投稿元:
レビューを見る
これまで多くの小説を読んできた自負のある僕であるが、ページを繰るのが苦痛でありながら、苦行僧のような気分で読み進めた唯一の作品、それが島尾敏雄の『死の棘』であった。島尾敏雄の不貞が原因で精神に破綻をきたした妻ミホが敏雄を何度も何度もなじる姿はミニマリズムの極致であり、明らかな夫妻の共依存関係は絶えることのない苦痛を読み手に与える。
さて、本書は『死の棘』で客体として描かれた島尾ミホを主体に据え、「書かれる女」であった彼女が処女作である『海辺の生と死』の発表を皮切りに「書く女」へと変貌していく姿を描き出していく。そして、何よりも島尾ミホの死後に残された膨大なノートなどを分析した著者が提示するのは、「敏雄は、あえて自身の不貞がミホに明らかになるように仕向け、それを題材に自身の創作をネクストレベルに引き揚げようとした」という大胆な仮説であり、その仮説の構築プロセスは非常にスリリングである。
自らの家が焼け落ち、妻と子供が苦しみながら死ぬ様を見て、自身の創作意欲を掻き立てたという「絵仏師良秀」を彷彿とさせるようなこの仮説が果たして正しいのか、我々が検証する術はない。しかしながら、『死の棘』という作品が持つ強度は、そうした仮説が正しいと思わせるだけの凄みを持っているのも事実であり、世間には理解されないであろう異常な夫婦の愛憎関係により、こうした傑作が生みだされたというのは間違いがないようにも思える。
投稿元:
レビューを見る
同じ資料を使って、書きようによって、いくらでもきれいごとにできるのに「きれいごとにはしないでください」と言ったご子息。きれいごとだけで感動させようとする世の中の流れに逆らっている。
私はこの本を読んでものの見え方が変わった気がする。立派な仕事をした人も、一生立派なだけで生きたわけではないなら、自分のことも周りのことももっと許さなくてはと思う。
投稿元:
レビューを見る
作家島尾敏雄の妻ミホの評伝。彼の、狂った妻との生活を描く私小説「死の棘」が有名だが、その神話と実像をミホ本人や関係者や日記などの資料から浮き彫りにする。曖昧なままの愛人の正体や小説の内容はどこまで実際のことかなど。敏雄の作家の業やエゴがむき出しで痛々しい。
島の旧名家の一人娘と赴任した27歳の島尾特攻隊隊長は恋に落ち、極限状態のまま出撃を待つが終戦を向かえてしまうという、神話のような出会いはどこまで本当なのかが知りたかった。労作。良作。
投稿元:
レビューを見る
グループサウンズ「ザ・タイガース」の一員だった
俳優岸部一徳が初主演で映画賞を受賞した作品の
原作となったのが『死の棘』島尾敏雄 著
作家島尾俊雄は少年時代より、日記をつける癖があった。
どのようなことも日記に記録するのだ。
それはのちに作家となる島尾の作品の源泉でもあった。
『死の棘』は、ある日夫の日記を読んでしまった妻が
半狂乱になり、夫に食ってかかり毎日時間を問わず
詰問し、追いつめ、夫もその狂った日常に
子供と共に深い淵に陥るという内容。
この本の作者梯久美子は
夫の死後も20数年喪服をまとい、
夫の骨壷と共に添い寝をする彼女に(彼女が死ぬまで続く)
インタビューを申し込み、叶えられた。
そのインタビューはあるとき、ミホの一方的な拒絶で終わるのだが
ミホの死後、その膨大なメモや島尾敏雄の作品の草稿や、
ミホの日記、作品の草稿など、
失われていたと思われたものが発見された。
そこで、日記などを作品を年代ごとに照らし合わせ
順序を追い、事件の裏をとるような緻密で地道な努力で
このドキュメンタリーを書くことになる。
二人の出会い以前のそれぞれの出自も詳しく説明され、
それぞれの環境、育てられ方が彼らの人間性を培った。
それは、彼らの両親の人となりにまで及ぶ。
たまたま読まれてしまった、、、浮気の日記
