紙の本
ライブ・ザ・文学!
2010/03/29 19:21
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ジーナフウガ - この投稿者のレビュー一覧を見る
文芸『対談』ではなくて文芸『漫談』なのである。しかも、いとう氏も奥泉氏も大真面目に演じているのである。
おじさん、おばさん、誰にでもわかる文学理論を目指して。奥泉氏はのっけから唐突にフランスで開催された
『文学村祭り』に参加して、周りにいる日本からの招待作家さん方が物静かに自作を売るのを横目に、
一人だけ何の含羞もなく、ただ賑々しく、自慢のフルート演奏を披露しつつも、
販売しているのは、自作ベスト2の暗い作品だという…。天然なボケを遺憾なく発揮してくれている。
相方であるいとうせいこう氏も天性のツッコミ型なキャラクターを持つ人なので、
やはりこれは立派な『漫談』だと言うのが相応しいのであろう。
勿論、テーマの半分は文芸についてであるから、どんな風にして2人が処女作を書き上げ作家になって
行ったかも書かれている。そして、奥泉氏が述べるのが、
『作家は最初の小説を書く前に、すでに作家だと言ってもいいんじゃないか。』というか
「まず作家になる」必要がある、という点。これには物凄い説得力を感じた。
更に、一行目よりも、(自分自身の言葉で書かなくてはならない)二行目の大切さ、
第二作目は二行目の如く重要なり、という考え方からは、作家の真実の姿と、
作家はどの様にして作家であり続けられるまでになるのかが分かり、大いに参考になった。
面白いなと感じた点は、まだまだあって『小説はなぜ終わらなければいけないか』問題で、
いとう氏が大真面目に提案する『なんにも解決しないで終わるミステリー』と言うのは、
凄く斬新なやり口だなと、ついつい笑いながらも納得してしまった。加えて両氏の言う通り、
作品が完成するというのは、奇跡のようなものなのかも知れないと考えた。
作品を書く上で、プロットはあんまり信用しない、という奥泉氏。
あくまでそれは、「とりあえず」であって「つくりながら小説を動かしていく」
場合のほうが圧倒的に多いそうである。(作品を)「読む作業」、「直す作業」、
最後に「先を書いて行く作業」この三つを並行して行うのが、「小説を書く」作業の内容であるという。
それに捕捉して『読むことの延長であるかのように書くとか、書くことの延長であるかのように読む、
それが作家の生活だ、と。』うむむ深いなぁ…。両氏の阿吽の呼吸に寄って放たれる『言葉、言語感覚』の豊かさ、
鋭さには何度となく唸らされた。例えば『「言葉は自分のなかから出てくる」わけではない。
「物財」として世界に散らばっている言葉をたえず寄せあつめる、それが小説を書くことの基本だ』。
例えば『すでにある物語やスタイルのなかで言葉を集めて組織する、その仕方に個性がある』等々。
話題は其処だけに留まらず、『小説的グルーブ』を得る為にはどうすれば良いか?や、
『近代小説でもなんでも、なるべく笑おう』と言う提案で、
「ユーモアはひとつの精神態度であるわけだから、読む側の心理・精神の作用次第で、
どんな作品にもユーモラスに関係することが可能なはずなんですよ。」
との希望的展開を導き出す辺りに非常に密度の濃い、ライヴ感覚を追体験した気になった。
ともかく、文学の型やコードを越えた地平から話が進められていく『漫談』は一読の価値有りです!。
大オススメ致します。
紙の本
奥泉光がボケていとうせいこうがツッコむ
2006/04/04 13:03
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ジェニファー - この投稿者のレビュー一覧を見る
奥泉光は私の好きな小説ベスト10に入る「鳥類学者のファンタジア」の作者であり、いとうせいこうもかつては「ワールズ・エンド・ガーデン」「解体屋外伝」(今気づいたが、この二冊はもしかして韻を踏んでいるのだろうか?)などの小説を書いていた。二人とも好きな作家だったのでこの本を手にしてみたのだが、漫談というだけあって、笑いがふんだんに盛り込まれた、非常に楽しい本だった。
もちろん文芸論でもあるので、真面目に語る部分もある。私の半端な理解によると、たぶん二人が言いたかったのは、「小説」とは何か、そして「作家は何を書くべきか」という問題なんだと思う。今までことさらに「小説って何だろう?」などと哲学的に考えたことなどなかったし、世の中の作家の多くはそんなことを意識しないで小説を書いているのだと思う。しかし考えてみると、そういうことを自覚的に書いていた近代の小説は今でも読むに耐える作品が多いのに比べ、無自覚にただ「泣ければいい」などというスタンスで書かれている現在の小説は、十年後も読者がいるかどうか甚だあやしい。
作家がすべて自覚的であれ、というのではないが、小説の品質という点でやや停滞気味な今、もっと新しい視点を持った作家が誕生してもいいのではないかと思う。そういう意味で、ここまで「小説」のあり方を突き詰めて考えている奥泉光といとうせいこう(がもし再び小説を書くことがあれば)の二人は、今後注目に値する存在だと言えるだろう。
それにしても、いまだかつて、この本のように本文よりも注の方が難しい本があっただろうか、いやない(反語)。確かに「イロニー」だとか「テキスト論」だとか、小難しい用語がちょこちょこ出てはくるのだが、会話の流れの中でも説明されているので、わからないなりになんとなく読めてしまう。しかし、それに対する渡部直己による注が小難しくてさっぱりわからん。渡部直己に恨みはないが、注はほとんど読み飛ばさせていただきました。
投稿元:
レビューを見る
その名の通り笑いながら、とっても楽しく読めるブンガク入門です。フィクションを書く方はもちろん、ノンフィクションを書く方にも参考になると思います。
投稿元:
レビューを見る
ライブを先に見に行って、現場で購入。ライブも精力的なので、これからシリーズとして本も増えていくかと思うと楽しみでならない。別角度の本の読み方を教えてもらえるような気がする。ストーリーだけがすべてじゃないよね、うんうん。
投稿元:
レビューを見る
漫談を文章にしてるんで、空気感とかわからんのが悔しい!
