紙の本
作者の気負いすぎが難点
2003/05/24 17:29
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る
陸軍大学を首席で卒業し恩賜の軍刀を天皇陛下より賜った天下の秀才
瀬島龍三。陸大卒業後直ちに日本陸軍のエリート中のエリートが
集まる大本営陸軍部作戦課に配属され以後6年間一度も前線に出される
ことなく若き瀬島は開戦時より終戦の直前まで一貫して作戦課にて
全ての作戦に関与したことになる。いわば日本を破滅に導いた自滅の
戦争がどのようにはじめられどのように破滅へと転落していったか
その全てを知りうる立場にいた参謀として瀬島の責任は重いと著者は
指摘する。そして瀬島は後世への教訓として、日本を滅ぼした敗北の
全責任をつまびらかにし知りうる全てを告白する義務があると断定
する。ところが著者の期待の大きさにもかかわらず瀬島は巧妙に
話をそらし、著者が本当に知りたいことを決して語ろうとしない。
この瀬島の態度に自己保身の臭いを嗅ぎとった著者は、文中で何度も
怒りを爆発させている。著者によれば旧軍人は(1)太平洋戦争について
知りうる全てをしゃべり最後は開戦に反対しなかった海軍を非難する
ことで話を終えるタイプ、(2)自らの体験のみを普遍化してしまう思い
こみの激しいタイプ、(3)自らの体験のみを話すのは(2)と同じだが、
知っていることと知らないことを明瞭に分け、自らの体験が他者に
どう評価されるかは別問題という態度をとる信頼できるタイプに
分類し、瀬島はそのどれにも属さないとする。そして瀬島を敢えて
類型化するなら「肝腎なことを何一つ話さず現世にいまだ執着し続け
るタイプ」としている(著者が理想とするのは今村均大将とか堀栄三
陸軍参謀のようなタイプ)。ただ幾ら瀬島龍三氏が著者の知りたい
ことを何一つ話さないからと言って、瀬島龍三氏の人生が全てウソと
ごまかしで塗り固められているように書くのはちと筆が滑りすぎて
いる感じがする。確かに私も瀬島龍三は、「小才の利く狡き男」に
して天下国家のことより己の営利栄達を優先させるトンでもない男
であるという感じはする。そうだろうという疑いを強く持っている。
その意味で著者の瀬島氏に対する怒りは最もだと思うし共感する
ところは大いにあるのだ。しかし読後どこか「?」と思わざるを
得ないのは、正直に言えば著者の力量不足から瀬島氏の罪業であり
罪を暴ききれず、ともすると瀬島氏に言いがかりをつけているだけに
読めてしまうところがあるからだ。確たる証拠もあげていないのに
状況だけから判断して瀬島氏が防衛庁向け商談で汚職に手を染めた
ように書くのは生きすぎだし、石油ショック時の伊藤忠の売り惜しみ
事件の総元締めが瀬島氏だったかのごとく書くのも行き過ぎだろう。
このあたり、もうちょっと綿密な調査を重ね重厚な筆致で瀬島氏の
持つ「闇の部分」に迫ることが出来ていたら本書の仕上がりは数段
すごいものになっていただろうと思われるだけに大変惜しいものが
ある。
ただ著者が堀栄三氏の台湾沖航空戦に係わる貴重な手記を発掘し
それを世に送り出すキッカケを作ったことはお手柄だし(これは
後に「大本営参謀の情報日記」として文芸春秋から出版されている)
それがひとつの柱になってNHKスペシャル「幻の大戦果、大本営
発表の真相」という傑作番組に結実したことは大いに評価されて良い。
(この番組については同名の本がNHK出版から公刊されている)。
それにしても瀬島龍三氏が堀氏の電報を握りつぶしたことを終戦後
堀氏に告白し懺悔したと堀氏の情報日記にかかれたことについて
一切反論せず20年以上沈黙を守り、その懺悔を堀氏逝去後「あれ
は堀くんの勘違いで、僕はそんなことを言った覚えはない」と翻した
ことは瀬島氏の人間性を大いに疑わせる醜い行動だと私には思える。
あくまで美しい人生を送った人間として天寿全うしようとしている
瀬島氏に対する保坂氏の筆誅は今後とも止むことは無いだろう。
投稿元:
レビューを見る
労作。旧日本軍の仕組みを知らない身には何度も繰り返し読まなくてはならずとっつきはいいとはいえないけど。個人的には、自分の幼少時代の「土光臨調」のあり方がこういうことだった、ということが一番皮膚感覚で迫る。上質のミステリ。
投稿元:
レビューを見る
日本の戦争の始まりと終わり。特に対外戦略を踏み間違える大きな要因となった軍の組織的問題を瀬島を通じて見た感じ。そしてそれはいまもあまり変わってないと思う。
投稿元:
レビューを見る
瀬島龍三氏が亡くなって一番残念だったのは保坂氏では?
