紙の本
キャンセルカルチャーという「大衆の狂気」
2023/11/22 16:24
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投稿者:Ken - この投稿者のレビュー一覧を見る
whiteとBlackの人種や性差やLGBTQIA+の性的指向などによらず、だれもが自分らしく生きられる社会は素晴らしいが、そうした社会の実現を目指す社会正義の運動はキャンセルカルチャーという異形のものへと変貌してきている。SNSでは今日も罵詈雑言の応酬がはびこっている。我々はユートピアとディストピアが一体となったユーディストピアをどう生き延びるかを論じた一冊。LGBTQIA+のいろいろな定義というか態様があって、とても理解不能であった。また「北朝鮮は本当に狂っていた。でもアメリカほどではなかった」というのも「日本の若い女性がなぜAV女優になりたがるのか」いうのも実に興味深い。本書の暫定的な結論として、ユートピアとディストピアが一体となったユーディストピアから抜け出す法とはなく、できるのはただ、この世界の仕組みを正しく理解し、うまく適応するだけ。暫定的というので一安心した。地雷を踏むことなく、平穏な人生を歩んで行こうと思った。
紙の本
ポリコレ、キャンセルカルチャーなどの背景などがわかった
2023/11/20 09:16
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投稿者:とらとら - この投稿者のレビュー一覧を見る
ポリコレやキャンセルカルチャー、不倫報道の過熱、SNSでの誹謗中傷といった話をよく聞くようになったけど、そういうことを過激に実行するのは、そういう個人個人の性格や指向のためなんだろうと思っていました。この本では、ただ個人の指向とかいったものだけではない、歴史的・社会的な背景なんかも議論していて、自分にとっては、新たにわかったことでした。危険なところを避ける、というのが対処の方法というのは、確かにもっともだとは思いつつ、行き過ぎたところをどう中庸に収斂させられるのだろうと考えていまします。
電子書籍
ユーディストピア
2023/11/11 22:39
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投稿者:エムチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
ユーディストピアとは、天国と地獄のことだそうです。社会主義について、からはじまり、人種や男女差別、性的マーノリティなどによらず、みな自分らしく、生きられる社会を称賛、しかしねえ、そううまくいくのか。
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ジェンダー問題、ポリコレ、表現の自由、いじめ問題、評判格差社会のステータスゲーム、キャンセルカルチャー、リベラリズムにかんしてとても理解が深まった
橘玲さんの本ははずれがない
本書の中の一節↓
正義に関する特定のテーマに精通している者(一般に「活動家(アクティビスト)」と呼ばれる)は、その問題にほとんどの時間資源を投入している。そうした活動家が、時間 資源のきびしい制約に直面しているひとたちに対して「正しい知識をもて」というのは、 「自分たちが真理を独占しているのだから、なにも知らない奴は黙っていろ」というマウ ンティングを婉曲に言い換えただけだ。
は、自戒する点があったので、それを気をつけながら過ごしたい。
また、まとめると、
ユートピアとディストピアが一体となったユーディストピアで私達ができることは、この世界の仕組みを正しく理解し、うまく適用し、地雷を踏まないこと。
テクノロジーで急速に人類史的には豊かになったこの世界では、平穏な人生を歩むことはこのことさえ、気をつけていれば楽しく暮らせるだろう。この言葉に少しばかりの希望を見いだした
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途中まで読みましたが、個人的な事情によりギブアップです。
個人の自由が重視されるがために世界は無秩序になっていく。
ステイタスゲームに勝つためには道徳的であることが万人に残された唯一の道だが、その手軽な手段として不道徳的な他人を攻撃することが挙げられる。このあたり、解決法が無いというのが辛い。
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感想
悪口を広めないために。他人にしてほしくないことを他人にしない。自らの評価を下げる行動はとらない。しかしナッシュ均衡の移動は困難。
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誰もが自分らしく生きられる社会が地獄になるのはまぁそうだよなって、誰かのらしさと自分のらしさが同じ訳ないし、ぶつかったりするよなと思いながら読んでました。本書はどちらかというと個と個の対立というよりは集団内での対立のイメージな気がしました。たしかに、性別や性的志向の話題を何人かで集まってすると変な緊張感があります。らしさを正義とした魔女狩り裁判が行われている感じ。まさに地雷原を歩く緊迫感。たぶんそういうのが嫌で独りのが楽だなと思ってしまうんだろうなと気付けました。
筆者の結論としては地雷を踏まぬように気をつけましょうという感じですが、納得せざるを得ないほど今の社会の息苦しさの一面を知ることができました。
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いつも通りの切れ味で、現在における問題を分析し、ひとまずの解決策を示している。
