それでも、日本人は「戦争」を選んだ
著者 加藤 陽子
かつて、普通のよき日本人が「もう戦争しかない」と思った。世界最高の頭脳たちが「やむなし」と決断した。
世界を絶望の淵に追いやりながら、戦争はきまじめともいうべき相貌をたたえて起こり続けた。
その論理を直視できなければ、かたちを変えて戦争は起こり続ける。
だからいま、高校生と考える戦争史講座。
日清戦争から太平洋戦争まで。講義のなかで、戦争を生きる。
生徒さんには、自分が作戦計画の立案者であったなら、
自分が満州移民として送り出される立場であったなら
などと授業のなかで考えてもらいました。
講義の間だけ戦争を生きてもらいました。
そうするためには、時々の戦争の根源的な特徴、
時々の戦争が地域秩序や国家や社会に与えた影響や変化を
簡潔に明解にまとめる必要が生じます。その成果がこの本です。
……本書「はじめに」より
◆日本だけでなく、世界の人々がなにを考え、どのような道を選択したのか、
かつての人々が残した言葉をたどりながら、詳しく鮮やかに紐解いてゆきます。
縦横無尽に「戦争」を考え抜く。歴史の面白さ・迫力に圧倒される5日間の講義録◆
それでも、日本人は「戦争」を選んだ
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それでも、日本人は「戦争」を選んだ
2009/09/11 20:07
大学の先生が書いた歴史書にしては珍しいベストセラー。でも売れるだけのことは確かにある!
65人中、25人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、桜蔭高校から東大文学部へと進学し、現在、東大文学部で日本近現代史を講義している加藤(野島)陽子氏が、神奈川の名門栄光学園に出向いて年末のクリスマスからお正月にかけて5日間にわたっておこなった特別講義の講義録である。参加したのは中学1年生から高校2年生の17名だが、大学生でも付いて行くのが難しい専門的な講義に結構付いていっているように「見える」のは、さすが栄光学園といったところか(と、いっても、まあ話の多くは「ふーん」程度で、基礎資料の読み込みと理解無しには心底理解したとは言えないのは当然であろう。ただ、間違いなく言えることは、この講義は今後の彼らの学習にあたり重要な道標になるに違いないということだ)。
それにしても本書は刺激的な発見に満ちている。キーワードは「問い」だ。歴史には必ず原因があって結果がある。この「問い」を大切にし、「なぜ、そうなったのか」をひとつひとつ明らかにしていくことに歴史学習の面白みがあり、醍醐味がある。ところが、ともすれば歴史とは結果の羅列に終始し、「なぜ、そうなったのか」が曖昧なまま放置されている。あるいは「当然、そうだったろう」という思い込みが罷り通り、当時の事実はかけ離れた共通認識が通念となっていたりする。本書は丹念に歴史を紐解くことにより、こうした「なぜ」の解明に相当程度成功しているといえるのではないか。
例えば日清戦争だ。当時の日清関係を「昇り竜の日本と、衰亡の一途をたどる清」と捉えがちだが、事実は大きく異なると著者は指摘する。清は、19世紀末には清仏戦争でもフランス相手に互角に戦い勝利を収めているし、今の新疆ウイグル自治区で起きたヤクーブ・ベクの独立運動もロシアに先駆けて大軍を派遣し、鎮圧に成功している。当時の中国は、海軍力では英仏に劣るものの陸軍力では互角以上の実力をもった軍事大国であったというのだ。だからこそ日清戦争における日本の勝利の価値があるのだが、ただ、ではその後、清の国力が急速に衰えていったのかについては本書は何も応えてはくれない。
日露戦争がなぜ起きたかについても朝鮮半島の確保を死活的利益と捉える日本の真意をロシア側が最後まで気がつけなかったところにあったという指摘には「なるほど」と思った。また満州における日本の優位を決定した要素のひとつに諜報の勝利があったわけだが、これには少なからぬ中国人が積極的に日本軍に貢献した事実があったことも指摘されている。日露戦争でフランスがロシアを応援したのは日清戦争でロシアに貸した金(ロシアはこのカネを清にまた貸しして清はこれで日本への賠償金を払った)が貸し倒れにならないようにするためだったし、ドイツがロシアを焚きつけたのはロシアの軍事力を東方に向かわせることで自国の安全を確保しようとするためだった(このためにドイツは黄禍論という人種差別論まで持ち出している)という話は、欧州というのはつくづく自己チューでアジアを蔑視する「嫌な連中」という思いを新たにする。日露戦争に対し戦費調達=増税を嫌がる日本の保守層=地主層が最後まで反対だったというのも目から鱗の指摘だ。
