紙の本
矛盾に向き合う勇気
2021/05/22 21:18
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:第一楽章 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「本書は社会心理学を俯瞰する教科書ではありません。人間を理解するためには、どのような角度からアプローチすべきか。それを示唆するのが本書の目的です。(中略)問いの立て方や答えの見つけ方。特に矛盾の解き方について私が格闘した軌跡をなぞり、読者と一緒に考えたい。人間をどう捉えるか。願いはそれだけです。」(P.19)
なるほど、読み進めていくと、人間の心理や認知がいかに社会という環境に左右されやすいものか、これでもかというほど豊富な論拠とともに示されます。
驚くべきことに、そして多くの人にとっては抵抗を感じるでしょうが、筆者は文化や血縁といったものの連続性、同一性は錯覚だ、と断じます。
「文化も血縁も実際には断絶があります。しかしそれが見えずに、さも民族が連続しているかのように錯覚する。この心理メカニズムについて考えましょう。(中略)
変化が極めて小さければ、同一性が維持されていると我々は認識します。もし人間の感覚に探知されない程度の変化が徐々に生じるならば、時間が経過して変化の総量がかなりの程度に達しても、同一性が中断された事実に我々は気づかない。
対象の異なる状態を観察者が不断に同一化する。これが同一性の正体です。時間の経過を超越して継続する本質が対象の同一性を保証するものではない。対象の不変を信じる外部の観察者が対象の同一性錯視を生むのです。同一性の根拠は対象の内在的状態にではなく、同一化という運動に求めなければなりません。」(P.317〜320)
歴史や進化はあとから振り返ってみればあたかも一貫した何かがあるように見えるがそうではなく、その瞬間瞬間の変化の積み重ねであり、仮に過去のある一点から歴史をやり直せば違ったものに収束するだろうと論じます。
圧巻は第13講の「日本の西洋化」に関する論考です。なぜ日本は欧州などに比べて「閉ざされた社会」なのに、西洋の勝ちを取り入れる「開かれた文化」たり得たのか。この、一見して矛盾に見える点を粘り強く考察し、ある結論に辿り着きます。それはぜひ本書を読んでください。
この矛盾を説明すべく、フランスという異文化の中で研究を行なってきたことを振り返り、小坂井氏はこう述べています。
「しかし矛盾に陥った時に、安易なごまかしをしてはいけないと私が言うのは倫理的意味からではありません。矛盾が想像を生む泉だからです。知識とは常識を破壊する運動です。常識や従来の理論ではうまく説明ができないから、矛盾が起きる。」(P.341)
「慣れ親しんだ思考枠から脱するためには、研究対象だけ見ていても駄目です。対象を見つめる人間の世界観や生き方が変わる必要がある。」(P.350)
「自然科学は新しい発見がどんどん生まれる世界です。(中略)しかし人文・社会科学の世界では、新しい発見など、そうはありません。世界中を見回しても一世紀にいくつと数えられるほどでしょう。自然科学と同じ意味で学問の役割を評価するならば、人文・社会科学は何の役にも立ちません。
しかしそれでもよいではありませんか。時間が許す限り、力のある限り、自分自身の疑問につき合ってゆけばよい。文化系の学問は己を知るための手段です。あなたを取り巻く社会の仕組み、あなたがどのように生きているのかを知る行為にすぎません。」(P.392)
若い研究者に、さらには日々さまざまな矛盾を抱えて生きている我々に、なんと勇気を与える言葉ではありませんか。
紙の本
読み応えがある
2015/01/19 10:32
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投稿者:松山富士夫 - この投稿者のレビュー一覧を見る
なかなか前に進まないが、読み応えがあり中味が濃い。
紙の本
砂上の楼閣設計士
2017/12/02 15:04
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:病身の孤独な読者 - この投稿者のレビュー一覧を見る
現在の「社会心理学」の方法論を疑問視し、著者自身が「社会心理学」の対象を定義しなおす。その後は、社会心理学の古典的研究を基礎にして考察を記述している。良い表現をすると「学際的」であるが、評者の観点からすると浅はかな知識と薄い考察の羅列にしか見えなかった。
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書評を読んでチェック。
http://blogs.bizmakoto.jp/deguchiharuaki/entry/16746.html
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心理学の理論から社会制度や人間の本質に切り込んでいくところが何とも迫力がある。世の中虚構があふれているが、それ故に成り立っているというのは正しくその通りだろう。
