紙の本
日本人の納税意識
2015/09/02 13:02
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:れいさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
自分を含め、税金に対する意識の低さが、国が源泉徴収税度と年末調整の制度を維持することによって形成されていることが良く分かった。自分が払っている税金の額さえ、正確に認識していないままでは、その税金がどのように使われるかまで興味がわかないのも納得できた。今後は、税金の使い道についても意識的に把握したいと思える書籍で、問題意識をもつ良い機会となった。多くの人に、この書籍を読んでもらい、多くの人に問題提起してほしいと感じた。自分たちの社会は自分たちがつくっているのだということを頭に入れれば、おのずとじぶんがすべきことが分かってくるような気がする。納税は義務ではなく、社会の一員として、社会生活を快適に安全にしていくうえで必要不可欠なものと認識し、自ら社会にかかわるものとして自主的に納税すべきものであり、他者から強制されるものではないことが重要であることがわかる。多くの人にとって、納税は義務であるようにかんじるが、それは国家が意図的に植え付けた意識であって、改善していくべきものであると思える。このほんが多くの人に読まれることにより、多くの人の意識が変われば、もっとよりよい社会の実現に向けて、多くの人が能動的に活動されるのではないかと思う。
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意外に無関心な納税者の権利。我々が国家権力と対峙するのは、警察と国税ではないか。しかし、多くの国民は憤りを感じながら、やむを得ないと泣き寝入りをしてしまう現実がある。著者が行っている納税者の権利を主張する運動は、あまり知られていないし、私自身も知らなかった。マスコミが取り上げることも少ない。日本の税制が非常に分かりにくいこともあるし、我々自身が税務署に関わる場面が少ない現行制度によるところも大きい。著者の運動は是非広げていってほしいし、税務署のあり方ももっと民主的であってほしい。
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税理士ではなく、弁護士が書いたことに驚く。
日本の納税者はお上の言いなりで、異議申し立てしにくい。更生の請求をしても、税務署は理由を言わず、向こう方が間違っていても延滞税を加算される。
行政職員の再雇用としてのOB税理士、大学院でのダブルマスター、税法の知識のない弁護士や裁判官。一般市民がプロを頼ろうとしても頼れない。
ピケティに同意にしている部分には賛成しかねるが、税金のことについてなるほど、と目から鱗が落ちる。
一読して損はなし。
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良書。
納税者の義務は教育されたが、権利はどうだったのか思い出せない。確かに、納税者の権利をもっと表に出すべきかも。政府に騙されてはいけない。
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日本の納税者意識の問題提起。
国民の税金について知識、関心が相対的に低いことによる問題点を指摘。選挙のときだけ減税を掲げる政党、増税・減税ばかり声高に報道するマスコミ、それを妄信する国民。細かい点は官僚が決めているというこの構図が続いており、変わる気配はない。
税や金融についての教育を早い時期に行うべきと思う。現状全く足りておらず、給与所得者のほとんどが無知に近いのではないか。
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日本の税制は非常に分かりにくい。制度自体が複雑化であることと同時に、直接税金を納める行為自体がほとんどないからだ。本書では納税者が納税行為をいないことから、納税意識が低く、またその低さを官僚(課税庁)や政府がいいように利用している実態を明らかにしている。
自分は企業の人事部で働いており、所得税制や社会保険については平均以上の知識を有していると思うが、それでも多少理解できないところがあり、本書は全く税制について知識がない人にとっては難しい書物かもしれない。
一方、こういった本を通じて少しでも税制やその問題点について理解を深めてもらいたい、というのも、著者の想いでもあろう。
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納税者がわりといい加減にあつかわれており、もっとも納税する側もそれほどやる気があるわけでもない。税を格差拡大を是正し、民主主義を維持発展させるための対価と位置付ける。タックスイーター、タックスヘイブンと問題意識を共有すると言うが、こちらの方が行動しろと迫ってくる分暑苦しい。
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日本の税制が世界の税制と比べていかに異質であるか、日本人がいかに言われるがままに税金を払っているかがわかる。世界と比べると日本の有り様が浮き彫りになるなあ