書籍好きな人ならニヤニヤしたり大爆笑したりできるのではないかと。
思い出したように読んで笑ってます。
投稿元:
レビューを見る
やっと読み終わりました。
まだまだ初心者の私には読んでいな本や
知らない作家が多く読み進めるのに苦労いたしました。
もっといろいろなことを知りたい、もっといろいろな本が読みたいと思わせてくれました。
多分もっと本を読んでから読んだら、もっとわかると思います。
投稿元:
レビューを見る
この人たち、どれだけの本を読んでるんだろう。なんでこんなに頭の回転が速いんだろう。今もライブやってるのかな。生で聞いたらもっと楽しそう。
投稿元:
レビューを見る
楽しく読めて、そして楽しく勉強になりもうした。
ここから膨らませなくてはなりません。
それは自分でシマス。
私もアホな読解者になっているような気がします。
育て、自分。
投稿元:
レビューを見る
純文学とそれ以外の文学を分ける一線(もし分ける必要があるのならだけれど)、それは自らが属するジャンルに関する自己言及とその不可能性への思慮の有無だろう。文学は、人間の誕生とともに発生し、本の売れ行きに変動はあるかもしれないが、人の営みとしては一向に進化せず、かといって退化もせず、人間の誕生という瞬間的な皮膜に常に立ち戻る可能性を秘めている。一つ一つの小説に言及しながら、彼らが語っているのは、紛れもなく文学であり、その語り口は軽妙にして諧謔にあふれている。芸として見事。
投稿元:
レビューを見る
漫談、というものがよくわからず、タイトルにとまどいましたが、どうやら演者が立ちながら世間話的なトークを行う形式のものを言うそうです。
漫談士として登場するのは、芥川賞受賞作家の奥泉光氏と、クリエイターのいとうせいこう氏。
二人とも、文学がなんたるかを知っている、エキスパートではありますが、それをバカバカしく下らないトーンにのせて面白おかしく話して見せるのも、これまた一種の才能。
二人の息のあったノリツッコミの掛け合いが小気味よく、ライブのテンポのよさが楽しくて、すらすら読んでいけますが、難しい構造論的な話になると、わかるようでよくわからなくなってしまいます。
二人には共通認識で分かっている事柄でも、私にはぐっと難解で、噛み砕いて教えてくれていても、その対象事項に関する前後関係なども理解していないと、把握しづらい文芸潮流がいくつも出てきます。
二人の会話をサクサク追ってはいけるものの、内容理解の点では脱落しそうになりました。
あまりに複雑な事項に差し掛かると、彼ら自身が「この問題はあまり突っ込むと面倒なことになる」とか「あまり深入りしないで先へ進みましょう」などと言って、話題を変えたりします。
難解さを避けるためだとは思いますが、話題が中途半端になり、もやもやすることもありました。
テンポに載せると、詳細な説明はしにくくなるのでしょうけれど、話が中途半端で変わったりしないよう、もうすこし簡単な内容を採り上げてもよかったのではとも思います。
ただ、ニッチでマニアックな事項にこそ、専門家二人の独自の把握力が発揮されるものなので、一般的すぎる話題に終始すると、刺激のない内容になってしまうのでしょう。
上記のような難しすぎる箇所はさほど多くなく、理解できる話題においては、すこぶるおもしろい内容でした。
二人のほがらかさと明るさ、トークを自分たちも楽しんでいる様子が前面に出ています。
奥泉氏がボケ、いとう氏がツッコミ担当ですが、奥泉氏も相当変わっていて、常に蝶ネクタイ姿だということが文面からわかります。
南仏での作家紹介イベントの時に、自分のブースでフルートを吹いていたという話を聞いて、(そんな作家がいるとは)と愉快になりました。
その後も、ちょくちょくフルートネタは登場します。実際プロ並みの腕前だとのこと。
「最近の私小説的なもので、部屋のシーンで必ず登場人物にマグカップを持たせる点が嫌だ」というのは理解できますが、「鵜飼いの鵜が嫌い」などという謎の発言もあり、独特の感性が披露されていました。
二人の文学素養の深さには驚きます。
折口信夫がゲイだったというのは衝撃でした。
また、セカチューがタイトルをほかの作品から引用したという話は漠然と知っていましたが、正確には「世界の中心で愛を叫んだ獣」という短編があり、そのタイトルを引用したアニメが作られ、さらにそのタイトルをほぼ使用したものだということも知りました。
