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澁澤 龍彦著の怪作。
「幸福は不幸。幸福より快楽を選択せよ」1965年当時にこんな大胆な人生論を世間に突きつけてる澁澤先生はある意味リアルパンクスです。しかし当時異端だと思われていたことが21世紀に突入した現在では当たり前のことになっている等、多少の内容の古さは否めない。
それでも不可侵と思われがちな"聖人"宮沢賢治を卑屈などとけなしたりだの歴史上の快楽主義者を羅列して論じて見せるだのやりたい放題で面白い。
今の時代、こういったことを本気で書ける作家ってなかなかいないだろうなぁ。
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澁澤作品の中では、最も一般向けといわれているらしい。
彼独特のユーモアが一番分かりやすく書かれていて好きだ。
よく生きるための一冊。
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今の視点から見ると当たり前のことが書いてあるけれども、「快楽を自分で発見せよ」という総括は、現代の情報過多時代には逆に難しくなっているような気がする。その意味では今でも有効な哲学(?)書。
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人間は死ぬことを知ってる動物だから、哲学があると思う。良くも悪くも生き物はどうせ死ぬ、って考えたときにどうするか。中島義道の本に対する解説みたいになっちゃった。凄く一方的な視点な気がするけど、中々いい本。
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頭が悪い為に難しい小説は苦手だが、渋澤龍彦のこの本は
エロを哲学的に語るところや、
哲学者をののしっちゃうところが好きである。
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澁澤文学にしてはありえない読みやすさ。賛否両論あるのでここからスタートするのは微妙だと思うけれど、なんとなく基本スタンスを知りたい人向け。
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「幸福」は不幸や災難を避けることによって生じる長期的展望に基づいた概念であるのに対し、「快楽」はその逆であるという前提に基づいた上で快楽の価値を説いた本。事例が熱すぎる。乱交ってそう読み解けるんだねと頷ける。
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解説にもあるように「澁澤兄貴の愉快にしてざっくばらんな談論」という感じの本。愉快かどうかは別として、ざっくばらんで読みやすいことは間違いない。
澁澤龍彦らしさが薄い気もするが?
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哲学というと、堅いイメージ
誰かがいう「頭のよい人ほど難しい言葉を使わず表現できる」にそった本
知性、学問を自分のものに(自己顕示欲のもとにではなく)した人はこういった文がかけるのかしら、と素直に関心
いつだったか(ファッションとは周りを伺いながら、少しだけ道をそれてアイデンティティを主張するものだ)という文章を読んだことがある。この人の主張はさらにその上の(他人に流されない)(迷惑をかけない自己中心主義)であるように思った。素直に良書。
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自分を知ろうと努めることくらい、おろかなことはありません。
ますます自分の本質が小さく制限され、自分が貧弱になっていくばかりです。
自分を知るということは、ちょうど自分のまわりに白墨で輪を描いて、その輪の中に、体を小さくしてちぢこまっているようなものではないでしょうか。
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「おのれ自身を知れ。この金言は有害であるとともに醜悪でもある。自分自身をよく知ろうと苦心する毛虫は、いつになっても蝶にはならないはずだ。」
と、アンドレ・ジイドは云っていることは知っていたのだけど、、
それがこうやって書いてあるとは正直、思わなかった。
文章も嫌いじゃないし、良い感じに滑り込んでて読み応えもある。
文才とかいう文章に対する才能とかないから分かんないけれど、
澁澤さんの文章を読んでると…ふと、誰かが
非凡ではない孤高の存在
という言葉を思い出した。
(2009.06.28)
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快楽主義とは何か、いかなるものか、そしてそれはどのような効果をもたらすか、を解りやすい文体で書かれた本。マルキ・ド・サドの翻訳を手がけ、その際の猥褻書裁判で有名になった著者の語る快楽主義。
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18歳の時に読んで、それまで死にそうに真面目に生きていたのに、膝かっくんされたみたいに笑われて楽しくなった。何度もコタツに潜って読んだっけ。
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んだんだ、と頷きつつ。
でも単行本初版40年前。古い。が、五章で描かれた快楽主義の先人たちの生き様は痛快。
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家の頭金を稼ぐためにでっち上げた本だそうで、内容もそれなり。でもまぁまぁ面白いのは澁澤氏だからでしょう。
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幸福よりも快楽を求める隠者であれ
インドの行者は修行によって尿道から水を吸い上げる能力を身につけられるそうです
澁澤龍彦にしては破格のよみやすさ、楽しさ。