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日本の税制を主権者である納税者の立場から見た本。
終戦後国民主権になったが、憲法には納税の義務の項目が追加され明治憲法とあまり変わらない。またGHQは申告納税制度を導入させたが、年末調整制度による給与天引きが中心となり、2000万人強しか確定申告をしていない。それらのことが税とその裏側の政府の再分配への意識の希薄化を産んでいる。
また税務署や税に絡む司法は複雑かつ官僚に有利になっており、真剣に争われるケースが少ない。国政における審議の場の確保と権利憲章の制定が重要としている。
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お金の絡む本はほとんど避けてきたのですが、多様な意見を聞くことなく突き進む現政権を目の前にして、帯に書かれているメッセージが目にとまり読んでみようと思いました。
「減税は正義か?」との刺激的な呼びかけに始まり、歴史的な背景も振り返りながら、今の税制に関する問題点を納税者の立場から解き明かした展開に引き込まれていきました。「年末調整」や「源泉徴収」制度は、自分の税金に関心を持てなくされている仕組みに一役買っていることなど全く知りませんでした。
「そろそろ、義務としての納税から自分たちの意思としての「払税」に変え、社会の責任ある主権者として政治に、税制に、予算支出に関わっていこう」(おわりにより)との呼びかけに応えていけるように、一定の実務性含めて自分の力高めていきたいです。
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昨年の委員会活動のおかげで、すっかり税金に関心が高まってしまった。
一度読んでおきたい。残念ながら紙版しかないみたいだけど。
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日本の民主主義はとことん国民の無知の上に成り立っているのだと思い知らされる。
震災のように、実際の破綻が訪れるまで何も考えないというのは国民性という言葉で片付けて良いものではないだろう。
税制の問題など見向きもせずに、政治家を人格の好き嫌いで判断することを先導するようなメディアのあり方に対しても強い疑問を感じる。
「難しいことはとりあえず無視する」ような人々に民主主義はまだ早かったのだろうか
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三木先生と言うと、この人は租税法学者でして、また青山学院大学の学長まで上り詰めた方ですから、私も下手なことを申し上げることは当然できかねますが、どうにもこの本には些か疑問が残る形となりました。
身も蓋もないことを言わせてもらえば、この人は結局、租税法の複雑難解さによって生計を立てていたわけでして、言うなれば「租税法利権」の受益者である、というのが私の認識です。
従いまして、私にとって三木先生は、同氏が糾弾する日本社会における租税を巡る「ものの見方」に関する共犯者だと思うわけです。
なるほど租税法の複雑難解さは目に余るというのはわかるわけですが、そしてその見直しの必要性についてというのも理解はできるのですが、ただ、三木先生は学者として、新たな租税法の規定の在り方を提言されたことがあったのでしょうか。
むろん、解釈法学者にそうした立法に踏み込んだ提言を要求するというのは、あるいは失当かもしれませんが、しかし、私は何も魚屋に明日から野菜を売りなさいというような無理な注文をしているわけではありません。
一例として、租税法の文言をより分かりやすいものにするために、ある法律のある条文の文言を変更いたしますと、その変更後の条文が従来のものと同一の内容なのか、又は以前から変更したものなのか、という疑義が当然生じます。
文理解釈が支配的な租税法の世界では、普通の場合後者となることが多いわけですが、いずれにせよ、ひとまず文言変更後の解釈がどうなるか、ということについて世間が全く無関心ということはありえません。
そうなりますと、この解釈はいったい誰が明らかにしてくれるのか、ということになるわけですね。課税庁が顔を出すことは容易に想像できるでしょう。
これに対する反論として、従来の条文は従来と同一の意味とする、という見解を採るとしても、改正や追加に当たっては、従来の条文の文言の法則が妥当しないこととなるわけですから、これについての疑問は残ってしまう。
従って、難解ながらもひとまず解釈手法の確立した法律について表現の平易化という外科的手術を施すに当たっては、租税法において重視されるべき予測可能性を損なわないように努める、ということに留意する必要があるわけですが、その技術的に微妙な調整こそ三木先生初め学者先生のお仕事ではないかと感じるわけです。
問題提起は大事なことですが、その問題の解決に当たって遭遇する困難に言及してほしかったな、あるいは何らかのご提言があるのであれば、民主党との合作のみにとらわれずご披露する、それが租税法の職業専門家が発揮すべき良心だったのではないか、と考えるのです。
