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垂里冴子シリーズ
著者 山口雅也
垂里家の長女・冴子、当年とって33歳、未婚。美しく聡明、なおかつ控えめな彼女に縁談が持ち込まれるたびに、起る事件。冴子は、事件を解決するが、縁談は、流れてしまう……。見合いはすれども、嫁には行かぬ、数奇な冴子の運命と奇妙な事件たちを名人上手の筆で描き出す、特上の連作ミステリー!
垂里冴子のお見合いと推理
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紙の本垂里冴子のお見合いと推理
2002/06/30 07:48
グロテスク
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あおい - この投稿者のレビュー一覧を見る
前々から思っていたのだが、山口雅也という作家はあまり文章が巧くない。小説は非常に精緻にかつ大胆に重層的な構造をもって描き込まれているのに、文章そのものは妙に硬く、たとえば新人賞狙いのマニュアル本などでは「悪い例」として挙げられるんだろうなあと思わせるあからさまな状況説明や新聞の見出しのような隠喩、ほとんど学生芝居のような、それでいて文学的な気韻にも乏しくコメディとしても笑えない気の利かない台詞が「とりあえず文章じゃないと小説にはならないので」というような無造作というかむしろ無関心さとでも云ったほうが相応しいような投げ遣りな態度でつづられているように見えるのだ。しかしこの下手な文章は、単に下手と云って済ませることが出来るような種類のものではないような気もするのだった。作家の意図が何処にあるのかは知らないし、さしあたって知りたいとも思わないのだが小説自体の奇妙にひねくれた構造性が、この鈍い文章によってより本質的なものに見える効果が出ているように思う。いうまでもなく小説においてはその表面、すなわち文章こそが本質なのであって、そうであってみればそれは当然の仕儀でもあるだろう。
この短編集は、作者自身によると「誰でも親しめるようなオーソドックスな名探偵もの」であり「アンプラグド・コンサートのような作品」であるということなのだが、なかなかどうしてまったく気安く読めるようにはできあがっていない。なるほど、推理小説あるいは本格探偵小説としては確かに奇抜なトリックがあるわけでも叙述に奇想をめぐらせているわけでもないのだが、全体を貫く「外国のTVドラマなどによくあったシチュエーション・コメディ」を意図したという設定とストーリー展開が、例の鈍い文章の中で軽やかと云うよりもむしろステレオタイプに関する重い認識を引きずり出してきて、だからといって「知的」に何かをわかったような気になったりその実験性や前衛性に興奮したりするような騒々しさもなく、ひたすら、陰鬱な、それでいて忍びやかに滲む苦笑いに、またはっとして陰惨な気分になる、という印象が拭えないのである。
こういう小説を読むと、小説の文章というのは、かならずしも美しい必要も、また巧い必要もないのだ、と改めて思わないでもないのだが、しかし、この陰惨さは、もしかすると何が美しい文章でどういうものが巧い文章であるかすらもすでに判別できないかもしれない現在の読書をめぐる状況から来ているのかもしれないとも思ったりもするのだった。