だけではなかったのだった。
それは、作品を描くにあたりあまりに平凡で
劇的な境遇をことごとく外してしまった自分に
何か劇的なストーリーを作るがために?!と
思わせる節も見えてくる。
だが、それだけでは終わらずに、二人の性格を持って
地獄でありながら、痛めつけられながらも
神に許されていくと感じる、
普通では簡単には共感できない
二人だけの世界があの作品を生むということがわかってくる。
長編だけに、なかなか読むのが大変だったが
今、注目の作品だけに読んでみた。
投稿元:
レビューを見る
[愛,それまでも愛]夫の不貞に狂った妻,そしてその先に見える夫婦愛を生々しく描き切ったと評された島尾敏雄の『死の棘』。島尾が日記に書き記した十七文字を目にしたときに「私はけものになった」と語る島尾の妻・ミホの実像,そして夫婦の想像を絶した間柄について克明に記録したノンフィクションです。著者は,『散るぞ悲しき』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した梯久美子。
ノンフィクションでありながら神話を読んでいるような気持ちに陥った紛うことなき名作。一組の男女の間で,愛というものがここまで清廉で,そしてときにおどろおどろしく変貌を遂げるものなのかと胸を貫かれる思いがしました。「書く・書かれる」を軸にした島尾夫妻の関係は,もはや生血が流される「決闘」と言っても過言ではなく,それ故に互いが互いを完全に,ときに完全以上に理解し合えたのかなと感じます。
〜天秤量りの片方の皿に,あの十七文字が載っている。それと釣り合う重さの言葉をもう片方の皿に載せるために,あの長大な小説を,島尾は書き続けなければならなかったのである。〜
凄まじいという言葉の極点を示した一冊☆5つ
投稿元:
レビューを見る
死の棘。かつて読もうと思い手にしたものの、あまりに暗く、苦しく、とても読み続けることができずに早々にあきらめた。
今なら、読めるかもしれない。
島尾敏雄とミホ夫妻の尋常でない夫婦関係に驚くばかり。
また、梯さんの徹底した取材、膨大な日記を読み解く根気、評論を書くことを決して諦めない姿。
あっぱれだ。
投稿元:
レビューを見る
梯久美子の超労作。ご苦労様でした。今回も女性ならではの着眼点が光っている。新たな「死の棘」文学論にもなっているが、ノンフィクションとはこういうものであるということを教えてくれる素晴らしい教科書のような存在だと思う。著者がこれ以上の作品を今後残せるか心配になってしまうほど優れた作品。圧巻!必読です。
酷ですが、次回作も超期待しております。
投稿元:
レビューを見る
死の棘を読んでなんの感動も共感もなくて、この本を読めばもっと理解できるのでは?と思ったけど、全然だった。なぜこの死の棘が有名になったのかも理解できない。
投稿元:
レビューを見る
序章 「死の棘」の妻の場合
「戦時下の恋」「二人の父」「終戦まで」「結婚」「夫の愛人」「審判の日」「対決」「精神病棟にて」「奄美へ」「書く女」「死別」「最期」
島尾敏雄とミホ夫婦についてなんの予備知識なしに読み始めたせいか、最初からふたりの生い立ち、ドラマチックな出会い、結婚生活、その成り行きにいちいち驚いてしまう。「死の棘」って実話?それとも小説?
敏雄の日記、関係者の証言、ミホ本人からの聞き取り‥今回初出の資料もたくさんあり、「死の棘」未読(!)の私でもこの本の凄さや面白さが分かる。順序が逆になったが「死の棘」を読まなければ。
投稿元:
レビューを見る
愛と狂気は表裏一体・紙一重…。文学はフィクションでノンフィクション…。明かされていくミホとトシオの愛と狂気はまた筆者の二人に対する愛と狂気かもしれない。
3人の心が織りなす凄まじい世界…。ただ、こんな愛はまっぴらゴメンだ!