馴染みのない外国人の名前、カタカナの用語、アルファベットの頭文字で作られた略語が多数引用されており、十分に理解することは難しかった。しかし、いつもよりも、著者の主張が一貫していたので腑に落ちるところは多々あった。
すべての人が幸せに暮らせれば良いはずなのに、さまざまな「自由」が認められてきている昨今、互いに潰しあうという結果になっているのは皮肉である。
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新書ということで橘さんの他の単行本と比べるとちょっと堅めの印象。ただ、相変わらず、数々の文献やファクトデータに基づいた氏の考察はさすがな切れ味。
この最新刊は後半の社会正義の章の内容が、自分的にはちょっと難しい、というか、理解しづらい感じでした。
”ユーディストピア”の生き方、は超高齢化な日本のシニアにとっては関係する話なのかどうか。。。(とシニアの入口に立つ自分に照らして思ったりしました ^^:)
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行き過ぎたキャンセルカルチャーに強い違和感を感じていたため、本書のテーマはとても興味深かった。リベラルは総じて人の暮らしを良くしていくが、キャンセルカルチャーを生む土壌になってしまうのはよく分かったが、本書の結論はマイノリティを避けるあるいは面倒くさい人がいることを織り込んでバランスよく過ごせ、とのことでモヤモヤは全く晴れなかった。(筆者も解が無く、解を出すのがなぜ難しいかまで言及してくれてるので異論があるわけではない)
あとトランス女性に2タイプいて、女性嗜好のパターンの存在がトランスジェンダー問題を難しくしているのは初めて知った。
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世の中の動き、人々の行動でなぜそうなってしまったのか?今、どうしてこうなっているのか。
日本の状況、そして一部を見ているだけではわからなかったことがこの本でたくさん説明されていて目から鱗が落ちるような気持ちに何度もなりました。
まず、本の構成が良いなと思いました。導入が、日本でのオリンピックのあの騒動が取り上げられていたことは、日本人なら誰しも耳にしたことがある騒ぎで、日本ならではのことなので身近なものとして読みやすく受け入れやすいなと。
そこから、日本にも流れてきたムーブメントの根源、欧米で何が起きているかが、つぶさに語られておりなるほどなるほどー!と腑に落ち微妙な気持ち悪さを伴っていた違和感が説明されて気持ちの良い読書となりました(内容は重い問題であるのできついですが)
PART2『ポリコレと言葉づかい』
ブラック企業という表現に違和感を持つ日本人は多くない、というのが衝撃で、自分自身この本を読まなければその考えがなかったです。
外国での大きなムーブメントをそのまま日本にも無理やり持っていき、世界中がグローバル化していくのならば、日本語は消えていくのかもと思いました。
危機感というのとはまた異なり、ラテン語とか古い英語とかのように話し言葉としては消えていくけれど、物語を読むうえ(シェイクスピアとかほかの古いもの?)では、元の言語を知っている方がよりその物語を理解できる、といったように日本語という言語自体、話し言葉として形を変えていくものもあれば、今の日本語は古いものとなっていくかもとぼんやり思いました。
PART4『評判格差社会のステイタスゲーム』
PART5『社会正義の奇妙な理論』
PART6『「大衆の狂気」を生き延びる」』
この本の真骨頂という感じがしました。
○○派というのを、今の混在・混乱の状態以前のものですらしっかり理解できていないのできちんと理解できたと自信はないですが、わかることは時代が目まぐるしい速度で変化しており、ついていけていない人も多い中、ごく一部の当事者やその問題に注力している人の発言を中心に問題が吹き上がり追いきれないスピードで事態が進行しているという感じ…。
これ、大人ならまだ、これまでの人生経験から違和感を抱く勘が働いたり取捨選択する判断力をなんとか持てるかもですが、この真っ只中で成長する子供たちは混乱するだろうなと同情してしまいます。
実際、どこの国か忘れましたが、SNSで、
・子供たちが性自認に混乱して小さいうちから自分はトランスジェンダーだという子が増えた
・学校で男らしい恰好をしないといじめられるからわざわざ髪の毛を突然ベリーショートにする女の子
など見かけたので、混乱が生じているのだと思います。
差別について言葉にしないから逆に差別的思考が生まれてしまうという皮肉が本著で語られていましたが、それと同様に世の中をよりよく多くの人が住みやすいようにとしてきたことなのに、様々な選択肢・種類が増えたからこそ判断力が培われる前の子供たちが混乱して良くない方向に行く場合もあるのではないかと心配です。
歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレの件でも大騒ぎとなりましたが、トランスジェンダーのMtFの話が興味深かったです。
ハリポタが好きなので、ローリング女史の発言を当初は残念に思いましたが、性適合手術をせず、女性用トイレやお風呂を利用したいという性自認が女性という身体的男性が恐ろしくなり、ローリング女史の懸念することは必ずしも間違いではないのでは、と思うように変わりました。
性自認で女性、と思うのって、実際に女性の苦労を体をもってして体感していない状態の人もいるはずです(ホルモン治療で外見がほぼ女性となって過ごしていたらまた別かもしれません)。
