高瀬舟
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電子書籍
「安楽死」だけではない、もう一つの大きなテーマ
2020/10/23 07:42
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
明治の文豪森鴎外が1916年(大正5年)に「中央公論」に発表した短編小説で、文庫本にしてわずか20ページ足らずの作品ながら、それから100年以上経った現代でも「安楽死」をめぐる事件が起これば引用される名作である。
物語は貧しさで死を選んだ弟の死にきれない現場に出くわした兄が、苦しむ弟を見て最後の一刃で殺してしまって遠島の刑で送られる高瀬舟の中での役人庄兵衛と罪人喜助のやり取りで進んでいく。
「安楽死」がこの短い物語のテーマだとばかり思いこんでいたが、実はここにはもう一つ大きなテーマがある。
それが「知足」である。「足ることを知っている」ということ、短い作品ながらその前半はそれが大きなテーマとなっている。
遠島の刑で送られていながら罪人喜助はまるで楽しんでいるかのように見える。それに合点のいかない役人庄兵衛がその理由を聞けば、喜助は「自分はずっと貧しかったが、刑を受けるにあたって二百文のお金ももらい、寝るところも食べるものを困らなくなった」という。
彼に比べ、庄兵衛は彼よりはうんと豊かな暮らしをしているにも関わらず、いつも不安だし満足がいくことはない。
そして、庄兵衛は人の一生ということを思う。人は欲や不安でいつも先々のことを考えて踏み止まらない。なのに、この罪人は足ることを知っている。
短い物語にこんなに大きなテーマが二つもありながら、物語は決して破綻していない。
その筆運びのうまさこそ、さすが文豪と呼ばれた人の作品だといえる。