投稿元:
レビューを見る
「デザインする」という言葉にひかれて読み始めました。
===
相手との対話は、他者としての異なる価値観を受け止めることと同時に、コミュニティとしての社会の複数性、複雑さをともに引き受けることにつながります。だからこそ、このような対話の活動によって、人は社会の中で、他者とともに生きることを学ぶのです。(pp.23-24)
===
「自分」とは、「私」の中にはじめから明確に存在するものではなく、すでに述べたように、相手とのやりとり、つまり他者とのインターアクションのプロセスの中で次第に少しずつ姿を現すものです。(p.34)
===
本当の自分とは、はじめから「私」の中にはっきり見えるかたちで存在するものではなく、自分と環境の間に浮遊するものとしていつのまにか把握されるのです。(p.34)
===
しょっぱなから上記の文章が登場し、目からうろこ。
「対話」がコミュニケーションというふわっとしたものではなく、明確に道具として扱われているのかなと思った。だからこそデザインという言葉がくるし、起点はいつでもデザインする「自分」なんじゃないかなと思った。
===
では、何のための納得と合意かというと、それは、対話のプロセスを通して、お互いが自分を肯定するためであり、生活・仕事・人生を自分で作っていくという実感を自ら持つためでもあります。このように考えると、自己と他者が協力して納得・合意するのは、参加者全員でつくっていく共同体としての社会のあり方そのものということができます。その意味で、自己と他者の納得と合意は、この社会で生きてくための基盤であるといえます。自己の外部にある権威に従属するのではなく、対話によって得られた成果をもとに、あなたと相手がともに新し社会創造をめざすしかないのです。(p.158)
===
投稿元:
レビューを見る
教育学博士として日本語教育に携わる著者が、対話は「生きる目的のためにある」と主張する本。
個人が自由に、自律的に生きるために、対話という活動が必要なんだと言ってます。
カウンセリング本や傾聴本の類書かなと思いましたが、少し違ってました。
主な違いは、この本では「自分が自分を理解し、自分がより良く生きるために、他者と対話しよう本」なところ。
・カウンセリング本、傾聴本
相談者(他者)-支援者の関係で、相談者(他者)を理解し支えることが目的。所謂カウンセリング本や傾聴本は、自分が聴く人向けの内容。
・この本で定義する対話
役割のない私-あなた(他者)の関係で、「私のテーマ」を語り、他者からのフィードバックをもとに私や私のテーマについて内省を深めることが目的。この本は、自分が語る人向けの本。
「自分が語るための本」で思い出すのは、川崎昌平『書くための勇気』。
対話の活動の中で、表現方法として文章を選択した場合に『書くための勇気』が役立ちそうかなと思いました。
『対話をデザインする』で残念ところも。
・学校教育を批判してるところ。
対話を学校教育のオプションとして活かす方向で考えて欲しいなと思いました。
本でも、学生が対話を通して「私のテーマ」を発見する素敵なエピソードが載ってるので尚更。
・文章がやや分かりにくい。
例えば下記は「テーマ」の説明ですが、この本におけるテーマの定義について不明瞭で、、、ひとまず一般的な意味だと理解してその後の文章を読み進めるしかない感じ。
(p76 引用はじめ)
テーマというものは、自分の興味や関心とともに、自分の中にあって、その動きによって、私たちは、さまざまな決定をしているものだといえます。
(引用おわり)
投稿元:
レビューを見る
自分と異なるひととどのように分かりあうか。自分らしさって何か。対話はお互いを認めあい幸福を追求する手段。常識に縛られて自分はこうあるべき論から解放されるためにも、自分だけができることや自分がやりたいことを探す。
問題のほとんどが人間関係であると考えたときに、きちんと相手に向き合い話し合うことも大切だと思いました。
投稿元:
レビューを見る
自分探し?
どこ行っても見つからないよ
そこにあるから
と、言っていたことがありましたが
この本を読んで
どこへ行ってもいい、ここにいてもいい
『対話』を続ける事で
言葉を得て、言葉が醸成されて
見えなかった自分が形になり
知らずにはめ込まれた枠も見え
そこから出て、自由になっていくんだなぁと感じました
最近思うのですが
対話って、実に楽しい表現活動
それを通じて
多くの人が自分を見つけられるといいなぁ
投稿元:
レビューを見る
東日本大震災後、地域に関わる取り組みをやっていて、よく目にする「行政と市民の対話が必要」といったフレーズ。しかし、対話と言いながら、お互いが自分の主張をぶつけあうだけで、最終的にはパワーバランスで勝っている方(この場合は、権力や決定権を持つ行政ということになる)の意見が「対話によって決定された」という結果だけが残る。それは、対話じゃないよなぁと思っていたので、本当の対話、理想的な対話とはなにかを知りたいと思い手にとった本。
投稿元:
レビューを見る
自分とは、私の中に初めから明確に存在するものではなく、相手とのやり取り、人とのインターアクションのプロセスの中で姿を現す。
自分を語る
=自分に向き合う
この世で生きていくこと
自分のやりたいことを「テーマ化」して他者とともに実現していくこと。
情報あっての自分
諸情報をどのように自分の目と耳で切り取り、
自分の言葉で語ることができるか?
ステレオタイプ的思考
コミュケーションが阻害され、信頼を損なう。
社会の中心は自分自身。自分以外は異文化。
目が合ったら微笑む。
相手の言うことを受け止める。高圧的=恐れ。
投稿元:
レビューを見る
ただいま読書中。
第1章がとても良い。
「おしゃべり」と「対話」の違い
「モノローグ」から1人による「ダイアローグ」
など。
「術」ではなく、「対話」の「核心」について述べられている。