電子書籍
無限カノン 完結
著者 島田雅彦
一八九四年長崎、蝶々さんと呼ばれた芸者の悲恋から全てが始まった。息子JBは母の幻を追い、米国、満州、焼跡の日本を彷徨う。三代目蔵人はマッカーサーの愛人に魂を奪われる。そして、四代目カヲルは運命の女・麻川不二子と出会った刹那、禁断の恋に呪われ、歴史の闇に葬られる。恋の遺伝子に導かれ、血族四代の世紀を越えた欲望の行方を描き出す画期的力篇「無限カノン」第一部。
彗星の住人―無限カノン1―(新潮文庫)
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紙の本彗星の住人
2007/06/24 18:25
恋とは必ず誰かを裏切ることだとすれば
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
世紀の恋、世界を変えた恋、TVの教養番組にもってこいの題材ではあるが、その体裁まで画面効果のために美化してしまっては陳腐に落ちる。蝶々夫人との在日米軍将校との間に生まれた子供達にもまた複雑な運命が待ち受けていたのだと。人々の生き方は必然歴史に左右されるが、歴史自体もそもそも一人一人の生き様の集積であり、片方が一方的に影響を与えるという代物ではない。歴史に翻弄されたとか悲劇だとかいいうのもフザケタ言い草だ。
歴史というのが社会制度や科学技術の発達の過程であるというはマクロに見た一面だろうが、ミクロには人間一人一人の営みの集積でもある。直線的な発達を辿るわけではなく、だから必ず紆余曲折を経るし、何度も後退を繰り返す。ヒトラーやスターリンが権力を握った過程はまさしくそれだし、そういったイデオロギーに仮託した自己実現でなくもっと直裁的な欲望に基づくものはさらに無数にあるだろう。
だからといって個人と歴史の二項対立的な図式に落とし込むのも単純すぎてつまらないのだろうね。悲劇のロマンスに涙する風潮を突き放そうとしつつ、だがそんな理性を突き崩す激しい熱情を求める、両方向に意識が振らされつつ読むのが面白い。
美男美女だらけの登場人物達には、いささか鼻白む気もないではないが、恋の障害は戦争であり、国家、民族の対立であり、あるいは国民すべてでもありえることになれば、かなりスリリングなことだ。権力者より軍隊より強い力でこの国を支配する、無言の空気に反抗するのは勇気が要る。あるいは美男美女でなければ、あっという間に圧力に押し潰されてしまったかもしれない。圧殺される側の人々にとって、彼らは体制に風穴を開け得る希望の存在でもあるのだろう。
本書は三部作の第一部なので、この恋の続きが果たして、体制転覆とか、この国の空気に敗北感を与えるなどのカタルシスをもたらすのかどうかはまだ分からない。少なくともここまでは、秘かにその快楽の血脈を繋いできただけに留まる。それを僕らはササヤカな勝利と呼ぶのだろうか。