紙の本
「人間の尊厳」とは、いかなる状態であれ「あなた」と呼べる者がただそこに「いる」ことに思えてならない。(p403)
2004/06/16 12:25
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:趣味は読書 - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者の小松美彦氏は脳死・臓器移植反対論者として有名で、
著書である『死は共鳴する』は脳死関連の本の中で度々引用されている。
この本は、前著と違い科学的な議論に重点を置いた啓蒙書であるが、
読後に深い余韻を残すという意味で全く稀有な一冊である。
新書という体裁を取りながら、通常の2倍の400ページのボリューム
をもち、しかもその中で1ページとして無駄な記述はないと思える程
驚くべき高密度の議論が展開される。
それはもはや、新書にお決まりの入門的解説書の域をはるかに越えた
本格的な単行本一冊の内容を備えている。
その上かなり専門的な領域に踏み込んでいるにもかかわらず、
平易かつ著者の熱い思いの伝わる文章と、次々に明らかにされる
驚愕の事実によって、最後まで一気に読まされる。
圧巻は第六章で展開される、臓器移植法成立後の第一例目の心臓移植
となった高知赤十字病院移植の驚くべき実態である。
あれだけ世間の注目を集めた、いわば衆人環視の第一例目の移植が
なぜこれほどまでに杜撰だったのかと愕然とする。
今後、移植推進論者にはこの本で提起されたすべての問題点に、
誠実に答える義務があるのではないだろうか。
しかしこの本は、終章まで読み進んだ時全く違う様相をみせることになる。
著者の意図は、単純な脳死・臓器移植反対という政治的立場の表明には
なかったということが最後になって理解できるのである。
このことは、あとがきの冒頭3行に書かれているのだが、その意味は
読み終わって初めて納得できるのだ。
著者の目は、脳死・臓器移植を越えてもっと遠くをそしてもっと深みを
見つめているのである。
テーマが難しそうだとか硬そうだとか、ページが多そうだといって
敬遠しないで欲しい。楳図かずおからの引用があることからもわかるが
著者の緻密な論理の展開のうらには、熱い思いがかくされている。
決して理論で相手を打ち負かそうとして書いているのではない。
理論書でありながら、読んだ後に1編の小説のような深い感銘を残す
そんな本である。できるだけ多くの人に読んでもらいたい。
紙の本
ドナーカード記入はこの本を読んだ後で。
2004/09/02 05:13
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちひ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「「看護婦たちは本当に心底動揺していますよ。[脳死者に]メスを入れた途端、脈拍と血圧が急上昇するんですから。そしてそのまま何もしなければ、患者は動き出し、のたうち回りはじめます。摘出手術どころじゃないんです。ですから、移植医は私たち麻酔医に決まってこう言います。ドナー患者に麻酔をかけてくれ、と。」
(本文より)
帯には「脳死者は生きている!」と書かれている。一部の読者には衝撃的であったり反感を抱かせたりする文言であるかもしれないが、この表現は医学的にはまったく事実であり、また現行の「臓器の移植に関する法律」の内容とも矛盾していない。
(臨床的な診断の後の)法的な判定に基づく「脳死」臓器移植は一九九九年の高知から始まったわけだが、わたしたちは今までどのくらい「脳死」に思いを馳せ、どのくらい正確に事態を把握して来たのだろうか。今後国会に「臓器移植法」の改定案が提出されるときまでにわたしたち有権者や国会議員は「脳死」を本当に正しく把握することができているのか、そして本当に正しい判断をすることができるのか。
小松氏は、いままであまり問題にされていなかった「脳死」臓器移植後のレシピエントの生存率や、第一例目で実施された「脳死」判定の過程の妥当性、そもそも現在の判定基準で「脳死」を正しく判定できているのかどうかなど、いろいろ厄介な問題が「脳死」のまわりに山積しっぱなしであることを指摘する。その上で、ではなぜ「脳死」臓器移植がさまざまな機関やさまざまな立場から推進されているのかについて、独自の分析と考察を披瀝する。その中で冒頭の引用文や「ラザロ徴候(兆候)」が紹介され、和田移植なども適宜検証されていく。
TVや新聞など各メディアでは「脳死」臓器移植はもはやニュースにもならないらしい。しかし言葉を連呼していればいつの間にか内容が理解されるわけではないし、ましてやマスコミの報道熱が冷めることと我々が理解することとが同義であるはずもない。知ってるつもりの大きな誤解や「死んだ後のことだし人の役に立てるなら」という素朴な善意だけを前提にして臓器提供意思表示カードを所有するのはあまりおすすめできない。お願いだから、せめてこの本を読んだ後にして‥‥。
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この話を読んでいたらほんとに泣けてきました。ゆきちゃんに教えてもらった、たくさんの宝物。多くの笑顔。ほんとにすばらしい作品でした。お母さんと医師との記録、ほんとにすごいものでした、ゆきちゃんは強いなと思います。自分だったら絶対に、負けていると思います。自分が病気もせず、今楽しく生きて入れるのもお母さんやお父さんのおかげだと思います。心から感謝しています。今まで自分を支えてくれた人みんなに感謝です。
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[ 内容 ]
脳死者は臓器摘出時に激痛を感じている可能性がある。
家族の呼びかけに反応することがある。
妊婦であれば出産もできる。
一九年間生き続けている者もいる―。
一般には知られていない脳死・臓器移植の真実を白日の下にさらし、臓器提供者の側から、「死」とは何か、「人間の尊厳」とは何かをあらためて問い直す。
一九九七年に「臓器移植法」が成立して以来、脳死・臓器移植は既成事実となった感が強いが、脳死を人の死とする医学的な根本が大きく揺らいでいるのだ。
脳死・臓器移植問題に関する決定版。
[ 目次 ]
序章 「星の王子さま」のまなざし
