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チェーホフのショートショート数点と戯曲2点を集めた文庫本。タイトルになっている「馬のような名字」は、滑稽で単純に笑える話。そして、ショートショートの最後を飾る「いいなずけ」は、当時はもちろん、現代の女性にとっても自分の生き方を今一度見直したい気持ちにさせる。
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チェーホフの印象が変わった。とは言ってみたものの、そもそも読んだことあったっけ?桜の園とかワーニャおじさんとかが有名な作家さんやけど、読んでないかも知れない。それでも印象変わったのは確か。短編集だからなんかな。
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「学生」は、たった七頁で長い長い人間の営みの歴史、その中で個人というものが存在し生きて行く意味、というものを明らかにしてしまったという文学の歴史においての奇跡。
最高傑作のひとつと言っても良いだろうが、たしか著者の一番のお気に入りだったはず。
福音書の中を通ってキリスト教を超えて行こうとする試みだが、輪廻の話ととる事も可能である。というより、輪廻を含んだ、人類の歴史自体を一つの有機体と捉えた大きな話なのだが。
このあたりが理解できないと「ワーニャおじさん」はじめ、四大戯曲なんて絶対にわからないだろう。
つまり、200年先、300年先の人々を少しでも幸せにするために今自分は生きている、という考え方と、死んだらなくなってしまう人間の感覚はせいぜい5%で、あとは残るかもしれない、という考えは、セットになっている、という事なのだ。
すると途端にチェーホフの思想はニヒリズムでもペシミズムでもなくなってくる。浦雅春のチェーホフ論からはこの視点が抜け落ちてしまっている。 米原万里が批判めいた書き方をしていたのはこの事についてだろう。チェーホフはもっと今、生きる事について語っているはずだ、と。
昔はどうしてもそれがわからなかった。今我々は不幸だが未来の人の幸福の為に生きる、といのがキリスト教の、天国で幸せになる、ということの言い換えでしかないように思えたのだ。
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文体が平易だが少しポップすぎて、話の雰囲気に合うものとそうでないものの開きが凄まじい。大学教授ってこういうものの翻訳は苦手なんだろうか(偏見)。
神西清で出てる話は読みなおそ。
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チェーホフ、短編がうますぎる。人生の哀しみも喜びもぜんぶ書いてる。
また浦雅春の訳のよさも光る。「馬のような名字」で馬のような名字の数々の訳がどれも秀逸。オウマサンスキー、エンバコフ…笑