第一次大戦が勃発するとドイツの山東半島の権益狙いで日本が日英同盟を根拠に参戦を希望するがエドワード・グレイ外相率いる英外務省はこれに反対するもチャーチル海相率いる英国海軍はこれに賛成だったんだと。理由は日本に華北の山東半島くらいくれてやれ、その代わり英国の権益が集中する上海、香港、広東には手を出すなという気持ちかがあったからなんだと。
日本の満州進出に関しても対満州投資の85%が国がらみの投資案件で、従って健全な批判が起きにくい素地がはじめからあったという話もうなづける話だ。一方、意外な発見だったのは松岡洋右で、私はこいつはてっきり思い込みの激しい独りよがりの誇大妄想狂で、ヒトラーとスターリンに手玉にとられ日本を滅亡に導いた馬鹿と思っていたが、少なくとも1920年代までは、かなりまともな国際感覚をもった外交官だったことが明らかにされている。ただ、じゃあ、こいつがその後どうして「十字架上の日本」などというキリスト教徒が聞いたらただ不快感を増すだけのお馬鹿な演説をキリスト教徒ひしめく国際連盟でぶって、日本を国際的孤立へと追いやったのか、このあたりの松岡洋右転落の軌跡も明らかにして欲しいものだ。
本書の白眉は熱河侵略を機に、日本が連盟規約を盾に国際的侵略者の汚名をしょいこんでいく転落の過程だろう。日本の軍部は妙に「法律家」的条約解釈が好きで、法律解釈の屁理屈に屁理屈を重ねては満州侵略を正当化していく様は戦後の憲法九条解釈と自衛隊の関係を髣髴とさせる「知的アクロバット」そのものだが、この手の話は「法律の話は法律の話として、実質は同なんだ」的な政治家的「腹を割った話」で決めていくべき代物だ。それを法解釈云々で切り抜けようとするところに今も変わらぬ官僚の限界を見る思いがする。
胡適なる人物を紹介したのも本書の功績だろう。ただ、あんまり胡適を「すごい、すごい」と過大評価するのは如何なものか。確かに彼の「日本切腹中国介錯論」(日本の全民族は滅亡の道を歩んでいる。中国はそれを介錯するのだ)という見立てには背筋が寒くなるような迫力を感じはするが、だからといって「(日本と違って)中国の政府内の議論を見ていて感心するのは、政治がきちんとあることです」などとシナを過大評価するのはいただけない。中国にあったのは政治ではなく蒋介石一派の私利私欲による生き残りの議論ばかりであって、だからこそ中国国民党は滅亡し、共産党に敗北してしまったのだという当時の中国の暗黒面はバーバラ・タックマン著『失敗したアメリカの中国政策 ビルマ戦線のスティルウェル将軍』に書いてある通りだ。胡適の夢は破れ、彼は台湾に亡命し、彼の地で中国の転落と日本の躍進を歯噛みしながら眺めて晩年をすごしたはずだ。著者はタックマンの著作を読んでいないのではないか。
あと、もうひとついただけないのは、日本が捕虜にした米兵の死亡率とドイツが捕虜にした米兵の死亡率を比較し、さもドイツが文明的で日本が残虐であったかのごとき結論を誘導している部分だ。例えばドイツが捕虜にしたロシア兵の死亡率や、逆にロシアが捕虜にしたドイツ兵の死亡率をも調べないと、「日本だけが野蛮」ということにはならないと思う。ちなみにウィキペディアによればドイツ軍の捕虜になったロシア兵の数は550万人でうち350万人が死亡し、死亡率は60%にも上るという。これってちょっとすごくないか。ドイツ軍はアメリカ兵捕虜とロシア兵捕虜では扱いが相当違ったみたいですなあ。
著者は娘と同じ桜蔭の出身だ。娘には50歳近くになって「生まれてはじめて男子校に足を踏み入れた」などとならぬよう、今のうちから開成、麻布、筑波大附属駒場あたりの学園祭に足を運ぶよう忠告しておいた(笑。
それでも、日本人は「戦争」を選んだ
2010/11/19 11:33
歴史の考え方を教えられた
15人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:玉造猫 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、神奈川県の私立の学園で、中学1年から高校2年までの歴史研究部のメンバー20人ほどを相手に、東大教授加藤陽子さんが行った授業をまとめたものである。まず感じたのは、中高生対象と聞いてふつう予想するのとは違う内容の濃さだった。歴史の知識を生徒に講義するのではない、ある事柄についてそれが何を意味するのかを自分で考えさせる。生徒さんたちがまたけっこうしっかり食いついていく様子が魅力いっぱいだ。
序章から、こんな展開でいきなり戦争の本質に食い込んでいく。
加藤 そもそも戦争に訴えるのは、相手国をどうしたいからですか。
生徒 相手国に、こちら側のいうことを聞かせるため。