瀬島龍三氏が遂に「語らなかった」こと
(レイテ決戦につながる電報もみ消し事件や,
シベリア抑留の真実など)が
瀬島龍三氏の死によって本当に暗黒の闇に葬られてしまったのだから。
この本から瀬島龍三氏について入ってしまったら、
「彼が「語らない」ことは、参謀として関わった
敗戦以上に大きな罪があると思う派」になるのは必然で、
瀬島龍三氏を肯定する内容の書には手が伸びない。
「幾山河―瀬島龍三回想録」
(瀬島 龍三 (著) /産経新聞ニュースサービス)も
読むべきか・・・
投稿元:
レビューを見る
スティーブジョブズのプレゼンはあらゆる問題を三点に絞り込む、三点主義を取り入れていると知り、この本を再読したくなった。
山崎豊子の不毛地帯の主人公壹岐のモデルと言われた瀬島。
大本営参謀、シベリア抑留、伊藤忠商事会長、第二臨調と 数奇な人生を歩むなか、参謀が司令官に意見具申の習慣である三点主義で戦略戦術を練った。
南方戦線担当参謀で将兵を死地に追いやり、シベリア抑留でソ連と労働力提供密約を結んだ担当参謀。
でありながら東京裁判でソ連側証人に寝返り、歴史の証言責任を放棄したまま死去。壹岐とは似ても似つかぬ。
投稿元:
レビューを見る
保阪正康氏による、瀬島龍三に関する研究とでも言いましょうか。
保阪さんは、他書で、自分を直接的な経験者の声にこだわる作家だと言っていました。ただ文献や文書を研究するだけじゃなく、直接的に声を取材する。そういうところに好感を持っています。
もちろん、そういった肉声には、どうしても話者の記憶の違いや、脚色や誇張が入ってしまうので、必ずしも正しい情報とは言えないため、賢く分別することが必要ではありますが・・・
それはさておき、今回、私もこの本を山崎豊子の「不毛地帯」からの流れで手に取りました。
「不毛地帯」でいたく感銘を受け、調べていくうちに、この瀬島龍三という人物がどうやらモデルであるらしい。この人についても知りたい。
ということで選んだがこの本。保阪さんだし。
結果、壱岐正はやっぱり架空の人物であったことがわかりました。
不毛地帯にも、特定のモデルはおらず、複数の人をモデルに作った人物と書いてあるのですが。
実物の瀬島氏は、保阪さんの描写を素直に受け止めるなら、狡猾で、自己保身に長けた人物のように写りました。
だから嫌悪感が生まれたわけじゃないです。ただ壱岐正は架空の人物だったと確信しただけです。
私は瀬島氏のことは、不毛地帯を読むまで知らなかったのですが、政界や経済界では相当有名な人物だったんですね。
ここまで上り詰められる人は、やっぱりそれ相応の狡猾さがあるのも納得です。むしろそうでないと、おそらく大本営参謀から転じてこんな華やかな経済界・政界で生きていけないと思います・・・。
筆者が繰り返し、経験者としての責務を果たしてほしい・・・と言っている内容については同意です。
そんな瀬島龍三氏も、2007年に亡くなられていたのですね。
事後のことは知らないのですが、結局、瀬島氏は口を開かないまま、亡くなってしまったのでしょうか…?
投稿元:
レビューを見る
筆者のポイントは、昭和史に重要な影響を与えた瀬島氏が、現在までにその重要な歴史的事実を正直に正確に語っていないということ。
「不毛地帯」の良いイメージを自分に重ね合わせるだけで事実を語らない。
・大本営参謀としての対ソ戦、南方作戦の立案経緯、情報にぎりつぶし
・昭和20年8月19日のソ連側との停戦交渉
・ソ連側証人としての東京裁判
・商社時代の第一次国防計画にからむグラマンとの交渉
・臨調、行革審への影響
特に中曽根のブレーンとして各種行革審の小委員会の委員長として裏で全体をコントロールしていたと。
本当に頭が切れる人なんだろう。時代を動かすのは天才的な参謀。
投稿元:
レビューを見る
「不毛地帯」を読んでいる間にも何度も感じたことだけど、山崎豊子氏の描く「壱岐正」なる人物はあまりにも理想化されすぎていて、どこかリアリティに欠けていた(そうであればこその「物語」ではあるかもしれないけれど)ように思うんですよね。 で、その「壱岐正」のモデルとしてある意味で一世を風靡した「瀬島龍三」なる人物に関して興味を持ったわけだけど、この本を読んでみての感想は「やっぱり壱岐正は現実にはいなかった、フィクションだった」ということでしょうか??
