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日本の刑罰は重いか軽いか
著者 王雲海
事件や裁判に対する国民の関心が、高まっている。裁判員制度の導入など、さまざまな司法改革も進められている。また、死刑制度に関する議論も盛んである。そもそも、日本で犯罪とされる行為や、与えられる罰には、どのような傾向があるのだろう? 日本の刑罰は重いのだろうか。それとも、軽いのだろうか。日本の刑罰制度の特徴や、その背景について、米国や中国の事情と比較しながら、具体例を挙げつつ分かりやすく解説していく。【目次】はじめに/第1節 犯罪とは何か/第2節 刑罰とは何か/第3節 比較の視点がなぜ必要なのか/第4節 日本の刑罰は重いのか/第5節 日本の刑罰は軽いのか/第6節 日本の犯罪と刑罰の特徴はどこにあるのか/第7節 犯罪と刑罰の国による違いはどこから来たのか/おわりに 日本の刑罰をどう見るべきか
日本の刑罰は重いか軽いか
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日本の刑罰は重いか軽いか
2008/08/24 12:39
司法を語るなら必読
10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:キュバン - この投稿者のレビュー一覧を見る
およそ社会現象を比較するのに日本と米国のみの比較で事足るはずがない。せめて欧州、アジア含めてあと3カ国くらいはほしい。などと贅沢は言うまい。日米欧いずれとも異質な国である中国を含めた刑法の比較を、その社会的背景まで含めてわかりやすく書いた本書のような本はほとんどないのだから。中国と日本の法感覚はかなり対照的で米国には両者の要素があるのだが、それは裁判所や法学研究者の法解釈の姿勢にも及んでいる。すなわち各国の法学研究は各国独自のパラダイムの中で行われているとさえ言えるということは、専門家も自覚すべき視点ではあるまいか。今後、本書を知らずして司法制度について語ってはいけない、と言いたくなるような良書である。
1-2節では犯罪および刑罰が国や時代により異なるものであることが事例と共に述べられる。この部分はわかっている人には既に了解済みのことではあろうが、そうでない人には入門として新鮮であろう。民事有責でも刑事無罪のケースは、両者で判定基準が異なるという司法の論理からはむしろ当然(第2節-2-5)、といった法学上の基礎知識も含まれている。3節では比較の大切さが述べられる。著者の言う横比較と縦比較の両者の大切さは、用語はともかく内容的には当然のことである。しかし往々にして無視されやすく、何度強調しても、し足りないことでもある。4-5節では日中米の三極比較が具体的に述べられ、6-7節でその違いの原因の考察が述べられる。
著者は中国出身で、長く日本で研究生活を続け米国大学の客員経験もある法学者であり、このテーマには最適の人物だろう。巻末の略歴や参考文献でもわかるが、本書以外にも日米中比較の著書がある。特に、自身の裁判員としての経験も踏まえた中国の陪審制度の実態の描写や米国の陪審制度の実際は、日本の裁判員制度を考える上でも必読だ(第3節-4-3)。また、小さな事は犯罪とされない中国の法感覚と、広く網をかける日本の法感覚の食い違いから来る訪日中国人の被差別意識(第5節-1-1)も目から鱗である。また、中国で日本人が麻薬所持だけで死刑判決を言い渡されたことについての「反日感情ゆえか」との日本側の誤解(第4節-皿-1)もおもしろい。米国の実状を考えずにロー・スクールを導入したことへの批判(第3節-3-4)も鋭い。
裁判の遅さが批判されることもある日本の「精密司法」を、速さ最重視の中国の司法や、司法取引90%で処理速度を稼いでいる米国司法よりも評価している点(第4節-4)も同感である。一部で言われていた日本での99%以上の有罪率への批判が、米国のお粗末な刑事司法手続を前提とした欧米の一部の研究者によるものが発信源との記述(第4節-4-3)で、「好成績が何故批判の対象に?」という私の長年の疑問が解けた。
そして、民主主義とは多数の原理であり時に多数の非理性に陥る場合もあるが、それを補い克服するのが理性に基づく法なのだ、という格調高い宣言(最終節-2)もわかりやすく共感を覚えた。また死刑制度について感情的には揺れながらも、法治主義と文明の進歩を信頼する法学者として廃止の立場を取るという姿勢(最終節-1)も好感が持てるものである。「刑罰を厳しくする時代または国家ほど犯罪被害者の権利と待遇は無視または粗末にされる」という指摘は重い。
何度も読み直し参考にしたくなる本であった。