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18件
猫を抱いて象と泳ぐ
著者 小川洋子 (著)
「大きくなること、それは悲劇である」──この警句を胸に11歳の身体のまま成長を止めた少年は、からくり人形を操りチェスを指す。その名もリトル・アリョーヒン。盤面の海に無限の可能性を見出す彼は、自分の姿を見せずに指す独自のスタイルから、いつしか“盤下の詩人”と呼ばれ奇跡のように美しい棋譜を生み出す。架空の友人インディラとミイラ、海底チェス倶楽部、白い鳩を肩に載せた少女、老婆令嬢……少年の数奇な運命を切なく描く。小川洋子の到達点を示す傑作。
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猫を抱いて象と泳ぐ
2011/09/14 22:44
チェスにたとえるなら小川洋子さんの棋譜は神々しい。
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サムシングブルー - この投稿者のレビュー一覧を見る
小川洋子著『人質の朗読会』は言いようのない悼みを引きずりながら読み終えました。
小説ってなんだろう、と思い悩んだ一冊でした。
小川洋子著『猫を抱いて象と泳ぐ』は言いようのない感動を覚えながら読み終えました。
小説ってすごい、と思いました。
この小説はチェスの盤下の詩人「リトル・アリョーヒン」と呼ばれた少年の物語です。
その物語は七歳になったばかりの少年が祖母と弟と三人でデパートへ出かけるシーンから始まります。
少年が一人向かう先は屋上の一角、そこはデパートの屋上に印度からやってきた象・インディラの臨終の地でした。
少年の友達は死んでしまった象・インディラと寝る前に語りかける架空の少女・ミイラだけでした。
少年はチェスと出会い、象のインディラはチェスの駒・ビショップとなり彼の守護神となり、もう一人の架空の少女・ミイラは、少年がからくり人形のチェスプレーヤーと活躍した時代に美しい女性となって彼の前に現れます。
そんな時、二人に突然の別れが訪れます。
離れ離れになってしまった二人が交わした手紙は感動的で何度も読み返しました。
チェスの記録である一枚一枚の棋譜は音楽の譜面のように全編を奏でていました。
あとがきを読み、この小説「リトル・アリョーヒン」はチェス博物館にある「ビショップの奇跡」の棋譜を元に書かれたものであることを知り、小川洋子さんの小説家としての力量を感じました。
この小説は一度読んだだけでは読み切れない。もう一度読んでみたい作品となりました。
2012/12/22 21:27
小さな世界を教えてくれるのが、作家の仕事
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:きりぎりん - この投稿者のレビュー一覧を見る
この小説を読む機会に恵まれた時、小川洋子さんの著書は「飛行機で眠るのは難しい」のただ一つしか読んでいませんでした。
その読書理由も高校時代の現代文の教科書に載っていたから、という何とも寂しいものです。
「博士の愛した数式」など有名タイトルを書いてらっしゃる方ということで興味はあったのですが、どうしてもっと早く読まなかったのかと、今作の読後に後悔を覚えました。
あらすじは本の裏側を読めば分かる事ですので割愛しますが、悲しい物語が展開されているはずなのに、何故か暖かさを感じる、そのようなお話でした。
全体を通してチェスが出てきますが、ルールを全く知らなくても、問題はないと思われます。
物語の支柱となっている、「大きくなること、それは悲劇である」という少年の価値感をきちんと表すように、気を張っていないと見過ごしてしまいそうな、小さな世界がたくさん出てきます。
私は常々、物語の醍醐味とは、
「みんなは知らないが自分は知っている、この人たちはこんなに凄いんだ、こんなに美しいんだ」という独占感にあると思っていまして、
それを満たしてくれるこの作品の演出が非常に心に残りました。
物語中の、名もなき彼らは、チェス盤の上でのみ、その凄さや美しさを発揮して、また静かに去っていきます。
小川洋子さんは、柔らかな文体で、まるで読者に語りかけるように、彼らの事を教えてくれるのです。
妙な例えですが、暖炉の横で、安楽椅子に座ったおばあちゃんから、昔話を聞いているような心地よさを感じていました。
多少淡々とした語り口ですので、ワクワクしたりハラハラしたりする、いわゆるドラマ性が、この物語に欠けていると思われる事もあるかもしれません。
しかし、主人公であるリトルアリョーヒンが、小さな八×八の盤上を宇宙に例えていることを考えていけば、むしろこれほどドラマティックな作品も無いのではと思います。
個人的には、計算上可能な棋譜の数が、十の百二十三乗あって、宇宙を構成する粒子の数よりも多いと言われているという言葉が非常に印象に残っています。
その後に続く、「じゃあチェスをするっていうのは、あの星を一個一個旅していくようなものなのね、きっと」というセリフも。
この本を読んだ時間が、自分にとって充実感のある時間だったと言える、そんな小説です。
まだ知らない人は是非手に取ってみて、自分のペースで、小川洋子さんの紡ぐ小さな世界に、耳を傾けてほしいと思います。
2022/08/14 22:40
小川洋子さまの(個人的)最高傑作
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:M.B.S.L - この投稿者のレビュー一覧を見る
読み終わった後に脳裏に浮かんだのは「美しい」という一言でした。主人公(リトル・アリョーヒン)の一生が、選びぬかれた言葉で語られています。それは例えて言えば一遍の壮大な詩です。物語で印象的に描かれる人物たちは皆「弱い人」、つまりこの世界の片隅にひっそりと、誰からも気づかれることなく生きている人たちで、彼らは大きな声を持ちません。これは小川先生ご自身が語られたことで、小川先生の作品に共通するものなのですが、この作品ではその傾向が極めて顕著に顕れています。なにせ、人物名が出てこないのです。「リトル・アリョーヒン」というのは主人公が操る人形の名前で、「ミイラ」というのは主人公にとっての少女の呼び名で、他に出てくるのといえば「マスター」、「祖父」、「弟」、「老婦人」......。どれも、特別でないものです。でも、これが物語の静謐さを醸しています。
この物語は、チェスを軸にしたものではありますが、チェスの知識は不要です。この本の主題はあくまで人物であり、チェスの技巧ではありません。だから、誰でも味わって読むことができます。かなり独特な内容なので、小川先生の作品が好きでないともしかしたら「面白くない」と思う方もいるかもですが、どうか味わって呼んでください。魂で、こころで、感じてください。声を潜めて「リトル・アリョーヒン」のさえずりを聞いてください。その繊細さに震え、その美しさに息をするのも忘れるでしょう。
この作品は、決して難しくはありません。堅苦しさではなく、寧ろ「やさしさ」。声を持たない人の声をきちんと拾ってくれるという安心感。そして、その「声」を宝石のように丁寧に扱い、そっと守ってくれる美しさ。そういったものがすべて混じり合い、協奏曲を奏でています。「ナツメヤシの種でできた世界一小さなチェスセット」も、しっかりと存在感を放てます。
私は、いまこの時代に生きていることを感謝しました。この作品は洗練されすぎている。言葉に無駄がないのです。なんだか、超越的存在が私達にくださった恵みのようにすら思いました。この本は本当に読んでよかった。この心の震えを、もっと多くの人に感じてもらいたい。ぜひ、手にとってください。そして、最後の響きまで味わってください。この本は、私の過去一〇年の読書生活で出会った中で最高の作品です。私が小川洋子先生のファンになったきっかけです。作者様のすべてが凝縮された、とても濃密な物語です。どうか、どうか心を震わせてください。