投稿元:
レビューを見る
島尾敏雄の「死の棘」は結局読了できずに、
この島尾ミホの評伝書を読む。
梯久美子さんの書かれる人と書く人という二人の関係の視点を通して、私が「死の棘」を読了できなかった理由や、読んでいるときに感じたいろいろな疑問が解明されたように感じた。
作家の業(ごう)も重過ぎたのかもしれないな…
ミホ本人や息子、親戚、関係者へのインタビュー、また著作や関係の記述、膨大な資料を調べ、
「死の棘」等多くの作品で描かれるミホとトシオと、実像のミホと敏雄に様々な角度から迫った力作。
終戦記念日も近い読了の8月13日、読売新聞の日曜版にミホの出身地であり、二人の出会いの地の加計呂麻島の特集が出ていたのは印象的だった。
投稿元:
レビューを見る
あまりのぶ厚さに手を出しかねていたが、読み出したらやめられなかった。これは労作にして傑作。「死の棘」の妻島尾ミホの人物像に迫ることで、従来の作品観に敢然と異議を申し立てている。筆者の論は、長期にわたる地道で粘り強い取材に裏打ちされていて、圧倒的な説得力がある。
「死の棘」が他の私小説から抜きんでた評価をされてきたのは、その前日譚があったからこそではないだろうか。特攻隊長として南の島にやってきた男と、村長の娘である美しい少女との恋。それは予想されていた「死」では終わらず、二人は結婚し、やがて修羅の日々を迎える。
著者は、そのほとんど神話となった二人の出会いから、事実はどうであったのか、島尾敏雄やミホ、そして周囲の人々が何を思い、どう行動したのかを丁寧に検証していく。まずここが非常に刺激的だ。このときミホは二十五才、東京の女学校を出た後島の代用教員をしていて、決して「南の島の素朴な少女」などではなかった。
ここを皮切りに、従来定説となってきた解釈に疑問が呈され、語られることのなかった時期の実像が掘り起こされていく。島尾敏雄の愛人のこと、ミホの実父のこと(ミホは実は養女でそのことを語ろうとはしなかった)、養父母への愛着、中断されてしまった長編小説…。次第に浮かび上がってくる姿は、「求道的な私小説作家と、そのミューズ」というイメージからはかなり隔たっている。
感嘆するのは、そうして二人の実際のありようを(特にミホは書かれたくなかったであろうことを)明らかにしながら、筆致がまったく暴露的ではないことだ。雑誌での著者インタビューなどを読むと、これを書くことにかなりためらいがあり、出版後もなお葛藤があるそうだが、これはやはり「書かれるべき物語」だと思う。本書ではしばしば、「書くこと」「書かれること」についての言及があり、書いたり書かれたりすることで人生が変わっていくことへの、懼れに似た気持ちが述べられている。私はここに「書く人」としての著者の覚悟と誠実さを強く感じた。
「死の棘」とこれに関連する小説のほとんどすべての内容は実際の出来事であり、島尾敏雄がずっとつけていた日記が「ネタ」だったそうだ。それを知ると、考えずにはいられないのが、当時六歳と三歳だったという二人の子どものことである。「死の棘」に書かれた地獄のような狂態は、幼い二人の目の前でのことであった。小学生のときしゃべることができなくなったというマヤさんは、若くしてガンで亡くなったそうだ。胸が詰まる。
(私は「私小説」が好きではないが、その理由の一つは、私小説にはしばしばこういう、「自分」だけにかまけて庇護すべき弱いものに無頓着だったり、むしろ進んで害を与えたりする人が描かれるからだ。それが人間の「業」だとは思えない)
長男の伸三さんは、この本のために取材を申し出た著者に対し、「書いてください。ただ、きれいごとにはしないでくださいね」と言ったそうだ。どうしたらこういう言葉の出る人になれるのか。頭を垂れるしかない。
投稿元:
レビューを見る
「狂うひと」梯久美子著、新潮社、2016.10.30
668p ¥3,240 C0095 (2017.09.24読了)(2017.09.14借入)(2016.12.10・3刷)
副題「「死の棘」の妻・島尾ミホ」
今年は、島尾敏雄の生誕100年ということで、便乗して、「死の棘」を読みました。
ついでに、昨年出版されて話題になった「島尾ミホ」(島尾敏雄の妻)の評伝が図書館にあったので借りてきて読むことにしました。
以下は読書メモです。
「狂うひと」を読み始めました。
第一章、戦時下の恋を読み終わりました。
敏雄とミホがであって、結婚の約束をするあたりまでが記されています。
出会ったときは、敏雄27歳、ミホ25歳です。場所は、加計呂麻島です。奄美大島のすぐそばにあります。
敏雄は、水雷艇による特攻隊の大将です。ミホは小学校の教員です。
梯さんは、最初ミホの著作、「海辺の生と死」などに興味を持ち取材を始め、何度かミホさんにインタビューを行っています。4度目?のインタビューのあと打ち切りを宣告され、取材は中止になりました。その後1年ほどで、ミホさんが亡くなったので、息子さんの伸三さんが新潮社に遺品の整理を委託しています。遺品は、敏雄さんとミホさんの残した、原稿、ノート、日記、手紙、メモ、などです。
著者も、この遺品を閲覧しながらこの本を書いています。
本の後ろのほうに、「死の棘」あらすじが掲載されているので、「死の棘」を読んでいない人でも、「死の棘」の概要を知ることができるようになっています。
梯さんの文章は、他の優れたノンフィクションライターと同様に、読む人の心を上手につかみながら引っ張り込んでゆくので、思わず先へ先へと進みたくなります。
衝撃的な、事実がいくつか出てきますが、まだ読んでいない方の、読んだ時の楽しみにしておきたいと思います。
読み終わりました。660頁は読み応えありますね。
敏雄さんの生まれたのは、1917年ですので、生誕100年です。それで読むことになったのですが。ミホさんは、1919年の生まれですので2歳下ということになります。
この本は、ミホさんの評伝ですので、ミホさんの生まれてから死ぬまでが丹念にたどられています。小学校は、加計呂麻島で過ごし、高等女学校は、東京で過ごしています。18歳で卒業し、東京で就職しています。
一年後に病気を機会に加計呂麻島に戻り、25歳の時に小学校の代用教員を始めて、この年に敏雄と出会って恋の落ちた?
