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彼の口にする「愛してる」と彼女たちの求める「愛してる」の決定的な違いが哀しい。
http://feelingbooks.blog56.fc2.com/blog-entry-906.html
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演劇を観てるような錯覚に囚われる本だった。
「飽くことを知り、足ることを知る」、滑稽なまでに清い主人公•吉田青年。
不思議な魅了を持つ彼が色んな人と関わっていくお話、後半。
登場人物のキャラが割と極端なのに(自虐の人、外交的な人、妬む人、鈍感な人…)、不思議と誰にでも共感できた気がする。
非現実的で観念的で理屈っぽくて、吸い込まれる様に前後編読み切ってしまった。
多分好き嫌いが分かれそうな作品だけど、私は好きだ。
読むたびに新たな気付きがありそう。
ラストの、
「それは、単なる宛名書きではなく、吉田青年が愛してる人の、リストのようなものになった。
(中略)
愛してる人のリストであると同時に、愛してほしいと思っている人のリストでもあったのだ」
は思わず感動してしまった。
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繰り返される古典戯曲のような問答は前半のまま、はやり突拍子も無い行動をとる登場人物たち。リアルさがないのは確かだが、喋るセリフと行動がマッチしているので妙な感覚に陥る。
そして恋愛というよりは愛がテーマ。主人公は聖人君子というよりは愚か者である。
何か読むにつれ既読感が増していく感じがしたが、なるほどロシアの名作が基となっているのか。
タロットカードのゼロ(愚者)のイメージが浮かぶ。
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神様みたいな主人公と、それを取り巻く個性的な人々。この、神様みたいな主人公が、「人間」っぽくなっていく姿にドキドキ。
太宰あたりの日本の純文学がスキな人、ドストエフスキーがスキな人に読んでみてもらいたい。
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なに?ロシアとかアッチ方面の文学を模倣か?
人・思想すべてに反発。なんか鬱陶しく胡散臭い感想を持った。
俗世間をなめるんでねえど!
以上。
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これ絶対一年前は読めなかった。
滑稽、ばかみたいって一蹴してたと思う。
読みにくいし難しいのに手が進む。
吉田青年の聖人君子ぶり、面白かったなあ。
彼みたいな人はいないんだよね。
だからラストは個人的に好きでした。
恋愛は見返りあってこそなんだと思う。
愛したいし愛されたいのが人間の本能で本望でしょう。
愛している人のリストであると同時に、
愛してほしいと思っている人のリストでもあったのだ。
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愚かなまでに心の清い青年への憧れから、人々は彼を中心としたサークル活動を始める。
ある者は名前を書き続け、ある者は椅子を磨き続ける。
過酷な「繰り返しの作業」の果てに、平等な社会(ユートピア)は生まれるか。
世にも滑稽な“聖なる愚か者”吉田青年の、恋のゆくえは。
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愛する人に自分を愛してもらいたい。
与えることだけが相手のためになるとは限らない。
あなたに愛されたい、と言ってもらえたら嬉しい。
そんな自然な愛の在り方に、吉田青年が気付くことができてよかった。
その過程で多くのものを失ったけれども、また多くの人間と愛の物語を吉田青年はきっと紡いでいくのでしょう。
芝居がかった会話、劇的な展開だというのに淡々と流れていく様子が読んでいてとても面白かった。
演劇を観覧しているような感覚をくれる本でした。
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めちゃくちゃで退屈で苦痛で時間と金の無駄の象徴のような作品。
主人公の吉田君のように、宛名書きのような退屈な作業に喜びを見出すような奇特な人でもない限りおすすめできない。まさに修行。
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本当に、主人公はゼロに経ち帰ったのだなと言う印象。
不倫だろうと純愛!みたいな話はよくあるけれど、相手がいるなら相手との決着を付けない限りは、他人から見れば不倫だと言う事を主人公と共に思い知らされた。
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なんとか最後まで読み切ったという感じ。
しかし最後にロシア文学者の解説を読んで、いろいろ腑に落ちた。
描きたいことは分かるけどもう少しまとめられなかったのか…などと思いながら読んでいたけれど、ドストエフスキーの現代日本版ということで納得。
『白痴』を過去に読んでいれば、また面白かったのかも。