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初めて長谷川宏の本を読んだ。公開授業を聞きに行ったけど、ヘーゲル一筋でしかも在野ってのが凄い。オリジナルは多分読むことはないからまたお世話になるかも。
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いわゆるヘーゲル入門だと思って買うと後悔します。ある程度ヘーゲルを知らないと理解できません。
例えばヘーゲルといえば弁証法が有名ですが、弁証法に関して詳しい説明は一切ありません。またこれも有名な「現実的なものは理性的であり、理性的なものは現実的である」という言葉の意味もよく理解できませんでした。
自分のようなヘーゲルに詳しくない人は別の本にあたるべきなのでしょう。
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在野のヘーゲル研究第一人者の手によるヘーゲルの入門書。冒頭でのヘーゲルに限らないアカデミズムに対する批判は痛快ですが、それでもやっぱり難しいものは難しいですよね。特に、『精神現象学』、『哲学史講義』、『歴史哲学講義』、『美学講義』あたりに関心のある方にはお勧めです。
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近代が持つ様々な政治的、文化的、社会的イメージと、ヘーゲルの生み出した思想とがいかに重なっているかが分かる。
現代においても学校や職場など建前上は近代主義の思想に満ち溢れている。近代的理性を持つ自由な意思の集合体が、素晴らしい社会や国家を形成するという。
この建前が存在しなくなると、選挙制度すら足元を揺さぶられそうだ。
いくらニーチェやキルケゴールやハイデガーたちが後世に現れて批判を繰り返そうとも、近代という思想はそれほど堅牢な思想だということだ。
現在の社会制度を見る限り、根本的に取って代わる思想は存在しない。
普段の身の回りの生活の影にヘーゲルがちらついて見えるようになった。
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理性×プロテスタント的な信仰の仕方
理性×フランス革命による可視化
理性×日本の近代化の空虚
理性×ナチズムによる嘲笑
ヘーゲル以降
→キルケゴール「人生はもっと辛いよ」
→マルクス「現実を見ろ」
→フロイト「無意識が原動力だ」
→ハイデガーの秘密っぽさ
→メルロ・ポンティの身体性
→レヴィ・ストロースの文化人類学「世界の多様性」
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新しいとは思えなかった。後半は特に納得できるものでもなかった。ヘーゲルはいま、もっとラディカルに読まれなければならないと思う。
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長谷川 宏は、ヘーゲルの専門家であり、本書は入門書として読みやすいが、読みやすいからといって、読者がわかりやすく理解できるとは限らない。
表現がわかりやすいということと、内容が理解しやすいということは別の問題である。ヘーゲル哲学は、内容が理解しにくいことで有名だが、長谷川氏の著書を読むとわかったような気になる。
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弁証法と「モメント」について知るために読んだ。最初に書かれている通り、難解そうな用語はほとんど出てこない。また、引用の後にはいつも著者自身のことばで補足がなされており、最後まで読みきることができた。
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やしいく読みやすい平易な言葉で書くのだと、はじめに書かれてたのに。西洋哲学を何か立派なものとして拝み奉る為に、分かりにくい言葉を使っていると、これまでのヘーゲルに対する日本での扱いを否定的にはじめにではかかれていたのに。本論に入ると、とっても哲学してました。その中でも、印象に残ったところ(理解できたところ?)を書いておく。
思考の旅は知への旅である。歴史の中に脈々と流れる知にたどり着く旅であると。その思考の旅が行き着く先に、歴史の大河がありそこに至って絶対知を会得するとともに、歴史の知である学問が現れる。
ルターの宗教革命は、神と聖書というよりどころを残しはしたが、そのルターが行ったことが、人を思考の、精神的な独立した個人として浮き立たせることになった。近代哲学は、そのルターが残した神と聖書すらも否定し、自己の精神にとことん向き合う方向に至ったがヘーゲルは、ルター派であり、言及し評価することにはやぶさかではなかったが、一線を画した。
そして、ヘーゲルを否定する形で、キルケゴールの不安を基底とした哲学が、マルクスの資本論が生まれていく。
僕は弁証法とは何かを知りたくてこの本を読んだが、違う知識を得たようだ。楽しかった。
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弁証法を知りたくてamazonで「弁証法」を検索してヒットしたのが本書。
弁証法のくだりは、言わんとしていることが分かったような、分からないような、、
その他の部分は哲学とか興味ないんで、辛かった。「精神現象学」を読みたいと思わせたのは、筆者のすごいところだと思うが、多分読みたくはない。
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ヘーゲルの入門書。タイトルの「新しい」の意は、やたら韜晦な感じがするヘーゲル像の刷新を図る、ぐらいのものだろう。その方法論は、新たなヘーゲル解釈を打ち出す、とかではなくて、平易な言葉でヘーゲルの思想を辿る、というもの。実際、かなり気楽に読める。
著者は「あとがき」で、「この小著でヘーゲルを論じつくすことなどとうてい無理だが、その壮大な体系がどういう問題意識と構想のもとになりたっているかを大づかみにはできるよう工夫したつもりである」と書いているが、その狙いは十分達せられていると思う。良くも悪くも「浅く、広く」といった感じだ。入門書としては申し分ないが、やはり本書を足掛かりにヘーゲル自身の著作に挑んでいくことが大事なのだろう。
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期待していた「新しい」ヘーゲルがどうも良くわからなかったというか、絶対精神とか弁証法とかのメジャーなところに斬新な批判をしていくように勝手に想像していたのだけど、全体的にヘーゲルを賞賛して終わってしまった感がある。
ただ6章「ヘーゲル以降」はなかなかおもしろく読めた。特にキルケゴールやフロイトを交えて不安という「感情」をキルケゴールがどう取り扱って、ヘーゲル以降はどうなっていくのかについてのくだりはおもしろい。
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ヘーゲルはむずかしいか?そんなことはない!
社会を矛盾と対立のるつぼととらえ、そのむこうに統一と秩序を見通した哲学者。壮大で華麗な思想の躍動を平易な日本語で説きつくす。
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『精神現象学』などのヘーゲルの著作を、わかりやすい日本語に訳したことで知られる著者による、ヘーゲル哲学の入門書です。
本書では、ヘーゲルを「近代」という時代の思想家として位置づけています。教会の権威を否定して、神の前に立つ個人としての信仰者のすがたを打ち出したルターの宗教改革に象徴されるように、個人の形成と自由な主体の確立が、「近代」という時代を特徴づけているということに著者は目を向けています。
ヘーゲルは近代的な個人を、みずからの内の理性に絶対の信頼を寄せる者として理解しました。そうした個人は、現実の中で出会うさまざまな困難と格闘しつつ、否定をくぐり抜けて「絶対知」へと進んでいくたくましさをもっています。本書ではヘーゲルの『哲学史講義』や『歴史哲学講義』、『美学講義』などを題材に、理性がたくましく前に進んでいくすがたがイメージ豊かにえがかれています。
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ヘーゲルの思想が現代にどう繋がっているか、歴史のダイナミズムに沿って詳述されており、近代哲学に至る流れを大局的視点から外観できる良書。