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ああ、もうだめだ…
一気に読むのが勿体なくて、
少しずつ読むことにする。
(まだ最初の2章しか読んでない)
今日は寝る前にドラマを観ようと思ってたけど、
やめて余韻を噛みしめながら寝ることにする。
これは笹井宏之さんという、ぼくと同世代で、10年前に26才の若さで早世した歌人の、ベスト歌集。
ある方のブクログのレビューで知って、これは読むしかない、ということで今日届いた。
詩が好きなつもりでいるけど、難しい言葉や理性を感じるとつい敬遠してしまって、好きな詩人は少ししかいない。だから、こういうときほどブクログのありがたさを感じることもない。
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葉桜を愛でゆく母がほんのりと少女を生きるひとときがある
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ゆっくりと上がっていってかまいません くれない色をして待っています
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からっぽのうつわ みちているうつわ それから、その途中のうつわ
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できるだけふるいまぶたをあけてみる そこには海があるはずなんだ
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一様に屈折をする声、言葉、ひかり わたしはゆめをみるみず
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「スライスチーズ、スライスチーズになる前の話をぼくにきかせておくれ」
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鞄からこぼれては咲いてゆくものに枯れないおまじないを今日も
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優しくて透明で、どこか不思議な、なんとなくピアノの右の端の方にあるとても高い音の鍵盤が鳴る感じに似ている、と思ったら、あとがきにピアノを弾いておられたと書いてあった。
頭でもなく、胸でもなく、全身の手足にまで響いてくるような感動があった。じっくり全部読み終えたときには、もうおいそれとは感想が書けなくなりそうだと思い、いま書きました。
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▽手のひらのはんぶんほどを貝にしてあなたの胸へあてる。潮騒
▼個人の短歌集です。「えーえんとくちから」笹井宏之。初出は2010。ちくま文庫。2020年5月読了。衝動買いした1冊。
▼笹井宏之さんは、1982-2009だそうです。享年26歳か27歳。佐賀県有田町で15歳から身体表現性障害という難病を患っていたそう。僕は不勉強でどんな病気かもわかっていませんが。
▽この星に消灯時間がおとずれるときも手を繫いでいましょうね
▼ドキンとするほどロマンチック。生きてゐる、という感覚。エロティック。比喩というか擬人化というか、別の宇宙へ一瞬で吹っ飛んでいくスピード感とか疾走感もあります。若さと刹那と言いますか。ああ、この瞬間が永遠なら良いのに、と何度か思ったとして確実に時は過ぎ老けて斜に構えるより他にない恥ずかしさ、みたいな足元のネバネバを、爽快に剥ぎ取るような。チコちゃんに、ボーッといきてんぢゃねえよ!と、脳天からカチ割られるような気持ちよさ(ちゃんと見たことは無いんですけれど)。
▽「スライスチーズ スライスチーズになる前の話を僕に聞かせておくれ」
▽しっとりとつめたいまくらにんげんにうまれたことがあったのだろう
▽切れやすい糸で結んでおきましょう いつかくるさようならのために
▽ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした
▽魂がいつかかたちを成すとして あなたははっさくになりなさい
▼ちなみに俳句も作っています。
▽あの山を夏だと仮定して叫ぶ
▼コレなんか、もう脱帽。ひれ伏します。仮定、なんて言葉をぶっ込んできて、山に叫ばれたら、なんかもう感情的にならざるを得ぬ。緊張と緩和。そして、むせ返るような夏の空気。生きてることを手のひらで掴んでしまった感触がざわざわします。勘弁してほしくなります…
▼的はずれな感想ですが、この本、他社から単行本が出ていて、恐らく絶版になっていたのを、ちくま文庫が文庫化したもののようです。そして電子書籍にもしてくれた。流石、筑摩。
▼正岡子規34歳。中原中也30歳。石川啄木26歳。フィッシュマンズの佐藤伸治33歳。岡真史12歳。天才が早世するのか、早世したから天才と呼ばれるのか、いずれにせよひねくれた詮索も、夏の夕立みたいに残されたコトバに襲いかかられると虚しく恥ずかしくなります。ネットに溢れる「1分で感動」みたいなのは、なんと色褪せることでしょう。笹井宏之さんは、「インターネットが生んだ、唯一の衝撃的な詩人」なんて称されるそうですが。コトバの才気というのは年齢と無関係なのか。そう思うと長生きした詩人たちの戦いも滋味深いですが。
▼どこでひとマス開けるのか。漢字なのか平仮名なのか。句読点でも括弧でも、なんて自由でロックンロールで静寂。めくるめくニホンゴの海、七五調がなんでこんなに予測不可能な情熱の受け皿になるんでしょう。ペトルチアーニのほとばしる演奏のような。