生理などそういったものだけでなく、常に性的対象として嫌な視線にさらされ痴漢など実際の被害に遭うだけでなく、品評されるような目線がいまだ横行するゆがんだ日本社会のような、女性の性的消費がまかり通っている状況で女性として生きたことで感じてきた嫌な気持ちとか、そういうものを知らないで、自分は女性だと思う男性の中には、本当に性自認女性かな?と疑いの目を向けてしまう人もいます。
私は自称アライと思っていますが、本当に悩んでいる人たちには支援があるべき、受け入れるべきと思いますが全員が全員そう思えないのはアライじゃないのでしょうか。。
「オートガイネフィリア」という言葉は、この本で初めて知りました。
日本社会で、多くの女性が怯えているのはこれに該当するMtFなのではと思いました。本著では、レズビアン女性が性愛の対象になるのではと言われてますが、個人的には、性愛の対象は関係なく、女性の体を持つ人すべてが危険にさらされる可能性があるのではと思ってしまいます。性暴力に関しては、パーセンテージで低いから危険度は高くないなど言っていられないと思います。性暴力だけではないですが、、心を傷つけ、その人の今後にも暗い影を落としかねない。防げるのであれば防ぐことに全振りしたいので、MtFの女性は女性用トイレも更衣室もお風呂も使うべきではないと私は思います。
日本では、戸籍変更には性器の手術が済んでいることが必須条件だったはずで、それに私は安心しています。怪しい人(幼児向けアニメの着ぐるみを着ていた人、、)もいますが、手術は大変な苦労を伴うので、そこまでするのであればまだ、とも思いますし男性性器がない方が安心できます。
未オペの自称女性は、信頼できません…。いくら、身体的金銭的に負担がある手術だとしても。本当に悩んでいるMtFの人には申し訳ないけれど。
SNSでキャンセルを求めるムーブメントがなぜ起きるのか、しかも日本では、大体本当に必要な政治家の悪行の場合はよっぽどそこまで世間的大騒ぎにならないのに芸能人の不倫や不祥事だけ大騒ぎになるのがまた歪んでいて嫌でした。
でも、この本でステイタスゲームの話を読んで納得できました。以前から自分でも、SNSで引きずりおろしたい人は、普段だったら自分より肩書も経歴も上の人を貶める機会を見つけ水を得た魚になっていると思っていましたが、そのものずばり、脳の構造上からそうだったのだとわかり腑に落ちました。
推しはアイデンティティ融合という話も、日本社会はよりその傾向が強いなと思います。国(代表チーム?���の活躍としてWBCが例として取り上げられていますが、ほかにもノーベル賞受賞や、アカデミー賞受賞など権威ある外国の賞を日本人(戸籍はもう変わっていることもあるんですが)が受賞すると急に騒ぎ立てるのもそうかなと。
いつも気持ち悪いなとそれを思っていて、ノーベル賞受賞者の方の中には、研究の環境も待遇も良くない日本を見限っている方もいますし、アカデミー賞受賞後に日本の国籍を放棄したカズ・ヒロ氏の言葉はとても納得のいくもので、他人の努力に乗っかって陶酔するマスコミからSNSへの流れ、どうにか変わってほしいですし自発的におかしいと気付ける大人であってほしいと思います。
問題が多すぎて、憂鬱になることもあったけれど、
最近とても良い映画(『君たちはどう生きるか』)を見て、この地獄のような現実世界は唯一無二のもので、喜びもあるから、そこで生きるのを諦めないと、私は励まされたので、考えることは放棄せず、自分自身の倫理観に従い、希望し過ぎず絶望し過ぎず生きていきます。
P275から一部引用
~誰もが不満を抱えつつも、ほどほどのところで妥協するしかない。これが「寛容」と「中庸」だ。
~いまの自分の満足し、小さな改善を積み重ねていきなさい」という提言だ。
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性別や人種といった大きな差別がなくなったことにより、より微妙な領域の差別がクローズアップされ、「リベラル」な人々によるキャンセルが蔓延していると指摘する内容。ここに真正面から取り組むには、あらゆる事実を洗い出し自分なりの見解を組み立てていく必要があるが、すべての領域でそんなことをする余裕などほとんどの人にはない。その中での処世術は危うい人には関わらない、無視することだ、という主張だった。
寂しい結論だが、どこに地雷があるかわからない人にとっての現実解はここなのだろうか、と考えさせらせた。
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【比べるとそうなる】
ちょっとしたことでもすぐに炎上する時代です。
身分を明かさず、あまり深く理解していなくても、正論をここぞとばかり言える状態は「快感」を与えるということです。
「正論で糾弾できる」喜びです。
さらに、糾弾する本人にマイナスリスクは無いことが、より激しく糾弾できる要素となっています。
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世界が上手くまわるためには全員が寛容になって少しでも考え方が異なる人に理解を示そうとすることだと、確かにその通りだと思う。
ただ今の仕組みとしてはそのキャンセルカルチャーを止める要素は一向にないように感じる。
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2023.08.19
デジタル、ネットの世界の恐ろしさは、いったん「発信」されてしまったものは未来永劫残り続けるということ、過去がとつぜん襲いかかってくる恐怖が常にある、そんな時代に生きている。
「若気の至り」という言い訳は、それこそ死ぬまで許されないそんな世の中に生きていることを自覚させられた。
この社会で生きていくうえでの「一般人の」金言は「沈黙は金」ということにつきる。