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ファンタジーと歴史的危機 英国児童文学の黄金時代
著者 安藤聡 (著)
ファンタジー流行の影には、未来への不安が潜んでいる……。英国児童文学史上、優れたファンタジーが集中した1860年代、1900年代、1950年代。『不思議の国のアリス』『ピーター・パン』『トムは真夜中の庭で』等が世に出たこれらの時代が、いずれも《歴史的危機》を迎えていたことに着目し、《ファンタジー黄金時代》に書かれた作品と時代背景の関係を読み解く。地図・年表・読書案内付。図版多数。
◆取り上げられる作品◆
◆チャールズ・キングズリー『水の子』◆ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』◆ジョージ・マクドナルド「黄金の鍵」◆ラドヤード・キプリング『プックの丘のパック』◆ケネス・グレイアム『柳に吹く風』◆J・M・バリー『ピーター・パン』◆メアリー・ノートン『床下の小人たち』◆ルーシー・M・ボストン『グリーン・ノウの子供たち』◆フィリッパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』
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ファンタジーと歴史的危機 英国児童文学の黄金時代
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ファンタジーと歴史的危機 英国児童文学の黄金時代
2003/05/03 18:29
イギリス・ファンタジーと時代の意識
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:西下古志 - この投稿者のレビュー一覧を見る
『ハリー・ポッター』が、日本でも人気を博している。第1巻の『ハリー・ポッターと賢者の石』に引きつづいて、続巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋』も映画化され、多くの観客を惹きつけている。もちろん本についても、この翻訳書を置いていない書店を探すのが難しいほどである。テレビで報道された、新刊発売日に飛ぶように売れていた光景は、記憶にあたらしいものだ。
この人気を、一時的な流行だと見ることもできよう。しかし、『ハリポタ』のおかげで、イギリスのファンタジーを愛好する読者層は確実に広がった。それはもう「流行」ではなく、日本語の読書のひとつのジャンルとして、すっかり定着したと言えよう。『ハリポタ』からさかのぼり、本書でもとりあげられているジョージ・マクドナルドの作品(本書では『黄金の鍵』が論じられている)をはじめとするイギリスのファンタジーへと、読みすすんでいく人たちも増えている。トマス・ハーディの冒険小説『水源の秘密—ウェストポーリー探検記』も、翻訳刊行された。
英国だけではなく、米国のファンタジーも、たとえばアーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』シリーズが多くの読者を獲得し、最新刊の『アースシーの風—ゲド戦記V』が、『ハリポタ』と並んで書店に積まれているように、以前よりもさらに読者層が広がった。
本書は、1964年生まれの若手研究者による英国ファンタジー論である。19世紀末から20世紀中葉にかけて刊行されたファンタジーに潜む問題点を、標題にもある「歴史的危機」という観点から分析している。この「危機」とは、ダーウィンの進化論の登場によって揺さぶられた英国の思想情況における「危機」であり、また当然に、英国の「帝国」としての没落もまた、その背景に見られる。
チャールズ・キングズリーの『水の子』(『水の子どもたち』)から、フィリッパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』へと至る、イギリスを代表する作品を叮嚀に分析した本書に教えられたことのひとつは、ファンタジーが、たんなる子供向け読み物などではなく、ひとつの時代の意識——人間観・歴史観や政治思想、そして未来への理想——のもっとも先鋭な表現である、ということである。ファンタジーの汲めども尽きぬ豊かな内容は、そうした意識によってささえられているのである。
また、米国のディズニーによって映画化されたJ・M・バリーの『ピーター・パン』が、映像とはまるで異なった陰影の深い作品であり、このファンタジーもまた、時代の危機意識のひとつの鋭い表現であることも、本書によって知ることができた。『ピーター・パン』に関する考察は、ディズニーの功罪についても考えさせられる議論である。
本書には、懇切な「英国児童文学読書案内」「関連年表」「本文関連地図」が巻末に付されており、とくに「読書案内」は、本書でとりあげて論じた9作品以外にも、『指輪物語』の前奏曲であるJ・R・R・トールキンの『ホビット』(『ホビットの冒険』)など36の作品が紹介・解説されており、イギリスのファンタジーへのよき案内になっている。研究書として欠かせない「参考文献(児童文学関連)」「索引」も完備している。