しばし、打ち砕かれたのは、下の一首。
▽午前五時 すべてのマンホールのふたが吹き飛んでとなりと��れ替わる
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この歌集がなんでこんなに読まれているのか、読み始めた瞬間からわかった気がした。ほんとうに力をもつ歌集というのは、素人にもちゃんとわかるほどパワーがみなぎっているんだなーと思った。何度も読み直したい。読み直すたびに、好きな歌もかわる気がする。著者が今の私の1つ上の年で亡くなってしまったこと、そのことを考えざるを得なかった。
晩年のあなたに窓をとりつけて日が暮れるまで磨いていたい
ひろゆき、と平仮名めきて呼ぶときの祖母の瞳のいつくしき黒
あの人は階段でしたのぼろうとしても沈んでしまうばかりの
鮟鱇に灯るあかりがこの星の最後の希望ですほんとうです
冬の野をことばの雨がおおうとき人はほんらい栞だと知る
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夭折した笹井宏之のセレクト短歌集。
全然素養がなくても情景が浮かび、遊び感覚を楽しめる。
言葉を選ぶと意味が生じてしまうけど、そこを軽やかに飛越えて清々しい味わいを残す感じか。
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学生時代よりも、感性がだいぶ劣化した気がする。。と危機感を覚えていたところに、とあるブログで紹介されていたので、感性を呼び起こすにはちょうど良いのではと手に取った。
結論として、読んで大正解だった。
透明感のある歌、清々しさを感じる歌、心象として思い描くと面白さを感じる歌など、お気に入りが増えるたびにカチコチになった心がほぐれていく気がした。
作者は若くして亡くなったとのこと、本当に惜しまれる。
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詩って味わい方が難しい。
私は苦手かも。
短歌会で将来有望歌人として高い評価を得ていたものの
若くして他界されたそうだ。
10代のころから身体表現性障害を患っていた彼の歌。
短歌って評価は難しい。
たまに心に刺さったり、心がほっこりしたり、尖ったり、やわらいだり。
これいいな~と心から思えるものも。
同感できないものも、何を書いてるんだか?というものも。
でも、そんなことはどうでもいいことだ。
心の内を素直に表現して逝ったんだね。
彼の感じたままが10年たっても誰かの心を波立たせることができる。
それはすごい力だと思います。
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・6章の歌とひとつの詩で構成されている。
今ナボコフよんでるから Ⅵの
祝祭のしずかなおわり、ひとはみな脆いうつわであるということ。
あと、シオラン読んでるから Ⅳの
しあきたし絶望ごっこはやめにして おとといからの食器をらあらう。
もうひとつ絶望のあったなぁ。
透明で優しい。
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温かみがありますね
ほっとする部分がいいです
音読するとその
ほっとした部分がよくわかる
自分の声が 自分が思うよりも
優しい響きを持つんです
すごいな
ぜひ 一句 声に出してみてください
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日常の些細なあたたかさが、あふれている。果てしなく続く海に灯される明かり。埃の被った思い出をたぐり寄せるように、ページをめくってしまう。
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好きな歌は「とてつもないけしごむかすの洪水が来るぞ 愛が消されたらしい」「風であることをやめたら自転車で自転車が止まれば私です」「夏らしきものがたんすのひきだしの上から二段目で死んでいる」「ゆびさきのきれいなひとにふれられて名前をなくす花びらがある」など#読了「#えーえんとくちから」#笹井宏之 #詩 #透明 #病床
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浮遊感を感じさせる複雑な和音が背後で鳴っているようなことばに溢れている。いったい、何が見えていたのだろうか。
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えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい
頭の中が、ぐるぐるする。永遠を解く力?物理的詩的ロマンティックなパワーである。
えーえんとくちから …なんだか魔法のじゅもんのようでもある。
えーえんとくちからえーえんとくちから
…この言葉、いとおしい。私にもください。
、、、好きな歌
空と陸のつっかい棒を蹴飛ばしてあらゆるひとのこころをゆるす
ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれは
おそらくしあわせでした
こどもだとおもっていたら宿でした こんにちは、
こどものような宿
午前五時 すべてのマンホールのふたが吹き飛んで
となりと入れ替わる
シゲヨさん、むかしのことをはなすとき百合にならなくてもいいからね
嫌われた理由が今も分からずに泣いている満月の
彫刻師
白い光だなんて、教わっていないし、でもさわって
いたから、ごめんなさい
昨晩、人を殺めた罪によりゆめのたぐいが連行された
さようならが機能をしなくなりました あなたが
