紙の本
魔王と悪党
2007/01/13 17:17
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
軍略家として傑出した人物とされる正成が、なぜ天皇に忠義を尽くすような行動に出たのかという動機や背景は、関心を持たれるところだろうと思う。本作では史実には現れないその行動原理、生き様を解き明かそうとしている。当時の価値観として割り切ることなく、河内の土豪である父の影響などによって、現代人にも理解の出来る合理性を持つ人物像を生み出すことに成功している。陸路、海路の物流から上がる利益に着目するのも現代的であるし、それを河内周辺から周辺部に広げて行こうとする意欲は、ちょうどこの時期から各地の産物が流通し始め、工芸の伝統が生まれ始めることに同期していてタイムリーな設定であり、正成の慧眼を示していることも読み取れる。
その人物像の上で、鎌倉幕府制度の下での武士による統治の限界によって生まれた悪党と言われた存在に該当するのだが、これを農民と武士の中間の新しい層として位置付け、世の中の変革のための鍵とすることが正成の思想になる。ちょうどそれが後醍醐天皇(このストーリーの中ではむしろ息子の大塔宮)の倒幕の動きにリンクし、二人の結び付きが生まれる。
こういった設定が必ずしも事実であったとは言えないだろうが、人物の主体性を求めるとすれば、説得力のある答えになっている。歴史小説という形ゆえになし得たことであり、例えば司馬遼太郎らの作品が歴史上の人物に対する日本人のイメージ固着に大きな影響を与えたのと同じように、本作も古典的な作品たりうると思う。
登場人物も赤松円心、北畠顕家、伊賀の金王盛俊、それに足利尊氏、高師直(!)などが熱い心情を持って生き生きと描かれ、時代の大きなうねりを感じさせる。正成が猿楽などの芸能民を支援していたという設定も目配りが効いているし、これが最後に思わぬ展開を生むことには仰天しますよ。滅ぼされる側に立つ守護大名などの視点があまり出ないところは物足りないし、悪党の位置付け、悪党らしく生きるという正成の意識も単純化し過ぎてないかという疑念も感じるが、むやみに話を複雑にするよりはテーマを浮き出たせるだろう。
最も感銘を受けたのは、巧妙な戦術で快哉を得た千早城の戦いが、その内実は文字通り気の狂いそうになる、精神、体力ともにギリギリの籠城戦であったという描写だ。それは考えてみればその通りに違いないことを改めて気付かせられたし、正成にとっても精神遍歴上の大きなエポックになったと見る作者の眼力も見事。
ストーリーは尊氏を九州に追いやったところまでで終わっている。湊川の合戦まで描かれなかったことにはむしろ安堵する。それは読みたくない。だが正成を死すべき戦いに赴かせたのが何者であったかまでを追わなければ、本当に物語としては完結しないということもまた言える。
投稿元:
レビューを見る
全2巻。
北方太平記。
で。
楠木正成。
期待しすぎたとこがあります。
一番の山場を意識的に避けてる。
でも読みたかった。
投稿元:
レビューを見る
2009年01月 7/7
2011年12月 02/075
再読。熱い、熱すぎます。
足利高氏に綸旨が出た時の無念さに心打たれます。
はがゆさ、熱さを感じれる一冊。男子必読です。
投稿元:
レビューを見る
太平記物で楠木正成は正義の味方ですが、北方版はやっぱり一味違いますね。
悪党の概念を盛り込みつつ、尊皇の人物として描かれています。
単なるヒーローではなく人間臭い分、物語として面白かったです。
投稿元:
レビューを見る
父に北方太平記をどさっと借りて、まず読むことにしたのがこれでした。入り口としてはとてもよかったですね、わかりやすくておもしろくて。
北方謙三の正成像は、現実主義で、機を見るに敏、利に聡い男。でも同時に見果てぬ夢を抱いていて、自分の現実性を夢のために使う。ある種の矛盾のある人物像なんだけれど、読後に残る印象は、筋の通った一本気な男、というもの。
