眠れない夜に思う、憧れの女たち

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ミアは、いつも等身大の自分を見せてくれる。
眠れない夜を見せてくれる。冒険物語にはない、不安や葛藤も隠すことがない。
気がつけば自分と少しずつ近づいていって、溶け込まれるような感覚に陥る。
ミアの奮闘がひしひしと伝わってきた。

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デビュー作刊行後、編集者を辞めて執筆に専念すると決めたミアは、カレン・ディネセン、イザベラ・バード、草間彌生など、孤独な夜に本を通じて言葉を交わしてきた〈夜の女たち〉のことを深く知るための旅にでる。憧れの対象と向き合い、時に幻滅しながらも新たなイメージを手に入れていくフェミニズム旅行記。


正直、前作のような感動は湧いてこなかった。もちろん日本が舞台で、京都にいたとはいえ東日本大震災に直面した経験を書いた前作が日本人読者の私にとって特別だったのは間違いない。だが噛み締めているうちに、むしろ本書はドラマがないことが重要だと感じるようになった。今回ミアが描きだそうとしたのは〈中途半端さの肯定〉ではないかと思えてきたのだ。
ミアはまず憧れの〈夜の女〉筆頭のカレン・ブリクセンの背中を追ってアフリカへ行くが、そこで待っていたのはカレンとアフリカ両方への幻滅だった。私もカレンの小説と『アフリカの日々』が大好きで、ミアがカレンについて書くという前情報で今作が訳されるのを楽しみにしていた。と同時に、あんなに動物を美しく愛おしげに描写したカレンがサファリの名の元に殺戮しまくったという事実に戸惑う気持ちもよくわかる。サファリを楽しむ人だったから動物を美しく描けたというのも(今の私たちには理解し難いけれど)真理なのだろう。
ミアが体験したアフリカだって美しいところもあれば悪いところもある。カレンは病みながらも記憶のなかで結晶化した思い出だけを選び取って書いたのだ。書くとはそういうことだから。アフリカからベルギーへ戻り、カレンが書かなかった十五年もの中途半端な日々のうちに結晶化の秘密があったのかもしれない。タフに見える人はタフに見せようとしている人なのだと気づいて、ミアは〈夜の女〉を真に理解するためのスタートラインに立つ。
第二部で取り上げられる紀行作家たちも大いなる矛盾を抱えている。アフリカの奥地や東の果ての日本まで一人で乗り込む女たちが、本国に戻ると既存の社会規範に逆らうつもりはないとアピールし、急進的フェミニストと一緒にされたくないと口にする。その保守的態度と旅行中の生き生きした姿とのギャップにミアは狼狽える。しかし、それは紛れもなく時代と社会に縛り付けられていた彼女たちの現実であり、今でもきっと同じなのだ。
ところで、遠い土地で〈開放〉される彼女たちの旅には二面性がある。それは西洋人から見て〈未開〉の地への旅だということだ。現地文化の保護活動を行なったイーダもいるにせよ、探検と侵犯は1セットだということも頭の隅に置いておきたい。
歴史的な意味で一番興味深かったのは、16〜17世紀の女性画家たちを扱った第三部。執筆当時(2015年前後)彼女たちは世間的に忘れ去られていた。〈女たち〉の絵が常設されていると聞き、高い金を払ってヴァザーリの間(芸術家の自画像が集められている)に行ってみたら、ソフォニスバの絵がずっと後年の間違ったセクションに掛かっていたという導入からしてワクワクするじゃないか。
ソフォニスバ、ラヴィニア、アルテミジアの系譜は画家を職業とする女性が登場する過程とその弊害を浮き彫りにする。彼女たちが感じた困難は、おそら���うんざりするくらい今の私たちと変わっていない。雑用を押し付けられる、上司から結婚しろとプレッシャーをかけられる、自分の真似をした男の後輩が名を上げる、妊娠・出産、権力勾配と社会システムを利用した性暴力。
アルテミジアは若桑みどり著作で知って以来気になる存在だったけれど、裁判を起こしてレイプ被害者として有名になった画家が歴史画を描くということは、神話や聖書を建前に描かれてきた裸体や強姦の本質を暴きだすような行為だったのだなと改めて思う。アルテミジア自身、その期待に挑戦するような気持ちであのユディトを描いたの？とミアのように語りかけてみる。
ミアが最後に召喚した草間彌生は私にはまだ正面から捉えきれない相手だ。98年にフィンランドで個展を見てからのファンで、彼女こそ最初の〈夜の女〉だという。確かに、本のために見つけだした〈女たち〉とカレンやクサマではミアの語りのトーンが違う。特にクサマの場合、心酔しきっていたカレンとも異なり、内なる批判精神をもって距離を保ちながらも深い敬愛が感じられる文章で、私の草間彌生像も少し変わった(デボラ・ソロモンがジョセフ・コーネルの伝記のなかで草間彌生を完全に悪女扱いしていたことに、反発をおぼえながらも影響されていたのだ)。
そして話はふりだしに戻る。つまり、本書のテーマは中途半端な状態の肯定だということ。ミアは最終目的地が定まらない執筆計画に不安を抱え、自分自身に苛立っている。書くことが目的ではなかった前作の旅とは違うのだ。本を書く悩み自体が本になっている自己言及と循環性のおかしみはあるが、編集者としてのセイを自分のなかから発見した前作の感動的ラストとは違い、本書は孤独な苦しみの継続にスポットを当てて終わる。
達成は瞬間で中途半端こそが日常だ。だからこそ私たちは〈夜の女たち〉を必要とする。憧れのロールモデルでありながら、どこまでも見栄っ張りで臆病で嘘つきな私たちの鏡でもある女たちを。女たちの名前をちりばめた見開きページは白黒が反転した夜の星々のように光って見える。私にとってはミアもあの夜空のなかの一人だ。

