電子書籍
円周率の日に先生は死んだ
著者 ヘザー・ヤング(著) , 不二淑子(訳)
町はずれの丘で数学教師の焼死体が見つかった。第一発見者は11歳の教え子。生前教師と親しかった彼は何かを隠しているようで・・・・・・
円周率の日に先生は死んだ
ワンステップ購入とは ワンステップ購入とは
円周率の日に先生は死んだ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
あわせて読みたい本
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
小分け商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この商品の他ラインナップ
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
紙の本
円周率、この不可解なもの
2023/10/29 13:43
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:pinpoko - この投稿者のレビュー一覧を見る
算数を学び始めたころに、最初に出会う不思議な数字π(パイ)。
円の直径と円周の比率だが、どこまでいっても割り切れず、小学生レベルでは3.14として覚えさせられ計算に活用される。
だが、宇宙の様々な秘密に近づく鍵でもある。
このπに魅せられた元数学教授と、幼くして母を亡くし、とかくの噂のある伯父ふたりと暮らすことになった繊細な少年サルの、短くも痛ましい交流の軌跡を描いた物語だ。
自らの恵まれない生い立ちにも関わらず、他人の気持ちを鋭く察知する能力をもつサル少年が、大人顔負けの気配りや配慮をするのが驚きだ。大人だって自分の問題に悩まされているときは、他人の気持ちや考えなどに、心を配る余裕などないのに、彼はいともやすやすと、自然にそれをやってのける。というより、自分の心と他者の心は別々のものであるようで、実は深いところでつながっていて、その波長が一致したときある調べを奏でるのではないか?
そのような心の状態を保っていられるのは、ある種の才能といっていいだろう。母親が悲劇的な死を遂げ、慣れ親しんだ家や身の回りの物から離されることになった少年に言葉をかけるとしたら、どんな言葉ならふさわしいのだろう?月並みな言葉?敢えて元気を奮い立たせるための明るく前向きな言葉?
サルが信頼できるひとは、言葉に詰まり目を逸らすひとなのだ。心にもない同情の言葉が簡単に口をついて出るようなひとは好きではない、というのが彼の繊細すぎる性格を的確に表している。他者の痛みを自分の痛みとして受け止め、とっさには言葉にすることもできない人々。めったに出会うことはないが、ほんの時たまそういう人が自分の軌道を通過するだけでもどれほど心慰められることか。
そんなサルが新しい生活の中で同じ波長をもつひとと出会う。離れた街からやってきた元大学の数学教授だった。寂れた小さな町の中学生に数学の初歩を教えるには役不足のような人物だが、彼は何かに心を囚われたようなところがありながらも退屈な仕事を淡々とこなす。その過程でサルの感性を見抜き、ゆっくりと交流を深めてゆく。
このあたりの描写は、サルの視点から見れば心の拠り所を見つけたようでありながら、先生の心を覗き込むことで、自分の苦しみから一時的に解放されるという効果ももたらす。
実は、先生はサルの心の負担を軽くするためではなく、自分自身の心の重荷を彼に肩代わりさせるためにサルに近づいたのだった。50歳と12歳という年齢差を飛び越えて、お互いをそのような存在として関係を持つというのが、不思議でもあり、羨ましくもある。
この二人の生活空間というのが、ネヴァダ州の盆地であり、太古の人類が初めてアメリカ大陸に渡ったころの痕跡がいたるところに存在する場所であるというのが宇宙的な時間を連想させて物語に奥行を感じさせる。個々はちっぽけな存在である人間やその営みも、時間とともに純化するのかもしれない。