個人的には瀬島龍三という人物に関して、実際に会って話したことも一緒に仕事をしたことがあるわけでもない KiKi 自身は肯定でも否定でもない立ち位置にいるつもりなんだけど、こと山崎豊子氏の作品に関する評価としては、題材をリアル世界に求めるのは構わないとしても、氏の作品が世論に及ぼす影響に関してもう少し慎重であってもよかったんじゃないのかなぁと思わないでもありません。
もしも瀬島龍三氏が保阪氏がこの本で言っているように自分のイメージを巧みに「壱岐正」にすり替えていったようなところがあったとしたなら、そんな欺瞞行為に走った瀬島氏ももちろん褒められたものではないけれど、彼自身にも生活があるわけで、自分と家族が戦後を生き抜いていくために格好の「復権イメージ」、しかもどう読んでも自分をモデルにしているとしか読めない人物像がそこにあり、尚且つ世間がそのイメージを称賛していたとしたら、それを意識しないことは難しいだろうし、ましてそのイメージを壊すようなことはなかなかできるものではないというのもわからないではありません。
KiKi 自身がこの本を読んでいて一番納得がいかなかったのは、彼が「第二臨調」のキーパーソンであったにも関わらず、彼には一切の「国家ビジョン」と呼べるものがなく、いわゆる調整役に徹していたというくだりで、人生のスタートを国費をかけた教育の恩恵を受け(もちろんそのために必死に勉強したという個人の努力はあるものの)、あの戦争の時には大本営作戦参謀、軍刀組というエリート集団の中に身を置き、その後敗戦を経験し、シベリア抑留なんていう人並み外れた体験を生き抜いてきた人物にしては、小者感が漂うなぁ・・・・・と。
もちろん彼の立場は国民による選挙で選ばれた議員でもなければ、行政府の大臣でもないわけだから、ある意味でそういう立場の人たちとは一線を画した立ち位置であることを意識して「自分の意見を語らない」というスタンスをとっていたとも考えられるけれど、だとしたら彼が(実質的には中曾根さんが・・・・かもしれないけれど)推進したとされている「裏臨調」の行動はあまりにもあまりにもの越権行為にしか見えないわけで、そういう面では瀬島氏の立ち居振る舞いに好感を持つことだけはできそうにないなぁ・・・・と。
一般の日本国民があの戦争のことを忘れ、バブルで踊れ弾け、「土光さんのイメージ」に酔っている裏でうごめいていた日本の行く末を見据える「長期計画策定」とでも言うべき場所で力を振っていたのが実は旧海軍人脈だったというあたりも、正直なところ違和感を感���ます。 もちろん彼らがある時代のエリートであったことは事実だし、そういう世の中の動きにまったく興味を持たず、ひたすら利己的に自分の利益を追求していた KiKi に彼らを批判する資格はなかったし、今もないわけですが・・・・・ ^^;
この本全体の論調は伝聞系をベースにしていて、噂話やらあやふやな証拠から導いたように受け取れる少々強引な解釈もあったりで、この本自体は「ノンフィクション」とカテゴライズされているものの、どこかに「エンターテイメント・チック(≒噂話チック)な臭いもするだけに、ここに書かれていることだけを信じるのは危険な感じがしないでもありません。
ただ、この本の優れているところは、著者はどう考えても瀬島氏の欺瞞を追求しようという意欲からこの本の取材を始めているにも関わらず、必要以上に彼を貶めたりダーティー・イメージを強調していないことで、彼の面倒見の良さやら生真面目さもきっちりと書き記しています。 そうであるだけに KiKi なんぞは
「エリートも、一皮むけば、こんなもの」
的な感慨を持ったりもするわけです。 考えてみると西欧貴族社会においては、「ノーブレス・オブリージュ」(≒身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳観)が歴史的に培われてきたようなところがあるけれど、日本型エリートという人々は恐らく本人自身が「身分が高い」とか「高貴な存在」という意識があるわけじゃなくて、どちらかというと「自分が苦労して得たポジション」という意識が強いし、そうであるだけに本来ならそこに発生するべき「社会的責任、義務」という意識が薄いものなのかもしれないなぁ・・・・・と。