第2章 脳死・臓器移植の「外がわ」
第3章 脳死神話からの解放
第4章 「脳死=精神の死」という俗説
第5章 植物状態の再考
第6章 脳死・臓器移植の歴史的現在
第7章 「臓器移植法」の改定問題
終章 旅の終わりに
[ POP ]
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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『医療倫理に少し関心があったので友達から借りて読んでみた。
臓器移植に反対の立場を明確に主張していて、非常にわかりやすい。
特にいろいろなジャンルからの引用が絶妙。
やたら長いし読みやすいからつい読み飛ばしてたけど、星の王子さまとかなんかの漫画とかの引用のほうはしっかりと読んだ。
口当たりはいいけど結構歯ごたえのある本なので消化にはもうすこし時間がかかりそうです。』
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医学的な観点から、脳死・臓器移植問題について触れています。著者は、マスコミで報道されている移植を待つかわいそうな子ども、というイメージから距離を持ち、一方の移植される方に焦点を当てている。
しかし、脳死は本当に人間の死であるのか、科学的な多くの事実を上げながら疑問を提示している。ここで挙げられている事実は、今までマスコミがほとんど報道してこなかった事で、おどろきを隠すことはできない。一方、この書籍は読み進めることが難しい。なぜなら、それは「合法的な殺人の記録」であるからだ。
医療に携わる方はもちろんの事、政治家、政治家にならんとしている方はこの現実をぜひ知っていただきたい。
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2009年の臓器移植法改正審議においては情緒的で非科学的な言説が飛び交い、臓器移植法施行後10年間に及ぶ経験や学説の推移から何も学ばないままに改正が強行された。本書は2004年の出版だが、当初の脳死判定基準がもはや基準としての役割を果たさなくなっている現状を明らかにするとともに、法改正の論点を先取りしてこれに徹底的な批判を加えている。 タイトルは何だか通俗本っぽいが、脳死・臓器移植について考える上で不可欠な一書である。
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筆者の科学史の授業での副読書。
筆者は、過去の臓器移植の事例などを取り上げつつ、臓器移植に反対の姿勢を貫く。
筆者の一番の問題意識は、”脳死を人の死と扱えるか?”という疑問にある。この問題は脳死、臓器移植問題における根本部分であるにもかかわらず、つい最近の臓器移植法改正時の国会でもほとんど取り上げられることの内容である。
筆者によると、現在脳死を人の死とする唯一の科学的根拠は、
①人の身体の死はすなわち有機統合性の喪失である
②脳は有機統合性の中枢である
③よって脳死は有機統合性の喪失をあらわす
という三段論法によって成り立っているという。
しかし、筆者はシュ―モンのこれに対する批判を取り上げ、この論法の脆弱性を指摘し、脳死を人の死とみなせるような根拠が存在しないと主張する。
中でも、興味深いのは脳死と判定された者の中に、その後10年以上という長い年月を生き続けた、という事例が存在することである。脳がドロドロになり、脳が機能していない状態においても、機能が弱くなったとはいえ、免疫や体温調節などの人体に備わる基本的な機能は働き続ける、ということになる。私たちは、”脳”を体を統御する絶対的なものとしてみなしがちであるが、これは行き過ぎた脳への一種の信仰なのかもしれない。
脳が生をつかさどるのではなく、体の各部の相互作用によって私たちの生が支えられているという人間に関するシステム論的な認識を与えてくれた一冊。
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ちょっと恐ろしくなりました。
漠然と臓器移植や脳死に対する疑問がありましたが、
その理由に説明がついた感じがします。
あれよあれよというまに進んでしまった脳死の臓器移に、
再考を迫られる一冊です。
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まさに労作。新書にしては異例の厚さであり、お買い得感が高い。2009年に改正された臓器移植法では、脳死は一律人の死と定義され、家族の承諾があれば15歳未満でも脳死下での臓器移植が可能となった。脳死とは何か、臓器移植とは何かを改めて考えるには恰好の新書である。本書は法改正以前に書かれたものであるが、その内容は今でも十分に有益だ。基礎的な部分から、少々入り込んだ事情まで、丁寧に解説されている。ただ中には信憑性の乏しい記述もあるので、要注意。
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あなたのその考えは、メディアにコントロールされていないか? 自分の「目で見る」「心で感じる」「頭で考える」ことを力説、渾身の力で臓器移植問題に迫る!
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生と死に関する自己決定権に鋭い問題提起をおこなっている著者が、脳死と臓器移植にまつわる諸問題について詳しく論じた本です。
著者の本の中では、比較的具体的な問題についての実証的な議論が展開されています。脳死者からの臓器移植を可能にする道が着実に拡大されていく中で、現実の進行に抗いつつ、原理的な問題に目を向けようとする著者のスタンスには、大いに啓発されました。
その一方で、著者自身の死生観についての、より原理的な議論も読んでみたいと思いました。
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脳死の判定について知らないことが多い
脳死の判定については移植をするため新基準が必要となりできた
移植後のヒトの生存は特別に長くなることはないようだ
将来は臓器売買も起こるだろうか?
この移植の実例 生体から臓器を取るための 嘘がわかってきた
自分で考え 理解して決めなければならないこと