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第1部が読み辛く読むのを止めようかと思ったが、第2部のイザベラバートは読みたかったので読み辛いところは飛ばしました。2部以降で先達たちを解説したところはとても面白く興味深く読みました。非常に申し訳ないけど、筆者の現状考え感想が読みずらい原因…いや、私が筆者の私生活に興味が持てないせいかもしれません。

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一般的な（保守的な）社会からはみ出している気がして自由と孤独の狭間で悩む筆者。

憧れの女性たちの足跡を追って旅をしながら、彼女たちの勇気や弱さに共感したり幻滅しながら新たなイメージと世界を手に入れていくフェミニズム旅行記。

個人的には60歳過ぎてから過酷な旅は遠慮したいけど、自由に旅するための心の若さや健康、健脚、スキルは意識していきたいと思った。

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同著者の「清少納言を求めて、フィンランドから京都へ」がすごく好きだったので、その数年後に書かれたこちらも読んでみたら、すごくよかった。
あんなふうに生きていけたら、と著者が憧れる女性たちについて調べ、そうした女性たちの人生をなぞるように旅に出たりしながら書いたものだけど、研究とエッセイと紀行文が入り混じった著者独特のスタイルがやっぱりとてもいい。憧れの女性たちへあてる手紙だとかもあったりして、ユニークでおもしろい。
その憧れの女性たちは、十九～二十世紀の女性探検家たちやルネサンス期の女性芸術家たち。探検家のカレン・ブリクセン（「アフリカの日々」を書いたイサク・ディネセン）やイザベラ・バードは知ってるけど、芸術家たちについては草間彌生以外はきいたこともなかった。
女性たちの共通点は、どんな障害があってもとにかく自分がしたいことをして自由に生きた、ということ。そもそも彼女たちの時代は女性が好きなように生きられるような時代ではまったくなかったし、お金の問題とか自身の病気とかどうにもならないような困難もあったりして、さまざまな障害があったけれども、それでもなんとか、本当に死ぬ思いで道をひらいて自立して、自由に生きたっていう。
著者自身も、40代独身、文筆業を続けるにも資金のこともあるし、体調も不安定だったり、結婚もしないでこれでいいのかとか悩んだり、しょっちゅう自虐とか弱音とか愚痴も出てくるのだけどそこがいい。共感できる。そしてそういう思いはまた、大昔の女性探検家たちや芸術家たちとも共通する思いだったりする。好きに生きようとするときに感じる、自分勝手する罪悪感とか、分不相応じゃないかと思うこととか、まわりの期待に応えたいと思うこととか、世間にどう見られるか気にすることとかも。自分の気持ちに正直になるのは難しい、生き方を変えるのは難しい、っていう。
カレン・ブリクセンにならってアフリカに出かけてタンザニアの村に滞在してサファリキャンプに行ったりするところは紀行エッセイとしてもおもしろかった。病気や動物にやたら怯えてたり、旅行大好き！みたいじゃなくて腰が引けてる感じが好ましい笑。

とにかく、読んでいると、自分の好きなように生きたいと思ってもいいんだな、と思えるところがよかった。
わたしなんかは、実際にそうできるかは難しい、と思ってしまうけれども、気持ちだけは、好きなように生きる、と思って生きていこうと励まされるというか。