雪であったばかりに
風という名前をつけてあげました それから彼を
見ないのですが
花束をかかえるように猫を抱くいくさではないものの喩えに
からだだとおもっていたらもっともっとはいっていっていきなり熱い
終止符を打ちましょう そう、ゆっくりとゆめのすべてを消さないように
。。。この歌集は、地球っこさんのご紹介で、知りました。地球っこさん、どうもありがとうございました! 。。。 りまの
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身体表現性障害を患い26歳という若さで亡くなった歌人の作品集。読みながら、昔、歴史の授業で習ったアニミズムを思い出していた。森羅万象すべてのものに霊が宿るという考え方。彼の作品にはすべて共通して、そのアニミズムを感じる。この世のすべてのものがつながり、ひとつの包括的な物体として存在しているかのような雰囲気が、作品全体を通して漂っている。それはもしかすると彼の抱えた病気からくる感覚なのかもしれないし、それとは全く関係ないところ、あるいは彼自身の生まれ持ったものからくる感覚かもしれない。いずれにせよ、その感覚はとても美しく、聖母のような大きな愛が感じられた。
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何気なく本屋で出会ったこの本。パラパラかるーく見てたら、この詩が目に留まる。
「切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために」
なんかこれでキュイーンとしちゃって、購入。
全然知らなかったのですが、とても素敵な歌集でした。
NOTE記録
https://note.com/nabechoo/n/nb108219714f5?magazine_key=m95a0626608c7
26歳で世を去った、夭折の歌人。
笹井宏之。1984年佐賀県生まれ。
重度の身体表現性障害という病気で、
ほとんど寝たきり状態だったようです。
胸キュンの素敵な詩とたくさん出会えました。
ラブリーなもの、カワイイもの、クスッと笑えるもの。
理解できない不可解なものもたくさんありますが。
あと、言葉遊びのようなものやエッセイも。
笹井宏之さんのピュアで優しく透明な人柄が伝わります。
最後の穂村弘さんの解説を読むと、
「魂の等価性」という言葉が出てきました。
全ての事象・事物の魂が等価だという感覚。
そして、それらの交歓。
理解できなかった詩を感じるヒントが、
ここら辺にありそうです。
どうやら、何かに感銘を受けて書くようになったのではなく、「気づいたら自然と短歌を書いていた」と。
そして、「ふっとどこか遠いところへ繋がった様な感覚で歌は生まれる」と。
また、エッセイ「色彩言語/芳香言語」では、(これがまた素敵なんですが)例えば、恋人の「おはよう」という言葉に、色を感じ、匂いを感じる。言葉にも色や匂いがある、と。
このように、何か特殊な感覚の持ち主だったようなので、もしかすると、詩の中に重要な何かが秘められてるような気がしてきています、ワタシ笑
表題になっているこの詩。
「えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい」
最初見た時は、
ちょっと面白いな〜ぐらいだったけど、
今や、コレはもの凄い深遠な詩なんじゃなかろーか、と思ってきてる!!!
完全におすすめの一冊。
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笹井宏之賞の募集があります。2021年9月末締め切り。
未発表50首ですって。
月に数首がやっとなのでハードル高し。
毎年400~500名の応募があるようです。
大御所の偉い先生なのかなあと思ったら、若くして急逝され惜しまれて賞が誕生したようですね。
http://www.kankanbou.com/sasaiaward/
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/481478/
ブグ友の皆さんの本棚に並んでいたので取り寄せてみました。
好きな歌を選んだらやっぱり付箋だらけ。
闘病生活だったからか、身体感覚に対する視点の鋭さを感じました。
効果的に一文字あけるのも真似したい。
生活用品への愛着を示す歌も素晴らしいと思った。
難しい言葉を使っていないのにこの豊かな表現力。
短歌だけでなく、俳句や詩もありました。
読み返す毎に新しい発見があります。
手のひらのはんぶんほどを貝にしてあなたの胸へあてる。潮騒
晩年のあなたに窓をとりつけて日が暮れるまで磨いていたい
わたがしであったことなど知る由もなく海岸に流れ着く棒
影だって踏まれたからには痛かろう しかし黙っている影として
手袋のなかが悲しき思ひ出に満たされてゐて装着できぬ
スプーンに関心のある親指とない小指とのしずかな会話
こころにも手や足がありねむるまえしずかに屈伸運動をする
あの人は階段でした のぼうろうとしても沈んでしまうばかりの
あるときはまぶたのようにひっそりと私をとじてくれましたよね
大切に仕舞っておいた便箋に文字が生まれてゆくのをみてた
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笹井さんにとってバンドはボーカル(私)ではなく、光を浴びない影の役目のドラムなのだ。(私)というものが表層化するときかならず溢れる人がいる。笹井さんはそれを見逃さず、近代の短歌、現代詩ではゼロ年代の(私化)を違う角度から光を与えてる。短歌やあとがきを読むだけで笹井さんはきっと慈愛に溢れた人だったんだ、と思う人はなかなかいない。傑作。