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紙の本
日本に哀しい物語が始まるのか?
2006/05/14 22:38
19人中、17人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:GTO - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者も言っているように、学問的にまだ実証されているわけではないが、その通りだと感じることが多い。現在、裏を取る調査中とのことなので、数年のうちには詳しい調査結果も発表されるに違いない。その前にまず、途中何度か引用されている名古屋大学等の紀要を読みたくなった。最近の大学の紀要は面白い研究でいっぱいのようだ。
さて、著者の造語「仮想的有能感」は、言い得て妙な熟語である。著者の定義によると「自己の直接的なポジティブ経験に関係なく、他者の能力を批判的に評価・軽視する傾向に付随して習慣的に生じる有能さの感覚」(p.131)であるが、根拠のない(実績にも努力にも裏打ちされていない)優越感といったほうが分かりやすいかもしれない。
著者の造語ではないが、本書に出てくるキーワードを並べれば、きっと多くの人がこの本を読みたくなるだろうと思う。いくつか抜き出してみよう。
悲しみの希薄化
怒りの文化
根拠なき自己肯定
ユニバーシティ・ブルー
自分以外はみんなバカ
ポジティブ・イリュージョン
他者軽視
エンビー型嫉妬とジェラシー型嫉妬
などである。
これではまだという人に、何カ所か部分引用すると、
「現在の個人主義傾向が強まった時代では、葛藤が起きると、即座に怒りの感情として爆発したり、慰謝料などをめぐって醜い争いが展開したりする。すなわち、個人主義の社会では攻撃性が高まり、暴力が日常的に発生するのである。」(p.52)
「九〇年代以降、国際競争力をつけるために日本人はもっと自己主張をせよと言われ続けてきた。そのことが、「人の欠点をはっきり言う人のほうが有能」「先に指摘したほうが勝ち」という風潮を生み、「日本人は『あら探し』をすることがうまくなった」とまで言われるようになった」(p.79-80)
「その場その場での役割や地位というものが機能せず、あらゆる場面で誰もが同じ地平に並んでいると考えているのかもしれない。しかし、教育という場面で教育者と被教育者の間には一線が引かなければ教育は成立しがたいだろう。」(p.98)
「能力の内容はよくわからないが、とにかく自分には何人にもない特殊な才能があるはずだ、という根拠のない自己肯定をしているのである。前にもふれたように最近の社会では「オンリーワン」という言葉が流行歌の歌詞にもなり、非常によいイメージが持たれているが、この考えには落とし穴もある。なぜなら、多用な比較の次元を持つことは人間にとって幸福なことではあるが、誰もが勝手に好ましい自己評価をし、自分にもすばらしいところがあるにちがいないという、楽天的な見方を構築しやすいからである。」(p.111)
「仮想的有能感の高い人は、何よりも自分が弱い存在だと思われたくない。例えば、学業成績が悪い、運動競技に負けたという現実があっても、素直に自分の能力や努力の足りなさを認めるというよりは、先生の指導が悪かったとか、競技場のコンディションが悪かったと自分以外の要因に帰し、自己責任を回避するものと考えられる。その限りでは悲しみは生じない。ただ怒るだけである。」(p.186)
「幼児期から個性化が強調されると、たしかに一種の自尊感情が形成されるかもしれないが、それは、周囲からの一般的な承認をえない、柔らかでぶよぶよした傷つきやすい自尊感情にすぎない。子どもたちが社会化するために大人がしっかりしつけをすることが、仮想的有能感を抑制する。」(p.208)
これで読みたくならない人は、現実を直視したくない「仮想的有能感」の人、その人だろう。でも、この本を読んで「そうだ。そうだ。」と思うのも、(自分自身に潜む)仮想的有能感ゆえかもしれないと自戒した。そして、これからの日本に哀しい物語が待ち受けていなければよいのだが思った。
紙の本
何よりも立派だなあと思うのはこの著者が「では、どうすれば良いか」を書いていること
2006/05/28 23:27
12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近の日本人、特に若者たちの行動パタンが変わってきた。彼らは社会生活が苦手で、他人からマイナスの評価を受けることを極端に恐れ、自らの成功体験によって自信を持つのではなく、(そんな体験は全くないので)先手を打って他人を貶めることによって謂れのない自己肯定に至っている。このことによって今の若者はキレやすく攻撃性に満ちた存在になってしまっているのである──この本の趣旨を私がまとめると、まあ、そんなところである。
そして、著者はこの「他社軽視を通じて生じる偽りのプライド」を「仮想的有能感」と名づけ、さらに既存の概念である「自尊感情」と有能感とをクロス集計することによって有能感を4タイプに分類し、若者たちに多い「仮想型有能感」を深く掘り下げる一方で、逆に自らの成功体験により自信過剰に陥ってしまって周りを滅多切りにする「全能型有能感」が中年以上に増えているという現象も指摘している。
この本は、読んでいて別に難しいことはないが、書き方としてはむしろ学術論文に近く、そういうタイプの文章が苦手な人は、例えばこの書評欄に載っているサマリーを読むだけにしておいたほうが良いかもしれない。ただ、それさえ気にならなければ大変読み応えのある論説である。この「仮想的有能感」という概念は近年著者が唱え始めたものであり、社会心理学の世界で定説となっているものではない。従って時系列データの蓄積がなされていない中、著者はいくつかの実証データと推論を交えて論を展開している。もう少し豊富に化学的裏づけがあればもっと説得力があるのにという気もするが、しかし、印象としてはまことに見事な世評である。そして、何よりも立派だなあと思うのは、この著者は単なる分析に終始するのではなく、自分なりに「では、どうすれば良いか」を書いていることである。彼の言う「では、どうすれば良いか」は公平に見てやや月次な感じもする。ただ、そういう地道なことでしか、この嘆くべき現状は改善されないのかもしれない。
1人でも多くの親や教育関係者に読んでもらいたい。私はそのいずれでもないので、自身を分析しながら、自分がこの本で言う何に当たるかを考えながら読んだ。そういう読み方も必要だろう。
by yama-a 賢い言葉のWeb