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日本の納税者とは、僕のことじゃないか。ところが納税者として税のことを理解しているかというと、かなーり曖昧である。
というのも、日本の納税はそういう風に作られているから。納税はかつて兵役とセットであったりしたが、憲法が変わり、三大義務の一つになった。だが、源泉徴収と年末調整という、納税から遠ざける制度によって、主権者として税に関わる意識がすっかりなくなっている。
改憲・憲法解釈が話題になる昨今だけど、納税のことは、とんと聞いたことがない。みんなこのままでいいと思っているのか。それとも、その情報さえ、みなの興味に触れないだけなのか。
本書は、税がいかに納税者たちと縁遠いかを語る。わかりにくいこと、誰も助けてくれないこと、間違えてもやり直しがきかない場合もあること。悪さをしていなくても、痛くない腹を探られること。累進課税のようでいて、大金持ちになると所得税の負担割合は実は減ること。
日本には、納税者の権利を定めた憲章がない。義務だ、払え、としてオートマチックに取れる税ばかりを設定していくばかりでは、税が社会を善くしていくことなどできないだろう。要するに日本の税制は、正々堂々としていない、という印象を強く感じる。
社会保障と税の一体改革、という言葉が民主党政権末期によく聞かれた。すっかり聞かなくなったと思ったら、軽減税率騒動で、財源不足で社会保障の方をちょっと削る、なんていうことで久しぶりに耳にした。まだあったんだこの言葉。「社会保障と税」こそ、主権者が主権者として主張できるファクターなのに、まさに「国民的議論」が行われずに、テキトーに決められていくよなあ。
日本がダメ、という本に見えるかもしれないが、だがしかし、税に対する目的意識を持つに足りる本である。
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もうかなり以前の話になるが、ある人気タレントが税務調査を受けた際、当局が高額の所得隠しの指摘し、それに従い修正申告と追徴税を支払った。その会見の際、彼は植毛治療を経費にしていたと弁明したが世論はそれを受け入れず、彼の芸能生活は事実上の終焉を迎えた。私は彼の人柄が好きだったので同情的だった記憶がある。
彼の弁明と報道とは多少の齟齬はある。マスコミの報道では架空発注すら行っていたと言う。
そのため割り引かないといけないが、作り上げたイメージを保つために容姿の維持が必要な芸能人にとって、植毛の費用は経費と当人は考えるのは無理のない発想だし、税理士もそこに異議を唱えなかったので長年経費として申告してきたのではないだろうか?
このケースから、日本の税の問題点を本書に依拠することによって指摘することができるのではと思う。
まずはこの報道を行ったマスコミを含めて日本の納税者の多くは給与所得者であり、彼らは源泉徴収と年末調整により、勤めている会社が申告を行っているため、税に対する問題意識を育むことが困難な事である。
給与所得者は所得控除の額が年間所得額によって決まっており、何を経費にするかということに意識を割かなくて良い。そのため、このケースにおいて単純にこのタレントの金銭感覚はせこいと断罪するだけで終わってしまいかねない。
次に税法の条文で書かれている日本語が難しすぎて、専門家でも条文の理解が及ばないケースがあるということだ。そのため国税局の通達?(こっちは実務的)によって実務家は経費になるかどうか判断するが、それでもそれに従うことによって常に完璧な申告をすることが出来るという訳では無い。
まだまだあるがもう1つ指摘すると、当局と意見が食い違っても、争うとなるととてつもないハードルがあるということだ。単純に裁判所に行けば対応して貰えるという訳では無いのだ。
端折って言うとまず、当局に異議を申し立てないといけないが、そこでそれを問題だと判定するのは大部分が税務職員であり申立てが受理される可能性も高くない。詳しく書く能力が無いのでその辺は本書を読んで欲しい。さらに負けると延滞税もかかり、これが高額である。
このため彼が争うことは損得勘定から判定すると明らかに損であり、全面的に当局の指摘に従った方が穏便に済むのだ(結果的に彼の失うものは大きかったが)。実際に争う方たちは本人の意地でやっているケースが多いらしい。
このように行政に極端に有利な税制度を利用して、一芸能人の芸能活動を終焉させたというのは我々にとって不都合なことでは無いかと思う。
要するに行政に歯向かったら後で何されるかわからないぞということである(別に彼が反権力的だったという訳ではないだろうが)。彼らの裁量で自分の社会的地位が追われるとなればどういう行動を芸能人はしているかと想像するのは容易だろう。
本書の序章において国民主権の日本において税の所有権者は我々国民であり、自分の所有物は自分で決めることが出来る権利を持つと述べられている。しかし実際は選民意識を持つ行政官や一��の政治家が密室で税制のあり方が決められている。国民主権の国で生活する我々市民が税の問題に正面から向き合うことは必須だ。財政が逼迫して久しい現状の日本で暮らす我々が本書を読むことによって得られる知見は大きいだろう。