タイトル勝ちしたような作品ですが、あのはっとするタイトルは、オリジナルではなかったのは残念です。
そういえば著者がつけたタイトルは『恋するソクラテス』でしたね。
また、ミルンの『くまのプーさん』には、父親と子供だけ登場し、母親不在の話だということも、子供の頃読んだ折には気がつかなかった点でした。
さらに、いとう氏と親しいみうらじゅん氏の「ひとは"私探し"ではなく"私なくし"のためにこそ旅に出る」という言葉が紹介され、(名言だ)と思いました。
息があった、いいコンビの二人。
ほかにもこの二人による漫談集が出ているようなので、読んでみようと思います。
投稿元:
レビューを見る
この本を読んで、小説が楽しく読めるようになるか、または書けるようになるか、は全然わからない。けれども、この人達の会話は面白い。イロニーとか、世界を言葉で捉えることの難しさとか、難しい語り口で読者を煙に巻こうと思えば、巻けそうな題材を軽妙なやりとりで語り尽くす。でも、この人達のように小説を楽しんで読めるようになれるかは、やっぱり疑問。この人達だからこそ、みたいな所が大きいんじゃないかしら。でも、新しい視点が得られる感じがして、この本自体は楽しい。
投稿元:
レビューを見る
読みはじめたときは、「どんなテンポで喋つてたんだらう」といふことが気になつて、なかなか進まなかつたが、すぐ慣れたのだらう、あつといふ間に読み終つてゐた。
You say you wanna revolution? ジェイぢやないんだから、といふつつこみはさておき、「世界を変へたい」といふ気持ちはどの世界でも重要なのかもしれない。世の中はいい方向に向かつてゐる、と思ふ気持ちも。
投稿元:
レビューを見る
軽い文体(・・・漫談だから当然だけど)なのに、内容は深いかもしれない。
「言葉は外からやってくる」とか、「破壊してからの再生」とか、「ねじれ」。
外国文学では、詩が核となっているけど、日本ではそれがないので純文学がある。
漫談ってよくわからないけど、とても楽しく読めた。
読んでよかった、と思う本。
投稿元:
レビューを見る
ワカンナイ。
他のレビュアーはみんな比較的面白がって読んでいるけど、何がどうわかったのか聞いてまわりたい気分である。興味のある分野だけに、特に。
「漫談」ではあるけど。「漫談」なんだけど。
ただ、やっていることがわからない。その「わからなさ」については追々書いていくとして。文章を書いたり読んだりすることには(学生期も含め)もう15年は携わっている身としては、心を折られる思いでした。
「文学入門」ではないなと思った。
「文学入門」にしては、前提として要求される知識が大きいぜ、と思った。
もう負け気分で書いているので非常に僻みっぽくなりますが。
あえて言うならば、いわゆる今の文学と、実世間の間に断絶があるとすれば、これが「文学入門」だからなんじゃあないかと思うのだった。まだこの本の中で「国辱」とされていた『テクストを遠く離れて』のほうがわけがわかった。「云っていることがわかる」という意味においては、であります。
じゃあ、ここにある一種の「断絶」って、単に読解力や知識量、アカデミックな素質だけの問題なんだろうか。
そうかもしれないが、そうでもない気がする。
この断絶を乗り越える方法が無いものか、ずっと首をひねっている。
投稿元:
レビューを見る
文庫だと『小説の聖典(バイブル) -漫談で読む文学入門-』というタイトルに変わっていますが、個人的には旧題のほうが思わず手に取りたくなるタイトルで好きです。
小説家奥泉光といとうせいこうがボケ・ツッコミに分かれて漫談形式で文学について語るという本(実際に人前でおこなった漫談をもとに構成)。文芸評論家の渡辺直己が二人のやり取りに対してさらなるツッコミをいれるような形で、注釈を加える構造になっています。
漫談という看板を掲げているだけあって、笑えておもしろおかしくすらすら読めます。その実、話している内容は非常に高度。立ち止まって考えだすと、考え込んでしまってページがすすみません。でも、そうやって考えることがとても楽しい。笑いながら勢いで読んで楽しんで、そのあとじっくり読んで楽しむという二重の楽しみを味わえる本です。
「物語」と「小説」の違いや、「ギャグ」と「ユーモア」と「イロニー」の関係性など、うなずけるところ多々あり。
小説を読んだり書いたりするときの基礎となるような本で、まさに文学入門。