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転落・追放と王国(新潮文庫)
パリでの弁護士生活を捨て、暗い運河の町・アムステルダムに堕ちてきた男、クラマンス。彼の告白を通して、現代における「裁き」の是非を問う、『異邦人』『ペスト』に続くカミュ第三...
転落・追放と王国(新潮文庫)
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転落・追放と王国 (新潮文庫)
商品説明
パリでの弁護士生活を捨て、暗い運河の町・アムステルダムに堕ちてきた男、クラマンス。彼の告白を通して、現代における「裁き」の是非を問う、『異邦人』『ペスト』に続くカミュ第三の小説『転落』。不条理な現実、孤独と連帯といったテーマを扱った六篇の物語からなる、最初で最後の短篇集『追放と王国』。なおも鋭利な現代性を孕む、カミュ晩年の二作を併録。
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紙の本
砂漠ーパリーアムステルダム
2015/07/04 21:31
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
アルジェリア出身のカミュは、その地に強い愛着を持っていたのだと思っていたが、この「追放と王国」の中の作品では、登場人物は砂漠の世界から激しく拒絶される。
都会にいるうちなら悠々とした暮らしを満喫していたかもしれないが、辺境の地へ行くと、その気候が、習俗が彼らに疎外感を与える。政治的な風当たりがむき出しになって苛みに来る。魔術的な神の住む土地に赴いた宣教師、小学校のただ一人の教師として赴任した男、おんぼろバスで移動する夫婦、彼らの中で何かが壊れていく。その壊れていくものが何か示されていくわけではないし、壊れ方も人によって様々で、何か共通するものがあるようには見えない。ただ生命が静かにしぼんでいくかのような瞬間が現れるだけだ。
人々に悪意も拒絶も無く、あるがままに受け入れているのだが、何か壁があるというようにも見えない。それはほんの少しの歯車のずれに過ぎないのではないか。
アルジェリアだけではない。新しいテクノロジーに市場を奪われつつある小さな工場でのストライキ、むろんうまく行かないが、人情と信頼は変わらない。だがそこで何かが壊れてないだろうか。アマゾン流域に護岸工事のための技師として赴任した男は、ここではなんのわだかまりもなく現地の人々からの歓迎を受けるのだが、文化の壁を乗り越えるための疲労が彼を蝕む。才能を開花させて画家として大成した男の一生では、もちろん悲しみ苦しみも数多くあるのだが、生涯を通じて覆われる悲しみとはなんだろうか。
「追放と王国」の作品群では何もそのありかを語ることはなく、文体の中に静かに横たわっているのが感じられる。苦痛や悲劇はあっても、それに耐えて乗り越えた時に、その何かはやって来るように見える。
「転落」はパリで弱者の味方の弁護士として名声を得ていたが、アムステルダムの居酒屋の飲んだくれとなっている男の独白で、成功を重ねていく裏で享楽に溺れていった自戒が語られるが、そのまま生涯を送るのには自省的過ぎたらしい。法廷で人を裁く立場だった自分が、いつしか裁かれるべき人間であることに気付いたというレトリックだけでは説明がつかない。その裁きという概念の宗教的意味に重みがあるのだとすると、たしかに信者でない者には思いが至らないのかもしれない。そのよく分からない要因でパリから寒い国へ逃れてきて、なんだかさっぱりした風情なのだが、実際に挫折をしてしまわないと軛からは逃れられないことの逆説なのか。そうだとすると、太陽の降り注ぐ地では叶わないとでもいうのか。
いずれにしろ人間の端的な姿の現れ方を、その土地になぞらえてみるというのは面白い。太陽の光の力でもないだろうが、単なるエキゾチズムという以上に、土地ごとの歴史がそこへ向かう人と迎える人に作用するはずだし、お互いの時代を背負って対決することが避けられない現実である。だから憎悪も愛情も、個人だけの問題には決して収まらない、そういう文学の姿が僕らには必要だと思える。