昭和20年8月13日に、敏雄は、特攻に出撃待機状態となり、死ぬはずで、ミホもその後を追って死ぬはずだったのですが、終戦となってしまいました。
敏雄は結婚の約束をして、島を去っていきました。
ミホは闇舟で奄美から、鹿児島に向かうのですが、到着までに一か月かかっています。
結婚してからの敏雄の放蕩ぶりは、残念ながら書かれていません。敏雄は、小さいころから日記をつけており、「死の棘」も日記をもとに書いています。
その日記を読んだミホが、その中に書かれている17文字がもとで、発作が起こり始めたということなのですが、その17文字は何だったのでしょう?
「死の棘」は、一緒に入院するとこ���で終わっていますが、退院後は、奄美大島の名瀬市に行っています。
退院した後も治癒したわけではないのですが、あることをきっかけにほぼ落ち着いたようです。
その後、敏雄のほうが鬱になり書けなくなったので、代わりに?ミホのほうがエッセイや小説を書き始めます。題材は、敏雄に出会う前の島での出来事のようです。
敏雄は、1986年に69歳で亡くなっています。ミホは後追いで亡くなるかと思いきや87歳まで生きています。
「死の棘」を読んでよくわからなかったところが、いくつか明確になったと思います。
敏雄の愛人の名前は、仮名(川瀬千佳子)で記されています。既に死亡しているようなのですが、死因は明かされていません。
息子さんは、健在ですが、娘のマヤさんは、52歳で亡くなっています。10歳ぐらいの時に失語症?になっているようです。原因は不明とのことです。夫婦げんかの影響がなしとは言えないのでしょうけど。
いくつかネタバレに近いことは書いてしまいましたが、肝心なところのネタバレには気を付けたつもりです。
【目次】
序章 「死の棘」の妻の場合
第一章 戦時下の恋
第二章 二人の父
第三章 終戦まで
第四章 結婚
第五章 夫の愛人
第六章 審判の日
第七章 対決
第八章 精神病棟にて
第九章 奄美へ
第十章 書く女
第十一章 死別
第十二章 最期
「死の棘」あらすじ
島尾敏雄・ミホ年譜
謝辞
主要参考文献
●クローズアップの連続(96頁)
不安定な心理状態や他者との関係のゆがみが風景描写に反映されるのが戦後の島尾作品の一つの特徴である。特に『死の棘』においては、主人公の目を通した外界は近景ばかりで遠景を欠き、読者はクローズアップが連続する映画を見せられているような一種異様な気分にさせられる。
●何の屈託もなく(120頁)
何の屈託もなく、わがままいっぱいに育ったとミホは言った。父母と暮らした日々の中で、嫌だと思うことをしなければならなかった経験はただの一度もないという。
●浜降りの日(140頁)
浜降りの日に蓬餅を食べないと馬になり、海水で足を濡らさないと梟になるという言い伝えが島にはありましてね。幼いころの私は、父がいつ馬や梟になるのかと、ドキドキしながらそっと顔をうかがっておりました。
●屈辱(227頁)
由緒ある家系に誇りを持っていたミホだが、神戸の生活でそれが重んじられることはなく、奄美出身だというだけで侮蔑の視線を受けた。その屈辱は一生尾を引いたと思われる。のちに『死の棘』に描かれることになるミホの狂乱は、結婚以来プライドを踏みにじられてきたことへの怒りと悲しみの噴出でもあったのである。
●日記の作品化(241頁)
日記を作品化することは、『死の棘』のはるか以前、学生時代からの島尾の方法だったのである。
●ハイカラな娘(248頁)
ミホは、東京でビリヤードや車の運転を習い、帰郷のついでに婚約者のいる朝鮮に渡って旅行してくるような活動的な娘だった。帰島後はパーマにハイヒール姿で名瀬の街を闊歩して、奄美の人々を仰天させている。演芸会では男装し、またギターを弾くなど、ハイカラな一面を持っていた。
