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謎とき村上春樹
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謎とき村上春樹
2008/06/11 16:05
小説をちゃんと読む!
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:けんいち - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者の石原千秋さんは、近代文学の研究(漱石)をご専門にしている方らしいが、受験関係の新書などでもおなじみの方である。その石原さんが、現代小説である村上春樹に挑む。それも、あまたある「謎解き本」を前に、あえて「謎とき」とタイトルに銘打って。しかし、その結果は、実に見事な成果をあげたといってよいだろう。本書は、新書で培った(?)筆法を生かしながらも、ご専門のお仕事である『テクストはまちがわない』などで主張している方法論を貫き、そうして村上春樹の小説を、ちゃんと読んだ本なのである。もちろん、「ちゃんと」読むのは、プロなら普通のことと思われるかもしれないが、現実は必ずしもそのようになっていないようだし、特に村上春樹のようなタイプの現代小説は、すみずみまで「ちゃんと」読むことは思いの外難しいのだ。だから、この本は、正しく『謎とき 村上春樹』なのだ。
さて、石原さんの方法とは、テクスト論というものである。それは、作者が何を考え、どのような意図で書いたかということを括弧にくくり(気にしないことにして)、ひたすら目の前にある小説だけを読む、という方法というか態度のことである。これまた当然のことのように思われるかもしれないけれど、私たちは小説にしろ映画にしろ絵にしろ、何か補助線をもってくることで解釈しては、安心しているものなのだ。その補助線の最大のものが作家であり、あるいは批評の言葉であったり、当時の流行文化であったりする。石原さんは、その上、小説のこまかいところまで「ちゃんと」読み、不整合があるような場合もそれを不備と見なさずに、作品の中でそうならざるを得なかった理由を、目の前の小説(文字の羅列!)だけを手がかりに、論理的に示してみせるのだ。
本書では、こうした作業を基軸としながら、ホモソーシャルという理論的な枠組みを導入してはいる。しかし、それは小説を「ちゃんと」読んだ結果見えてきた解釈が、その理論枠にあてはまるというだけのことで、あらかじめ用意した物差しで小説を意味づけているわけではない。こうした読み解きが真にスリリングなのは、新しい武器を使ったわけでもない石原さんの説明によって、村上春樹の小説のわからなかったことがわかり、あるいは、疑問にも思わなかったところが不思議に見えだし、そしてこれまで漠然と抱いていたイメージとは異なる、清新な村上春樹の作品世界が開かれていく、その読書体験にある。蒙を啓かれる、というのはこういう体験をいうのかもしれない。