるかのように、巨大戦艦の息づかいが迫ってきます。ありきたりな感想で恐縮ですが、智恵と技術を結集して建造される前半と、ロクな戦力にもならずあっけなく撃沈される後半の対比が恐ろしいくらい見事で、リアルです。
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長崎の三菱造船所での武蔵建造の秘話が描かれている。史実に基づく描写が素晴らしく,そのディテールにこだわった書き方はまるで全てを観てきた人のよう。大和の影にあった武蔵の位置づけが良く判る。
「龍馬伝」で岩崎弥太郎,三菱造船所が賑わっているようだが,本書を読めばまた別な見方で造船所が眺められる。
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淡々とした書き方
ドキュメンタリー番組のような感じの小説
戦艦武蔵は何のために作ったのか分からないね
壮大な徒労と犬死やね
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昭和41年の作品、『戦艦武蔵/吉村昭/新潮文庫』をふと手に取った。戦艦武蔵の一生を通じて、それに関わった人間のドラマが克明につづられていた。ズシリと胸に迫るものがあった。
あとがきによれば、この作品の発端は著者が借りた戦艦武蔵の建造日誌だったそうだ。以後、膨大な資料やインタビューなどの調査を経て、戦時中に人間たちが示したエネルギーを閉じ込めるために『戦艦武蔵』が書き上げられた。読者としての僕には、武蔵の周囲に集められたエネルギーがこれでもかと伝わってきた。
本書は、日本海軍最後の戦艦、武蔵の建造から海に沈むまでの史実を緻密に、冷静に紡いだドキュメンタリである。大和ではなく武蔵。日本海軍が運命を託した兄弟艦。その根本的な違いは、武蔵が民間会社(三菱重工長崎造船所)によって建造されたことだ。史上かつてない超巨艦を三菱の技術者たちは底知れぬ技術力を武器に、幾多の困難をこえて完成させていく。全長263m、全幅38.9m、総重量35737トン、鋲の数540万本、溶接長26kmという前代未聞の巨大艦を造り上げて行く技術者たちから熱気がほとばしる。高揚感、そして悲壮感。その間4年超。
ここで本を閉じれば、壮大なプロジェクトXで終わることができる。だが話は当然まだ続く。建造時の熱気と対比させるかのような就役後の無力感ただよう場面へと。
武蔵(そして大和も)も海戦ではほとんど無力だった。ただしそれは航空兵力に抗しきれなかった大艦巨砲主義と揶揄されるような図式だけではなかったようだ。武蔵は戦おうにも動けなかったのである。これほどの巨艦を動かす重油がなかった。したがってこの貴重な兵器を温存し続け、最終的に負け戦に投入したのである。果てしなく繰り返される空襲と悲壮なまでに交戦し、そして壮絶な最後。武蔵が、大和が活躍できる場を与えられていたら戦局は変わっていたもしれないと思わずにはいられなかった。
加えて、この物語の終わりに武蔵と最後を共にした猪口艦長の遺言が記されている。艦長の遺書なるものを僕は初めて読んだ。艦を沈めたことへのお詫びとこれまでの感謝。しかしそれだけではない。いやそれ以外のことに多くの文面が使われている。武蔵での戦いで得た教訓、反省がめんめんとつづられている。次の戦いに向けて何をなすべきなのかが。これから死に臨む人間とは思えない冷静さ。気高さと言えるかもしれない。涙があふれてきた。
何の気なしに読み始めた44年前の一冊に感動できる。読みそびれている本はどれほどあるのだろうか。
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氏の戦争文学に共通するのは、戦争そのものを人間の奇怪な営みと、その果てにあらわれる徒労感、敗北感としてみており、その観点から客観的に事実を積み重ね羅列していく。読後感は読者である私にゆだねられる。読了後の、空疎感は一体・・・・「人命と物資の無意味な大量消耗戦」が戦争であることに間違いない。
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武蔵建造にあたり、物凄いエネルギーが注がれ、フィリピン沖で6度に渡る爆撃を受け、エネルギーが海に呑まれていった。戦争の悲惨さをあらためて感じる。11.1.19
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戦艦武蔵の建造から沈没までにまつわる人々のお話。戦争ものにありがちな、人々の大和魂的な内面表現は少なく、客観的、記録的な淡々とした文章が吉村昭らしい。あくまで戦艦武蔵という軍艦が主人公で、その誕生から沈没まで武蔵に関わる人々が描かれているというのが面白い。長崎の民間造船所で秘密裏に軍艦を建造することになる人々の様子や当時の雰囲気が、その淡々とした客観的記述によってリアルに浮かび上がってくるのが面白い。
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なかなか興味深く読みました。戦艦武蔵が出来上がるまでと、壮絶な終焉までが書かれた作品です。
最初の方は、軍ってなんて勝手なんだろう、勝手に工員たちに武蔵の建造を押し付けておいて、精神的な自由も奪いながらそれを名誉とする。と、憤りを覚えながら読みました。
ですが、それだけ工員たちが苦労して、時には事故者も出しながら、神経と肉体をすり減らしながら作った武蔵・・・・。きっと彼らにとっては、自分の子ども同然だったろうと思います。それが沈んだとか、撃たれたとか聞いた時のショックは相当なものだったかと思います。
見たものが息を飲む圧巻の戦艦。それは戦時中の「熱っぽい空気」の中では不没の戦艦と言われて、誰もがそれを信じて疑わなかった。でも、結局は沈みました。不没の戦艦(戦艦に限らず船はすべて)なんてないんじゃないかと思いました。
後半、武蔵が沈没するまでに、乗組員のかなりの人数が亡くなりました。それは淡々とした語り口が相まって、まるでどこか遠い国の絵空事を読んでいるようでした。こんなに簡単に、あっけなく、かなりの人数の人が亡くなるような出来事がたった66年前にあったかと思うと、不思議な気持ちです。
筆者が、「武蔵こそ、私の考えている戦争そのものの象徴的な存在のようにも思えてきた」と言った意味がわかるような気がします。
「熱っぽい空気」の中で、異常に団結しながら神話を作り上げて、それを信じて止まなかったがために、あっけなく終りを迎える。
多数の人の死や、苦労を、「あっけなく」と表現するのは不適切かもしれませんが、戦後生まれの私から見ると、あまりにあっけなく感じるものでした。ですがそのあっけなさが、戦後、大いに反省を齎すことになったと思います。
興味深い、面白い本でした。巻頭についている、武蔵の見取り図もいいですね。そして今の新潮文庫の表紙も好きです。
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本作も当然の☆☆☆☆☆
宇宙戦艦にもなった大和は有名だけど、実は同じような戦艦がもう一つ建設されていた。しかも大和より武蔵のほうが後に作られたからより改善されている。
武蔵は世界最大の戦艦という以上に日本帝国海軍の夢が託されていた。それは性能への期待ではなく存在への期待であり、連合艦隊司令長官への畏怖と同じような偶像崇拝であった。
いったいどれだけの金をつぎ込んだんだと思うくらいに徹底された巨像は、その期待ゆえに戦火から離され、いざ戦火にさらされたときは、その巨像ゆえに真っ先に攻撃された。
非常に物語がある鉄の塊。
謎の男が日本中の棕櫚を買いあさり、日本から棕櫚が無くなったという枕ではじまるところがいつもの吉村昭らしくて心が騒ぐのだ。