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天国が降ってくる
著者 島田 雅彦
主人公・葦原真理男は、九州の没落した旧家の末裔。新聞社に勤める父親の転勤によりロシアに暮すが、高校受験のために単身で帰国。父の友人の若い大学助教授・中之島妙子の家に寄寓し...
天国が降ってくる
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商品説明
主人公・葦原真理男は、九州の没落した旧家の末裔。新聞社に勤める父親の転勤によりロシアに暮すが、高校受験のために単身で帰国。父の友人の若い大学助教授・中之島妙子の家に寄寓し、異国からの転校生として特異な日常が始まる。高速回転する真理男の精神は、やがて晩年の感覚を所有し、自己昇華をめざす。パロディを駆使し、自意識を追究した、島田文学の初期集大成。
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紙の本
言葉の一点突破、あるいは真理を知るための唯一の方法
2001/11/05 22:29
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:KAJKEN - この投稿者のレビュー一覧を見る
ビートルズの中期作品で『I am the walrus』という曲がある。その曲の出だしはこんな感じだ。
——僕は彼で、君は彼で、君は僕で、僕らはみんな一緒なんだ——
『天国が降ってくる』執筆にあたって島田雅彦がモチーフにしたのは、自意識の壁を取っ払ってしまうこと。つまりかぎりなく他者との敷居を低くしていくことで同化を試みる魂の、その痕跡を標すことだったと言えよう。例えば僕たちが他者との同化を求める瞬間、恋愛の最中であったり、親から注がれる愛を受けようと身構えるような時、自ずとその対象に心を開こうとするはずだ。自分を受けいれてもらうことで、他人を受け入れようとする、というのが、この行為の基本的手段であるからだ。
しかしこの小説の主人公葦原真理男は違う。他者に心を開く、という感覚がそもそも欠落してしまっているのだ。その教育課程において親から見放された真理男には、義理の叔母妙子や、妹りりかとの擬似恋愛の中にしかその魂の拠りどころを見出せない。さらにその体験すら、一度言葉に「変換」することでようやく体験として消化できるのだ。
この物語は、悲しい「一人あがき」のお話である。冒頭のビートルズの詩ような「他者との一体感のある世界」、ユートピアをめぐって、主人公が果てしなく苦悩し、もがきぬく、救いがたい小説なのである。
しかしその救いがたさゆえに、この物語は圧倒的スピード感をもって読者の胸に突き刺さる。ここで島田雅彦が成し遂げたのは、終末のカタルシスへの予感だけで読ませるという、現代小説におけるストーリーテリングのもっとも先鋭的な離れ技であると言えるだろう。