加藤 いいですね。政治の方法、外交交渉などで相手を説得できなかったときに力で相手を自分のいいなりにさせる、ということですね。
生徒 相手国の軍隊を打ち破って、軍事力を無力化する。
加藤 これもなかなか鋭いです。――戦争についての最も古典的な定義は、クラウゼヴィッツが書いた「戦争は政治的手段とは異なる手段を持って継続される政治にほかならない」というものでしょうか。――では戦争というものは、敵対する相手国に対して、どういった作用をもたらすと思われますか。戦争で勝利した国は、敗北した国に対して、どのような要求を出すと思われますか。
生徒 負けた国を搾取する。占領して、敗北した国の構造を変えて、自分の国に都合のよいような仕組みに変える。
加藤 イラクに侵攻したアメリカが、やろうとして、なかなか果たせなかった、そして今でも果たせない願望ですね。とてもいいポイントをついています。それでは、そろそろ答えをば。
そこで長谷部恭男『憲法とは何か』から、ルソーの「戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の、憲法に対する攻撃、というかたちをとる」との言葉が出てくる。頁の下にルソーの顔写真がまんが風の吹き出しで「戦争とは相手国の憲法を書きかえるもの」と言っている。
ついで、アメリカが日本に勝利して日本の憲法を書きかえるとなった、では戦前の日本の憲法原理とはなんだったか、と加藤さんは問い、天皇制、国体と答えを引き出していく。
序章をここまで読んで、わたしは、高校生の時こんな風に歴史を語る先生に出会いたかった、と思い、歴史とはこのようにして考えていくことなのだと思った。
ここまでで45頁。こうした生徒とのビビッドな対話を挟みながら講義は約400頁、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、太平洋戦争と続く。ほぼ10年おきに戦争を行ってきた日本近現代、そのときどきの戦争をなぜ、どのように、日本人はというより日本の指導者層は選んだか。つまりどのような国の経済、国際政治の条件で国が戦争を選んだか。
正直に言って、わたしには本書は難しかった。難しい理由はこのマクロのところにあると思うのでやむを得ないと言うか、2度目読んだら次はもう少し理解できると思う。日中戦争、太平洋戦争の項に読み進むと、記述が細部に渡り具体的になって、わたしには分かりやすかった。
ちなみに章の副題を見ると、日清戦争の項では「「侵略・被侵略」では見えてこないもの」、日中戦争では「日本切腹、中国介錯論」、太平洋戦争では「戦死者の死に場所を教えられなかった国」となっている。
この「日本切腹、中国介錯」は、わたしは初めて読むことで、衝撃を受けた。
これは中国の駐米大使だった胡適が1935年の時点で言った言葉という。――中国は3年か4年、絶大な犠牲を覚悟しなければならない。日本に内陸部深くまで侵略され海岸線を封鎖されて初めて、英米とソ連が介入する。中国はアメリカとソ連の力を借りることで最終的に日本に勝利する。今日日本は切腹の道を歩いている。切腹の実行には介錯人が必要である。すなわち「日本切腹、中国介錯」の戦略である――。
中国は実際に内陸の武漢を陥落させられ重慶を爆撃され、長江が封鎖され天津、上海も占領されたが、降伏しなかった。太平洋戦争が始まり、胡適の言葉通りになった。
もうひとつ、目から鱗の歴史の発見があった。満州への開拓移民について。
満州の開拓移民生活の実情がわかり、長野県で応募者が減ってくると、国や県が助成金を出して村ぐるみの分村移民政策を打ち出す。経営に苦しい村は分村移民に応じ、補助金獲得に狂奔する村が出始め、補助金をもらうための開拓民の争奪も起こる。だが中に見識のあった村長もいて、「助成金で村民の生命に関わる問題を容易に扱おうとする国や県のやり方を批判し、分村移民に反対した。」
さらに、はっとした歴史。太平洋戦争末期、国民の摂取カロリーは1933年時点の6割に落ちていた。農民が国民の41%も占める国で、なぜこのようなことが起こったのか。工場の熟練労働者には徴兵猶予があったが、農民にはなかった。農業生産を支える農学校出身の農業技術者も国は全部兵隊にしてしまったので、44年、45年と農業生産は落ちる一方だった。
歴史の読み方考え方を、わたしは本書で教えられた。それにしても、5日間でこれだけの授業を受けとめたみなさんがいるということは、日本の中学高校生も捨てたものじゃない。
それでも、日本人は「戦争」を選んだ
2011/08/21 17:06
「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!