●独特の文体(321���)
『死の棘』は、読者を主人公と共に異界に踏み込んだような気分にさせる独特の文体で書かれている。書かれている出来事は日記にもとづいているが、文体は日記とはまるで異なる。外界を語り手の内面に巻き込むようにしてえんえんと続く息の長い文章、平仮名を多用した文字遣い。
●建仁寺垣(321頁)
細い割竹を密に並べ、太い割竹を横方向に渡して押さえた、どこにでもある竹垣である。京都の建仁寺に由来するところからこの名がある
●ためし(407頁)
『死の棘』のミホの糾問の中心にはつねに性の問題がある。愛情と性行為を分けて考えることのできないミホにとって、「あいつを喜ばせていた」のは許しがたいことであり、もしいま夫が「あいつ」より自分を選ぶなら、それは性をともなう愛情でなければならない。その論理に従ってミホは、島尾を糾問すると同時に、愛情を性行為によって証明させようとする。それを島尾は、「ためし」と受け止める。
●戦時下の恋(471頁)
ミホの発作は、文学仲間の女性との情事を知るという形でミホに訪れた「戦後」に対する拒否反応でもあった。戦時下での命がけの恋の続きのつもりで結婚生活を始めたミホだったが、戦後の島尾はそんな妻を置き去りにして文学にのめり込んだ。ミホだけが戦時下の時間にとどまっていたのだ。
●治癒(594頁)
ミホが発作を起こさなくなったきっかけは、奄美に移住した翌々年に加計呂麻島に渡り、生まれ育った屋敷が跡形もなくなっていたのを見たことだった。(生まれたのはこの屋敷ではないので、言葉の綾ですね) 自分がそこへ帰りたかった世界はもう存在しないことに気づき、両親も「島尾隊長」もいない世界を生きていかなければならないと自覚したとき、戦後という時代と、その時代にゆがめられた島尾への抵抗としての発作は収まっていったのである。
☆関連図書(既読)
「死の棘」島尾敏雄著、新潮文庫、1981.01.25
「魚雷艇学生」島尾敏雄著、新潮文庫、1989.07.25
「散るぞ悲しき」梯久美子著、新潮社、2005.07.30
(2017年9月26日・記)
(「BOOK」データベースより)amazon
島尾夫妻それぞれの日記や手紙、草稿、ノート、メモなど、膨大な未公開資料によって妻・ミホの生涯を辿る、渾身の決定版評伝。
投稿元:
レビューを見る
膨大な資料の読み込み、現地での取材量には圧倒される。その影響もあって本を読んでいる最中、実際に加計呂麻にも行ってみた。ミホさんの物語ではあるが、そこにかける梯さんの情熱にかなり打たれるものがった。
梯さんを主人公としたノンフィクションの物語、というのがあったらまたそれは面白い映画が作れそうだなと勝手に考えながら、まずは「死の棘」「海辺の生と死」を読み返そうと思う。
投稿元:
レビューを見る
梯さんが、死の棘の島尾ミホのことを書いた!というのを知って、慌てて買おうと思いましたがなんと3,000円超のお値段。
そそくさと図書館に予約しました。
実は私は、「死の棘」を途中で断念した過去があります。
だって辛いんだもの!
読んでも読んでも救われない内容ばかりで、しかも妻が狂ったのは自分のせいなのにこいつはよう、とイライラしてきてしまって。
この本で、二人の戦時中の恋から最期までを詳しく見る事ができてよかったです。
怖かったのは、島尾がわざと衝撃的な内容の日記をミホに見せ、反応を観察して小説にしようとしたのではないか、という疑惑が持ち上がるところ。
その後自分もとんでもなく大変な目にあうんだから、よもやそんなことはないだろうとは思うけど…………。まさかね……。
しかしかわいそうなのは二人の子供たち。親のそんな場面を何度も見せられて。最大の犠牲者でしょう。