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死霊(講談社文芸文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.1 2件

電子書籍

死霊

著者 埴谷雄高 (著)

晩夏酷暑の或る日、郊外の風癲病院の門をひとりの青年がくぐる。青年の名は三輪与志、当病院の若き精神病医と自己意識の飛躍をめぐって議論になり、真向う対立する。三輪与志の渇し求める<虚体>とは何か。三輪家4兄弟がそれぞれのめざす窮極の<革命>を語る『死霊』の世界。全宇宙における<存在>の秘密を生涯かけて追究した傑作。序曲にあたる1章から3章までを収録。日本文学大賞受賞。

死霊I

1,242 (税込)

死霊I

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みんなのレビュー2件

みんなの評価4.1

評価内訳

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紙の本死霊 1

2003/06/24 11:07

まずは講談社の蛮勇に拍手。この出版不況の世の中に、よりによって埴谷雄高なんて。『死霊』なんて。あまりのめりこんで読まないように。「わからんなぁ」とぼやきながら読むぐらいでちょうどいいです

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:pipi姫 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 おそらく今の若い読者はこのような小説を読んだことはないだろう。とても「物語」が語られているとは言い難く、リアリティなどどこにもないような観念的で非日常的な「日常会話」が繰り返される作品である。人間存在の根源を求め、生きる意味と死ぬ意味を堂々巡りのように追い求めつづける4人の男達。
 このあまりにも沈鬱で苦しい小説を自分に引きつけすぎると、生きていられなくなる。この小説を読んで自殺した若者が何人もいたというのもわかる。
 
 後半へいくほど舞台設定が荒唐無稽になり、現実からの遊離が甚だしくなるのも、本作が50年もかかって書き続けられてきたからだろう。第3巻の終わりのほうになると、同語が反復されて文体がねちこくなり、老人特有のしつこさが鼻についてくる。50年間の執筆期間には波があり、著者の油が乗っていると思われるのは第2巻だ。小説としてはこの第2巻が数少ない盛り上がりの一つを見せる。圧巻はなんと言ってもスパイ私刑場面。凄惨であると同時に息をのむ美しさでもある。

 悩める知識人埴谷雄高にとって女は絶対的な他者であったのか、この小説の主人公三輪与志(よし)の若き婚約者津田安寿子の一途な想いがまったく与志に届かないように思えるのは、著者の孤絶した魂の反映だろうか。孤独の淵にたたずむ三輪与志、そして彼を理解しようと絶望的な努力を払う津田安寿子、この恋人たちの間に漂う緊迫した切なさは、物語の中でも精彩を放っている。孤高の人を一途に愛しながら決して近づくことができないもどかしさを安寿子自身が絶望ととらえず静かに受け入れているかのような態度には、健気さといじらしさを感じる。

 第3巻では原罪論が展開される。イエス・キリストをも原罪を背負った人間として批判するくだりは、興味深かった。それは、人間は生まれる前にすでに何億もの兄弟殺しを行っているという話だ。何億個もの精子の中からたった一つが生き残り、卵子と合体する。残りの精子はすべて死に絶えるのだ。つまり、人は誕生の時点ですでに何億もの兄弟の死を見ている。さらには、この世にうまれてからは数限りない動植物を殺してそれを食している。人間は他者の死なくしては生きていけない存在なのだ。埴谷は繰り返しこのことを述べている。
 そんなことはわかりきっていることなのに、夥しい死の上に成り立つおのれの存在に思い至れば、なおのこと、その犠牲に応える生を生きねばならないという結論に達するのではないか。では、『死霊』を読んで死に向かう若者たちに向かって、埴谷は「死ぬな」というメッセージを発しているのではないのか? そして、他者を殺さねば生きていけない人間について、埴谷のメッセージのいわんとすることの深奥はまだ不明だ。この小説は政治的であると同時に高度に観念的で、結論らしきものは見えない。

 埴谷雄高の文体は美しい。今の若い作家には書けそうもない文体だ。全体に西洋的な香りが色濃く漂う風景描写はヨーロッパ映画を彷彿させる。とりわけ霧の描写は美しく幽玄で、映画「ユリシーズの瞳」を思い出した。戦争と革命の世紀を生きた陰鬱な体験が霧の中で深い悲しみと癒せぬ絶望を刻印する、「ユリシーズの瞳」の深い霧の場面を想起させる。

