お狂言師歌吉うきよ暦
著者 杉本章子 (著)
路考お粂と謳われた水木歌仙の下で踊りの稽古に励むお吉。十三で「歌吉」の名をいただいて五年、ようやく大名家の奥向きで踊りを披露するお狂言師の一座に加えてもらえることになった...
お狂言師歌吉うきよ暦
商品説明
路考お粂と謳われた水木歌仙の下で踊りの稽古に励むお吉。十三で「歌吉」の名をいただいて五年、ようやく大名家の奥向きで踊りを披露するお狂言師の一座に加えてもらえることになった矢先、嫉妬した相弟子に小鋸で頬に一生消えない傷をつけられる。そんな折、公儀の隠密より姉弟子を探れという密命が……。
目次
- 鋸の小町
- 藤娘の夜
- 出合茶屋
- その夜の客
- お糸の祝言
- 罠
- 仕掛け花火
- 消し幕
著者紹介
杉本章子 (著)
- 略歴
- 1953年福岡県生まれ。金城学院大学大学院修士課程修了。江戸文学を学ぶ。作家。「東京新大橋雨中図」で直木賞、「おすず」で中山義秀文学賞を受賞。
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すごい親子登場
2011/01/25 16:54
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
大名屋敷の奥方や御女中たちは、猿若町に行って芝居を見ることなんか許されない。だから、御屋敷に、能舞台に似せた芝居の舞台を作り、お狂言師と呼ぶ女役者たちに演じさせるのだ。その日がくると、御女中たちがトンカチを持って大道具を拵え、三味線笛太鼓なんかも、心得のある者たちが演奏する。お狂言師の一座は、町で踊りの稽古所を持っている師匠とその弟子たち。坂東流、水木流など、いくつかある。この小説の主人公の歌吉こと、宿駕籠屋の娘お吉は、路考お粂ともてはやされた水木歌仙の、弟子である。
> 四十路を迎えた歌仙は、雪肌がふっくり肉づいて貫禄がついた。気立てのやさしい女で、えこ贔屓はしないから、弟子も多い。だが、こと稽古にかかると人が変わったように手厳しくなる。お吉は、いまがたまでさんざっぱらしごかれていたのだった。
頃は天保の改革を推し進めた水野忠邦が失脚したり、また返り咲いたりと、ややこしいとき。鳥居耀蔵や遠山左衛門尉など実在の人物の名も登場するが、歌吉とかかわりをもってくるのは、鳥居派の榊原主計頭や、遠山派の井出内記という、架空の人物である。両派の抗争に巻き込まれ、井出内記の部下の日向新吾というハンサムで腕の立つ隠密と岡本才次郎という顔はともかくやはり腕の立つ隠密とに、お吉は、協力することになる。
まあ、その話はそれでおもしろいのだが、それよりなにより、すごいのは、お吉がお狂言師の一座への参加を認められたのを嫉妬して、彼女の顔に小鋸で切りつけ、一生消えない傷痕をつけた、お糸という娘と、その両親たちである。お糸の両親は水木歌仙に、お糸の祝言に出てくださいと頼む。水木歌仙は、もちろん、断わろうとする。
>「歌吉はね、けなげに言いました。この顔では縁なんか望めませんから、ゆくゆくは踊りの稽古所を開いて、自分身を立てていくつもりです。またお稽古に精進しますゆえ、よろしくお導きのほどを、ってね。聞いたあたしは、ほろりとしました」
>「ほろりとしたあとで、あたしは歌吉を叱りましたよ。踊りの稽古所はけっこうだが、そんならお狂言師はあきらめるのかえ。ここでくじけたら、それこそお糸の思うつぼにはまることになるんだよ、とね」
>「お狂言師歌吉の名をあげて、お糸に恥じ入らせてやろうとは思わないのかい、と力づけましてね。顔の傷痕を隠す手立てを、歌吉と二人してあれこれ試したんでござんすが、それはもうたいへんで……。でもようやく工夫がついて、歌吉は先月の三日に下谷の藤堂様で初舞台を踏みました。歌吉の藤娘ときたら、ほんに絵から抜け出たような藤の精で、踊りもまたみごと。あたしは、あの娘の将来(さき)が楽しみでなりません」
ここで、お糸の両親が反論を始める。
>「あんまりなあてこすりでございます。お糸はもう、天罰を受けたじゃありませんか」
>「別れ話を切り出して、朔之助さんが一人先に帰って行くと、出合茶屋に取り残されたお糸は、泣き沈んだ末に手首を切りました。さいわい表沙汰にはならず、傷も浅くて死なずにすみましたけれども、これでもう、まともな婿の来手はございません。天罰と申したのは、このことでございます」
>「こうなりましたからには、うちの奉公人に目をつけるほかはありません。手代の一人に頭をさげて、お糸と添わせることにしました。二十八になりますが、人間も確かなら商いの腕も確か、しかも堅い一方の男でございます。できのいい奉公人に娘をめあわせて商いを伸ばすというのは、商人(あきんど)の家ではよくある話でして、はい」
>「ですけれどもお糸は、ずんぐりむっくりで、あんな風采のあがらない男は嫌だと言う始末でございます。当人の身から出た錆とは申せ、破談のあと、日ならずして意に染まない奉公人を婿に迎えるのですから、無理からぬことでもあり、あたくしは不憫でなりません」
謝れ、手代に謝れ!……とにかく、水木歌仙はお糸の祝言に来る。するとまた嫌がるお糸を説得してくれと、頼まれる。そんなん知らんやん……でもまあ、歌仙はお糸に会ってやる。そこでお糸は、彼女が一番言いたかったであろうことを師匠に言った。
>「あたしが刃物沙汰を起こしたのも、もとはと言えば、お師匠さんのえこ贔屓のせいです。それをご存じなものだから、気がとがめていなさるのよ」
お糸の両親も本音は同じだろう。まあとにかく、手代に謝れ。でないと店が潰れるぞ。