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*****
じっくり時間をかけて読んだのでまだ消化しきれてない。
人を、社会を、心をどうやって捉えるか、
読みながら自分の根本的な考え方を参照できる良書。
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「社会」の「変化」という概念が長らく論理矛盾を起こしてきていた、というのは新たな着眼点であった。その違いは、社会を「理想状態がある閉じた系」と捉えるのか「変化し続ける開かれた系」と捉えるのかの違い。
「アカデミズムも時代の要請を濃厚に反映する」といった主張にも通じるが、現代においては「変化への対応力」が濃厚に問われるようになっている。レジリエンスという概念が着想されることにも通ずる。
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社会心理学という言葉に全くなじみがなく、小坂井さんの他の著作を知らなければ、多分手に取ることさえなかった本。
小坂井さんの本は「民族という虚構」「人が人を裁くということ」で知っていた。この「社会心理学講座」は、これらの本も含め、これまでの著者の研究をまとめて著したもののようだ。
多分それが原因なのだと思うのだが、題名通り「社会心理学」について、幅広く触れられているため、網羅的ではあるのかもしれないが散漫であるとも感じられる。
学術的な論文では必須なのかもしれないが「誰それの研究によればこう」という文章が多く、外人さんの名前がたくさん出てきて、それを追うことに疲れてしまうところがあった。
この本は14講に分かれている。特に第8講「自由と支配」などは、会社生活を思い浮かべ、なるほどそうだなぁ、と納得できる記述も多数あり、読みにくさを差し引いても、読む価値ある本。
「この著者が基本に据えている考え方が「社会が安定していなければ落ち着かない。しかし変化しないと進歩はない」という矛盾にあり、これが「人間とは何だろうか」という永遠の問いに対する大いなるヒントにつながっている。
人間は動物ですから、寝ている間に寝首をかかれるのはやはり、イヤです。安心して眠れる、道を歩いていても山賊や海賊に襲われる心配もない安定した社会がやはり一番重要です。著者の言葉で言えば、「社会は同一性を保っていないと落ち着かない」のです。
しかし一方で、ダーウィンの進化論にあるように、変化をしなければ社会が存続しなくなってしまいます。人間の面白いところは、同一の存在でありながら、変化を続けていくことにあります。たとえば、一カ月前のあなたと今日のあなたは、体の細胞は合成と分解を繰り返し、入れ替わっています。しかし、あなたはずっとあなたです。これを生命の動的平衡と言います。社会も、同一でありながら長い目で見れば変わっている。この社会における「同一でありながら変化を続けるという矛盾」をどう理解できるのか、この本は、この難問に挑戦して、その答えを全体として捉えようとしている本なのです。
人間とは果たしてどういう動物で、その人間がつくる社会はどういうものなのか。学問が追求すべきは、人間とその人間が作る社会全体の本当の姿を追い求めることにあると思います。しかし医学の世界にしろ経済学にしろ、狭い専門領域のたこつぼに入り込み過ぎて、専門家同士にしか分からない会話をして、専門外の人にはちんぷんかんぷんでも、それで良しとする態度が当たり前になってしまいました。その弊害として、全体を俯瞰しようという試みがなおざりにされていると思います。しかしこの本は、社会全体を捉えることに作者が必死に取り組んでおり、その気迫が感じられ、読んでいるうちにその気迫が乗り移ってきます。
僕自身も、この本からは多くの考えるヒントや知恵をいただきました。」
という出口治朗氏の書評が印象的です。
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大学の講義をもとにして書いた本であるそうだが、社会心理学を初めて学ぶ学生ではなく、ステップアップとして読むと、とても役立つと思う。しかし、これを読んでしまうとなかなか卒論を書く事は難しいかもしれないが、理解すればすごい論文がかけるであろう。大学院生向けの本かもしれない。
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経済雑誌で紹介されていた。
とても面白かった。
現在の社会心理学の現実が極めてうまくまとめてあり、
心理学専攻の学生でなくても十分に楽しめる内容だった。
特に、ホロコーストに関する研究をまとめ考察した部分が興味深かった。
(ホロコーストの実際の担い手は、反ユダヤ人主義のナチス・エリートではなく、戦場には赴くには年をとりすぎた普通の人々であり、
そういう人々が、合理的・効率的に行えるように、
つまり心理的負担が少なく行えるように、
作業分担や、銃殺ではなく毒ガス室の利用開始、反ユダヤのプロパガンダが必要だった、という考察)