苦しい苦しい千早の籠城戦がやはり一番の山場ですね。耐えつづけることのすさまじさもあるけれど、それ以上に、このときは正成を中心とした心のつながりがもっとも強かった。赤松円心とも、大塔宮とも、このときは確かに繋がっていたのだと思える。夢が一番近づいた瞬間。それを横から突き崩した足利尊氏が、魅力的で、どこか正成とも通じ合う部分を持つ男という風に描かれているのが皮肉というかなんというか。
読了当時は、「湊川」と言われてもピンとこなかったわたしですが、正成が湊川で迎える最後まで描いていないのがまたいい、と他のいろいろを読んだ今なら思えます。
投稿元:
レビューを見る
どんなキレイごとを述べたところで、人の動機は
損得勘定から生まれるということがカッコ良く書いてあります。
覇軍の星から読んでしまったので、足利憎しの感情がどんどん高まる。
投稿元:
レビューを見る
再読。
高校時代に読んで以来だったが、やはり面白かった。
楠木正成を通して男の美学、生き様を描いているが、正成がとにかくかっこいい。
上巻は動乱の序章、徐々に盛り上がっていくさまは心踊らされた。
投稿元:
レビューを見る
悪党・楠木正成と大塔宮護良が倒幕に立ち上がるまでの葛藤などが多く派手さは無いけどワクワクする。下巻が楽しみ。
投稿元:
レビューを見る
悪党のおはなし。建武の新政のキーパーソンも商人肌だったという見方がおもしろい。
やっぱり本当に悪いのは天皇の延臣なんだよな。
上巻は本番前。下巻はバトル物の予感。絶対下巻からのほうが盛り上がる。
新田義貞からのつながりで楠木正成につながったんだけど、この物語ではいろいろとイメージと違う。
まず、正成は後醍醐天皇とほとんどつながっていない。足利尊氏や新田義貞とも全然つながっていない。つながりを持つ護良親王が暴れん坊でなく、なんかインテリイケメンで納得いかない。
楠木正成は後醍醐天皇とつながって幕府転覆を図った人物だと思っていたんだけど、この物語では腐った幕府を倒したい一悪党でしかなく、朝廷も腐ってると思っている。いや、だからこそ、護良親王を起てて政治機構のリセットをしたかったという考えなんだろう。たしかに、建武の新政の後に護良親王は天皇や足利家と対立関係になった。これは、護良親王が追いやられた理由を深読みしての人間関係弾だろう。そういうことだったのかな。
高氏や義貞とつながりが薄いのも、武士の幕府をもう一度作りたいわけじゃないという解釈からだってことだな。
じゃあどんな世の中を求めたかというと、朝廷や幕府や寺社などの権力機構に不当な虐げを受けない「自由な世の中」ってことだろう。
当時の商売はいたるところで税金を払わなければいけなかった。行商をするにも各地の関所で関税を払わねばならない。そもそもあらゆる種類の専売権が権力者に握られていて、自由な商売なんてできない。つまり、権力者ばかり儲かって、庶民はどんなに頑張っても裕福になれない社会だった。
正成は悪党の家系だった。だから庶民の声がわかった。腐りきった世の中をリセットしたいと思ったんだろう。それゆえの商人設定。
この小説を読むと、正成が目指していたのは織田信長の楽市とかそういうところだったんだろうなと思う。自由な商売によって経済を発展させ、それによって民がみな豊かに暮らせる世の中。
北方謙三の解釈はこういうものだったんだろう。
__
楠木正成は戦時下の皇国史観で「忠臣の鑑」とされていて、そのイメージが強かったからこの小説はちょっと異論なんだろうか。
でも、史実が素直じゃないのは当然で、案外この見方はリアルなのかもしれない。
悪党というのは幕府(時の権力機構)に逆らってるものという意味だが、その実は本当に世の中のことを憂いている人物なんだな。正義は人の数だけあるというが、正成の正義は至極真っ当だったんだろう。正成もまた時代に早過ぎた人物。もとい歴史の礎になった人物である。
最近読んでる司馬遼太郎の「国盗り物語」の斉藤道三につながってる感じがするんだよなー。
投稿元:
レビューを見る