投稿元:
レビューを見る
実家の本棚の整理中に読む。非常に興味深いノンフィクションです。類書として、「沈黙のファイル」があります。類書と比較して、伊藤忠時代を丁寧に描いている点で、僕は、こちらの方が好きです。
投稿元:
レビューを見る
組織全体にひとつの勢いをつけると言う事が大事
勢いさえつけば、人間の心理からしてみんなが最大限に全幅の努力を傾注し能力を発揮する
企業のリスクは体質、スケール、スピードを関連させ、決断する
7割8割の成算で踏み切る 3割2割のリスクを忘れない
戦術の失敗は戦略で補えるが、戦略の失敗は戦術では補えない
投稿元:
レビューを見る
著者の主張は一貫して、「瀬島龍三は大本営参謀として太平洋戦争にかかわったので説明責任があるのに、それを果たさずに逃げている」というものである。
それは戦争時代の著述だけでなく、シベリア抑留時代、商社時代、臨調時代のすべてにおいて説明責任から逃げている、弾劾する。
私は単純に、エリートの大本営参謀というものがどのように仕事をしていたのかが知りたかっただけなのだが、その点については深く描かれていなかった。
この本を読むと、ついつい『不毛地帯』を重ねてしまうのは私だけであろうか。
投稿元:
レビューを見る
山崎豊子の「不毛地帯」を読み、このモデルとなった瀬島龍三という人に興味を持ったので読んでみた。
正直あまり印象に残っていない。
投稿元:
レビューを見る
大本営参謀→商社員→臨調メンバー瀬島龍三を追った昭和史。叔父が瀬島龍三の部下だったこともあり、色々話には聞いているのだが、闇の深い人である。
投稿元:
レビューを見る
瀬島は、戦争中は参謀として真珠湾攻撃以後の戦略、戦術に大きく関わった人物である。
しかし、台湾沖航空戦という負け戦の電報を握りつぶすということをやり、その後のレイテ決戦に大きく影響を与えたが、そのことを戦後はっきりとは公言しなかった。また、戦後はシベリアに抑留され、東京裁判に証人として呼ばれて帰ってくるが、その時のことや抑留の条件談判にも臨んでいるのに、それについても語っていない。さらに、シベリア抑留では悲惨に目にあったといいながら、実は参謀は恵まれた暮らしをしていたわけで、それについても語っていない。戦後は、伊藤忠に入り、伊藤忠を大商社にのし上げるのに、大きな働きをしたが、一方で多くの疑獄にも関わっている。瀬島はメディアに対しては、自分の誇るべき点は雄弁であるが、都合の悪い点はほとんど語っていない。瀬島を賞賛する人たちがいる一方で、かれのことをこき下ろす人々がいることは、瀬島の二面性を物語るものである。
投稿元:
レビューを見る
昭和史を勉強すると、瀬島龍三(せじまりゅうぞう)という名前がチラつく。「司馬遼太郎が瀬島龍三と対談しているのを読んで、司馬に非協力的になった元軍人がいた」というような話から、瀬島龍三とはどういう人物なのかに興味を持った。
瀬島龍三は陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校と進み、陸軍大学校をははな首席で卒業したエリートである。参謀本部の作戦課に長く在籍し、多くの作戦に関わった。
終戦後はシベリアへ11年間抑留され、東京裁判の証言のために一時帰国。その後、昭和31年に正式に帰国。繊維メーカーに過ぎなかった伊藤忠商事に就職し、大手商社にのし上げた実績から、会長にまで上り詰めることになる。
半藤一利著『昭和史』の最後の部分で著者は、官僚への批判を行なっている。
「太平洋戦争は左官クラスによって引き起こされ左官クラスによって負けた」と言われるのは、若手の参謀が机上で決めた作戦を現場に押し付けた結果が終戦につながったからだ。
官僚には現場がない。それ官僚の特徴である。その意味で参謀はまさに官僚である。
そして、現場なき官僚は必ず、現場よりも内向きの論理を優先する。その積み重ねが、敗戦へと至ったのだ。
P153ページより引用。
太平洋戦争は3年8ヶ月余も続いたが、陸軍にあってこの作戦指導を実際に進めたのは左官クラスであった。ちょうど30代から40代前半にかけての陸大出のエリートたちが、陸軍省や参謀本部の中枢に座って戦争遂行の中心的な役割を担った。