理解しきれていない部分があるので、是非、再読に必要がある。
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「意志は行為の出発点ではなく、後から作られたもの」、「自由であることが支配を維持する」など逆説的な内容が刺激的でした。
意志が後から作られたものだとすると、自分たちが心の中に持っている悩みはそれほど大げさに考える必要はないんじゃないかと思えてくる。
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ライフネットの出口さんの書評より、読んでみたのですが、数々の"常識"を揺るがすような実験や引用、言葉が多く、思考させられる刺激的な本でした。
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本の内容を理解するのは大変で時間もかかるが、とっても興味深い本である。
意思から行動するのではなく、行動した後に意思ができる。
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本質という確たる存在があるのではなく、すべては関係性の中でとらえられるということが腑に落ちた。
日常でよくある、どこかに確かな真理たるものや結論、責任さがしをすることの虚しさが理解できた。
何回も読まないとなかなか理解には至らないが、人間と社会を考察するために非常に有益だった。
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異質な生き様への包容力、世界の多様性を受け止める訓練。これが人文学の果たすべき使命。との主張から「役に立たない」が、「己を知る、少しでも納得する」ために学問する。内容的にはやや難解だが、読み応えはある。
<印象に残った箇所>
・服従者は命令者への責任転嫁により何でもできるようになる
・科学が進めば進むほど主体性は消えてゆく。心理学は主体の消滅というパラドクスに陥る
・相関関係と因果関係は区別可能か?
・個人主義者ほど強制された行為を自己正当化しやすい。したがって認知的不協和の緩和のために、意見を変える
・自信のある者、知能の高い者ほど自己決定権が高いと錯覚するので意見を簡単に変える
・異質性よりも同質性の方が差別の原因になりやすい
・同一性の変化は主体と客体の関係、そして時間によって錯覚される
・日本は「閉ざされた社会」であり「開かれた文化」(社会の閉鎖性と文化の開放性)
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かつて同著者の『民族という虚構』(ちくま学芸文庫)を読んで非常に共鳴するところ多く、感銘を受けたので、この本を買ってみたのだった。「選書」に収まった地味なパッケージで、書名も、心理学に興味のある人以外は手に取らなさそうなものであるが、これは凄く良い本だ。できるだけ多くの方に読んで欲しい。いずれちくま学芸文庫として出版されることを期待する。
自然科学的手法だけでは解読しきれない「心理」の学を、「科学的見せかけ」にとらわれず、縦横に論を展開する本書は、心理学上の豊穣な実験データを収録すると共に、社会論であり、哲学でさえあるような、優れた知的営為の結実である。
ミルグラム『服従の心理』(ハヤカワ文庫)のあの実験も含め、たくさんの心理学実験を本書は紹介してくれるが、我々の常識をくつがえすようなものばかりで、これだけでも本書には価値がある。
そうした実験結果を受けて、西洋の近代がたいせつに育んできた「個人主義/自由/意志」といったものを、それ自体自立した閉鎖系としては、否定する。人間は常に、無意識レベルでも社会や他者とに影響されて行動する。「選好」ですら、ほんとうに自律的な個人の感覚だけに由来するものではないのではないか。
ただし、思うに、個人主義的思考を完全に廃棄してしまうことは危険だ。私は
、個人と場所/社会/他者を地続きの流動体として考えるが、モナド的「個体性」は消失するわけではなく、ただ、「静止的モデル」としてのそれの概念を批判したいと思う。
この本は他にも、実にたくさんの問題系を含有しており、思考の材料をほとんど無数に提供してくれる。
デュルケームに拠りながら、社会が正常に機能して多様化が進めば、独創的才能と同時に、個性的な「犯罪」が頻出するのも必然だ、とする指摘には驚かされた。もちろん、だから犯罪者を罰するななどということではなく、正常な社会が必然的に犯罪を生み出すという構造を明らかにしているだけだ。
とはいえ、最近の日本を見ていると、確かに「異常に猟奇的な」殺人事件など多いようだが、それらは割合に共通の傾向を持っていて、「個性」はあまり感じない。日本国内の世論は最近とみに類型化(二極化)してきていて、本当の「多様さ」とは違ってきていると思う。これでは、まだビッグな才能は出てこない。
ともあれ、他にも「異質性よりも、同質性が高まるから差別は生まれる」など、なるほどと唸らされるような指摘がたくさんあって、本書の有用性は語り尽くせない。本当に、みんなも読んでみたらいいと思う。