8人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
「歴史にはイフはない」とは凡庸な歴史家たちの常套句である。歴史が人間の営みの軌跡である以上、その時点その時点における判断と意志決定がその後の歴史の流れを大きく左右していく。その判断と意志決定がなぜ、いかなる状況のもとでなされたかを、当事者意識でもって自分のアタマで考えることこそが、ほんとうの歴史を知ることの意味であるのだ。
これは政治リーダーだけではなく、日本国民の一人一人に求められていることだ。なぜなら、国民は投票や世論形成など、その他さまざまな形によって意思表示し、歴史の流れを変えることも不可能ではないからだ。
この「授業」は、受験界でも有名な私立男子校・栄光学院の歴史研究部のメンバーを対象に行ったものだそうだが、ビジネスマンのわたしからみると、ある意味ではハーバード・ビジネス・スクールで用いられる経営史のケーススタディにも近いものがある。歴史を傍観者としてではなく、当事者として考えて見よという姿勢が一貫しているからだ。
とはいえ、そのときどきの政治指導者や軍事指導者の立場にたって、最善の政策を考えよという授業は高校生にはきわめてヘビーなものだっただろう。大人でも考えながら読むのはヘビーなのだから(笑)。しかし、知的好奇心が強く、向上心のある人間にとっては最高に刺激的な授業であろう。
順序に従って「まえがき」と「序章」から読み始めたが、第3章からはがぜん面白くなり始めた。大衆社会が進展するなか、その当時はまだ男子に限られていたとはいえ、一般人が歴史の動きに、さまざまな方法によって参画し始めることが可能となってきたためであろう。英雄豪傑や傑出した指導者の人物史ではなく、本書の主人公はじつは「日本国民」そのものである。その時代、その時代を、地政学的条件や社会資本の蓄積がいまだ十分ではないといったさまざまな制約条件のもとで精一杯生きてきた日本国民である。それはわれわれ自身であり、われわれの父母や祖父母、そしてそのまた先の世代の話でもある。
明治維新以来、徴兵制や義務教育の普及によって「国民国家」の「国民」として成長してきた「日本国民」。名もなき市井の一般人が「国民」の一人として「声」を持ち、「声」の集合がチカラを発揮していったプロセスが日本近現代史そのものである。
このプロセスは、日清戦争と日露戦争からすでに始まっていたことが著者によって示される。国民の意思が何らかの形で反映していたのである。「総力戦」の時代においては、すでに戦争は政治家と軍人のものだけではなくなっていたのである。戦死という多大な犠牲を払うことになる国民の支持なくしては、たとえ軍部といえども勝手に動くわけにはいかなかったのである。「空気」をつくりだしたのは、じつは国民自身による世論であった。
第3章と第4章がとくに面白いのは、今年(2011年)初頭から始まった中東世界の「民主化革命」や中国の状況を、デジャヴュー感覚でみているような気がするからだろう。フランス革命後もその典型であったが、国民国家は国民統合の求心力を外敵との戦争に求めやすい傾向がある。軍が権力の中心にいて、農民比率の高い社会というのは、近代化をすすめる発展途上国ではよくある話だ。もちろん安易な比較は禁物であるが。
第3章と第4章にくらべて、第5章がやや精彩を欠くのは、分量的にすくなく、やや物足りない気がするだけでなく、誰もがその破局的な結末を十分すぎるほど知りすぎているからかもしれない。「大東亜戦争」(・・著者は「太平洋戦争」としているが)の結末を知らないという前提で、昭和16年(1941年)までの状況を直観的に理解するのは、じつはなかなか困難な課題なのだ。本書でも、後付けの説明にならないように、著者もかなり努力をして説明を行っているのだが、読者の側にそうとう程度の知的な取り組みとイマジネーションがなければ、ありのままの事実を受け止めるのは難しい。
本書は、かなり刺激的なタイトルであるが、中身はいたってロジカルなレクチャーと議論がぎっしり詰まった本である。「アタマの体操」として、ぜひ一度は読んでみることを多くの人にすすめたい。