権威と権力が乱立し、混乱期にある国にあり、「悪党」として、大きく戦う道をあえて選んだ武士。 自らの秋(とき)を待ち、拠って立つところから動き初める…。 のちの北方作品、三国志・水滸伝シリーズに通づる雰囲気も感じながら、まだ粗さが多く残る。 下巻で盛り上がりは来るのか。
投稿元:
レビューを見る
なんだろう?決して悪くはないんだけど、いまいち北方の真骨頂が見られていない気がするのは。人物の造形かな?なんかこう、「夢中になって読み進める」ってところがない。
まあ、下巻に期待。
投稿元:
レビューを見る
各地の悪党を糾合してゆく楠木正成。北方時代劇の定番といえば定番だが、流通網を掌握することで利益を上げる広域的な陸運という新しい商売を開拓してゆく部分などは、やはり読んでいて楽しい。
また、各地の悪党との語らいも、ネットワークの構築というだけでない独特の味がある。
反面、時代が動いてゆくことの根拠というか時代背景のようなものがよく見えない。なぜ悪党がこのままでは生き残れないと思ったのか、なぜ天皇親政を目指す必要があるのか。民の暮らしぶりが苦しくなっているとか、そういったところを丁寧に書き込んでもらうと、もっと物語に入り込めると思う。
芸能の世界との交流も興味深く、北方センセが芸能の社会的機能について突っ込んで考えているのがよくわかる。
投稿元:
レビューを見る
「武王の門」で歴史小説にデビューした北方謙三の南北朝もの最後の本です。
著名な楠木正成を主人公にしているだけに、「武王の門」「破軍の星」の主人公のような若武者の鮮烈さはありません。しかしやはり北方さん、それでも立派な歴史ハードボイルドです。
本当の正成はどんな人間だったのでしょうか?話には聞くものの、ほかに正成を描いた作品を呼んだことが無いので、私の中には固まった正成像はありませんでした。研ぎ澄まされた文体で男の生き様を描き出す、そこが北方さんの作品の魅力ですが、今回もちょっと格好良すぎる正成像が素直に私の中に入ってきました。
投稿元:
レビューを見る
従来自分が楠木正成に対して持っていたイメージは天皇家に最後まで忠義を尽くした忠臣という典型的なものだったが、朝廷との関わりが強いわけでもない楠木家の出でそこまで忠義を尽くした理由は腑に落ちず疑問も感じていた。それに対して、この作品で描かれている正成は、初めから忠臣であったのではなく、流通経済の発展の中で成長し始めた「悪党」(注:必ずしも悪事を働く輩ではない)の類であった楠木家の生きる道を、武士の力による支配を脱した後の天皇/朝廷の世に見出そうとした人物として描いている。その夢は空虚な理想に過ぎず、儚く散る運命が待っていたわけだが、一人の漢の生き様としてはこちらの方が現実味があり、悲哀と共に共感を覚えた。
朝廷から鎌倉へ一旦は移った中央集権による統治が瓦解して、南北朝争乱~応仁の乱~戦国へ時代が流れて行った原動力は、武士にしろ商人や寺社にしろ地域に根差した勢力の台頭であったと認識しているが、この作品はその萌芽を体感させてくれる点でも面白かった。
投稿元:
レビューを見る
<上下巻を通してのレビュー>
ときは鎌倉末期。幕府の命数すでに無く、乱世到来の兆しのなか、大志を胸にじっと身を伏せ力を蓄える男がひとり。
その名は楠木正成。
街道を抑え流通を掌握しつつ雌伏を続けた一介の悪党は、倒幕の機熟するにおよんで草莽のなかから立ち上がり、寡兵を率いて強大な六波羅軍に戦いを挑む。己が自由なる魂を守り抜くために!
同時代の「悪党」をはじめ、様々な人々の角度から見た本もありますが、
その中でも楠木正成の魅力に匹敵する人物はいないように思います。
この時代に物流の大切さを逸早く理解していたのが、楠木正成でしょう。
大塔宮との運命の出会い、赤坂城の戦いや千早城の戦いのあたりは、読んでいて心がスッキリします。
欲をいえば、湊川の戦いに至る経緯や戦いの模様が割愛されていたのが残念です。
「楠流軍学」を基にしたビジネス書などがありますが、あの戦い方は楠木正成にしか出来なかったと思います。