 正直いって、長さの割には読むところが少ない小説だ。だが、途中でやめられない魅力がある。そして、看過できない警句を随所に含むものだから、やはり偉大な作品と呼ぶべきなのだろう。
 最後まで読んでも埴谷がいうところの「虚体」だの「虚在」だのはさっぱり理解できなかったけどね(^_^;)

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紙の本死霊 1

2003/02/19 11:53

「日本初の形而上学小説」がついに文庫化された

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:小林浩 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 埴谷雄高(1911-1997)の作品はこれまでどれひとつ文庫化されたことがなかった。死後はや五年、まさか彼の代表作『死霊(しれい)』が文庫で読めるようになるとは驚きである。第1巻では第1章から第3章までを収録。全9章だから、予定で行けば3分冊になるのだろう。存在論、革命論、神秘主義、思考実験などのカオス(混沌)とでもいうべきこの前代未聞の小説は、1945年から1995年にかけて断続的に発表され未完に終わった、文字通りのライフワークである。四人の異母兄弟を中心に繰り広げられる、全存在の革命とは何かをめぐるめくるめく5日間の出来事を、極めて美しい詩的表現で書き綴っている。難解であるにも関わらず、そこには哲学的な制約に縛られたアカデミズム臭さはない。学問的伝統の遺産ではなく、あくまでも自分の言葉で表現するという姿勢が(かといってそれは遺産を無視しているというわけではない)、かえって本書を一種の独自の哲学たらしめ、同様に一冊の「美学」たらしめている(じっさい埴谷は東西の哲学的教養においても抜きん出ている)。第3章までの展開はいわば序幕と言える。主人公の三輪与志が自らの生(あるいは死)の出発点に選んだ「自同律の不快」への異様な執着。神出鬼没の行動力で、反社会的な革命理論を滔々と語り続ける首猛夫の企み。本書は冒頭に掲げられた銘のように「悪意と深淵の間に彷徨いつつ/宇宙のごとく/私語する死霊たち」の終わりなき物語なのだ。それは、四人がそれぞれの革命思想を披瀝する独白の世界(あるいは反世界)である。埴谷雄高の本名は、般若豊という。珍しい名前だが、彼は先立った妻との間に子供をもうけなかった。彼の血を継ぐものはいない。『死霊』の世界は、独身者の、とりわけ男性という「子を産まぬ性」の弧絶した叫びに彩られているように思える。

 願わくば、同社の埴谷雄高全集第3巻『死霊』へ本編と一緒に収録された第9章の「結末」の未定稿や「新版への自序」「最新版への自序」、第11巻に収められた断章群、第19巻に収められた未完の第4章の初出稿、さらに最晩年にNHKの特番製作のために語られたロング・インタビューの書籍化『埴谷雄高独白「死霊」の世界』などをすべて合本して、文庫第4巻を編んで欲しいものだ。全集第3巻の解題で白川正芳氏が明かした、第9章以後の衝撃のプロットもぜひ収録して欲しい。ようするに、埴谷の「死霊」プロジェクトの全貌を、こうしてより広い読者に提供するための文庫化のいまこそ、まとめて見せて欲しいのだ。率直に言えば、『死霊』の単行本は、古本屋でよく目にするし、値段も安い(下手をすると文庫より安い)。つまり、従来と同じ内容の文庫化では売行きにも限界があるはずだ。そのあたりを講談社がよくよく勘案してくれればいいと思う。なお、この文庫第1巻には小川国夫氏のあとがきが付されており、深い印象を読む者に残す。第5章「夢魔の世界」(文庫第2巻に収録されるだろう)に出てくる革命集団内部のリンチによる同志の死刑場面について言及しているあたりは、極めて現在的な意義を有する問いかけであると思う。さらに、この紹介文を読んでいる皆さんには、当サイトでも大いに活躍された名物編集者の故・安原顕氏が全集完結に際して寄せたコメントも、ぜひ読んでもらいたい。いかにも氏らしい愛情溢れる一言一言がこれまた印象深く、忘れがたい。

連載書評コラム「小林浩の人文レジ前」2003年2月18日分より。

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