死と生の民俗

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1. 民俗学的方法と高齢者からの聴き取りの重要性:

福田アジオ氏の「民俗学は、今の世の中を照顧する手がかりとして、過去をひも解くものだ」という考え方を引用し、著者が高齢者の過去の体験の中に今日を照らし出す手がかりを見出すことを目的として、長年にわたり聞き取り調査を行ってきたことを述べている。
特に、「死と生」に関わる聞き取りを2006年10月から2007年8月にかけて、主に広島県中央部（旧佐伯郡大柿町）を中心に行ったことが記されている。
地域での生活体験の有無や都市部への勉学経験などが、聞き取りの深さに影響を与えることも指摘されている。一方で、比較的若い世代でも、親から伝えられたり、手伝いをしていた経験から、昔のことをよく知っている人もいたという。
2. 「死」にまつわる民俗:

臨終: 祖母の臨終に立ち会った際の体験として、「本当に息を引き取ったかどうかを確かめるために、和紙を細くちぎって鼻のところに近づけた」という具体的な行動が語られている。「息を引取っていると、相紙が動かないのです。それを機に、臨終ということになるのです」という認識が示されている。
葬列: 明治末期頃の葬列の様子として、「行列は一〇〇ｍにおよんだと思います」という規模の大きさや、「隣近所の子どももたくさん、行列に並んでいた」という参加者の広がりが語られている。「葬式といえば一家総出で、お祭りのようなものでした」という表現からは、当時の葬儀が地域社会全体で共有される儀礼であったことがうかがえる。
湯灌（ゆかん）: 死者の体を洗い清める儀式について、使用した湯を「奥納戸の床板をはぐって、そこに流していました」という具体的な方法や、「なんでんか湯を流したところを踏んではならない、と云うておりました。相末にしてはならないと云っておりました」というタブーが存在したことが語られている。また、「別れの杯をした後で、（奥納戸の）床を二枚ほどあらかじめ剥いで、湯灌をしていた」という順序や、湯灌後にすぐに湯を始末する様子も描かれている。
死装束: 「男には装束に頭巾を縫いつけていた。女には股引をつけた」という地域による違いや、「白の装束が出来上がると、『お対さん』に連絡して、来てもらい枕経をあげてもらいました」という流れが説明されている。
棺: 昔の棺桶は木製で、「仏の実家には、近くに大工さんがおられ、その人が作ってくださっていました。その頃の棺桶は縦棺といい、松根のついた縦割りの鉋仕上げの棺桶でした」と形状や作り手が語られている。遺体を納棺する際には、「莚薦（むしろごも）」を敷き詰めたり、「抱き肘」を詰め込んだ様子が描かれている。遺体が棺に納まりきらない場合は、「框の余った材木の筋を、鋸などの刃物で叩いて無理やり曲げたか、横に寝かせてなかなか曲がらず、可哀そうでした」という苦労もあったことが語られている。
出棺前の家の対応: 死者が出ると、「必ず親戚に知らせねばならない」とし、「使者口をする」「伽やみをする」といった対応があったことが記されている。飛脚を使って訃報を伝える前に葬儀の日取りを決めるため、まずお寺に連絡を入れる手順であったこと、お寺では飛脚に食事を���す準備をしていたことなどが語られている。
香典: 昔は香典として米を出すのが一般的であり、「近畿地方などでは一俵、『人人物尽し』とか『一斗行莫』、『一升行莫』などという言い方があり、親戚からは特にたくさんの米を出したという」とされている。一般の者は一升か二升程度であったという。
喪服: 喪服はかつては白が一般的であり、「白装束を身にまとった死者と同じ状態にあること、つまり死者と一緒に死出の旅路へ、生死の様相へと歩き入っているということを象徴的に表現しているものとみることができる」という解釈が示されている。黒い喪服の歴史は意外と新しく、明治に入ってから婚礼衣装とともに黒地になったとされる。
野辺送り・火葬: 火葬場へ行く前の野辺送りの様子や、子どもたちが「死花花」や「樒の葉」などを持たせてもらい行列に加わったこと、野辺で子どもたちが「菊餅」をもらって食べたという風習が語られている。火葬場の場所は地域共同体の所有地であることが多く、山の所有権の変動によって火葬場の移転を余儀なくされることもあったという。火葬の方法として、薪を縦横に組み、その上に遺体を安置し、周りを薪で囲み、最後に莚薦を掛けて火をつけた様子が詳細に語られている。「油莚」を使って煙が出ないようにする工夫もされていた。火葬が終わると、焼番が当家に戻り、仕上げの膳が出されたという。
納骨: 火葬後、翌朝に遺族や親戚が焼場に行き、焼け具合を確認し、骨拾いを行ったことが語られている。焼け残った場合は再度焼く必要があり、大変な労力を要したという。
3. 「生」にまつわる民俗:

子どもの自立: 明治・大正期には子沢山であり、長子は兄弟の中でも早くから自立を促された。丁稚奉公に出たり、家業を助けるために町に出る者もいた。経済的に余裕のある農家では、次男に財産分与をしない代わりに学資を出す例もあった。
結婚: 明治以前の若者宿の存在を示唆しつつ、親や仲人の言いなりの結婚ばかりではなかったことが述べられている。明治時代に入っても、男女が出会う機会は限られており、野芝居などがその機会の一つであったという。結婚の際には、相手の家の事情（例えば再婚であること）が伏せられている場合もあった。
出産: 産婆による取り上げが一般的であり、出産後の湯や胎盤の処理についても触れられている。
子育て: 戦前戦後の厳しい労働環境の中で、子どもを育てていく苦労が語られている。牛馬を使った農作業の様子も詳細に描かれている。盆踊りや地域独自の祭りなどが、日々の労働の息抜きとなる「ハレ」の日であったことが語られている。
**通過儀礼:**かつては存在したであろう年齢に応じた通過儀礼が失われつつあることが示唆されている。
初乳前の「ゴコウ」: 初乳を飲ませる前に蕗の根の汁を飲ませるという民間伝承の文化があったが、現代では語り継がれなくなっている。
4. 子どもの経験と成長:

子どもたちは、葬儀などの「死」の場面に積極的に参加することで、死を身近なものとして捉え、位階関係や距離感などを学んでいた。
厳しい生活の中で、子どもながらに互いを思いやり、支え合う家族の温かさを感じていた。
報恩講などの宗教行事も、地域の子どもたちにとっては珍しい出来���であり、大人との交流の場でもあった。
5. 現代社会との比較:

高度な医学に頼ることのなかった時代の人々は、日常の中で徐々に死に向かう自分の姿を見ていた。
現代では葬儀の簡略化が進み、人の死を悼むことが疎かになっているという嘆きや、臨終の際に医療機器の方を見る子どもたちの様子が語られ、死に触れる機会の減少が指摘されている。
かつては地域社会全体で共有されていた「死」の経験が、現代では個人的なものになりつつあることが示唆されている。
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