国家はなぜ存在するのか　ヘーゲル「法哲学」入門

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ヘーゲルの「法の哲学」を分かりやすく説明している本。ヘーゲルを詳しく学んだことはなかったが、読みやすく理解しやすかった。

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社会調整機能としてその上部にポリツァイを、下部にコルポラツィオンという概念を考えたヘーゲル。この単語が既によく分からない、という所から読書を開始。現状の意味と異なる部分があるのでミスリードになりそうだが、ポリスとコーポレーションの事だ。ヘーゲルの「ポリツァイ」と「コルポラツィオン」は、彼の国家論における重要な概念だ。

ポリツァイは、「警察」という意味とは異なり、広範な社会政策や行政機構を指す。国家が市民の生活を管理し、公共の福祉を促進するための制度の事。コルポラツィオンは、職業別の自発的な結社や団体の事。市民社会の中で、個人の利益を調整し、共同体の利益を促進すべく、個人と国家の間で社会の安定を図る役割がある。ヘーゲルは、これらの概念を通じて、国家がどのようにして市民の自由と福祉を実現するかを論じた。

国家が国民の健康に関与する、現代の生活保護のように、就労が難しい人や脱落者に対してどのようにかかわるかを論じたという点で今日の社会制度にも繋がる概念だ。この点はヘーゲルから遡り、フーコーについても言及されるが、ワクチン接種などの体制や感染症の統計的把握などの今日的な仕組みが成立したのもこの時代であった。ヘーゲルの生きたプロイセンでは、直接種痘を強制するのではなくて、種痘を受けた証明書により、子どもの登校許可を出すような措置をとっていた。まるで、ワクチンパスポートみたいだ。

―　ガレー船というのは、これもフーコーが「狂気の歴史」で扱った題材ですので、フーコーとの関連という点でも興味深い発言ですが、犯罪者や精神障害者を閉じ込め、彼らを酷使して船を漕がせるということが、一九世紀まで一種の刑罰として行われていました。船という閉ざされた空間を利用して、そうした人々を管理し役立てようとするのがガレー船だったわけで、ポリツァイの支配によって社会全体、国家全体がそういうものになってしまう危険性をヘーゲルは指摘していたのです。

―　ここまで見てきたようにヘーゲルの国内体制論は、コンフリクトを組み込んだ一体性を特徴としています。ヘーゲルの国家論はしばしば一体性の側面が過度に強調され、全体主義的なもの、異論を許さないもの、民主主義を否定するものと受け取られてきました。しかし、それは普遍と個別を一体のものとして考えるヘーゲルの国家の概念に真っ向から反する理解です。普遍が個別を抑圧するところに、この一体性は成立しません。個別の主張が存在するところには、必ず他の個別との、ひいては普遍とのコンフリクトが存在します。したがって、正しい国制は、このコンフリクトを内包するものでなければならないのです。ヘーゲルは民主主義という言葉は好みませんでした。それは、この言葉が今とは異なり、多数者による支配を意味するものであったからです。しかし、今日の意味からするならば、ヘーゲルはコンフリクトの可能性を組み込んだ、市民の意思が反映される民主的な国制を構想していたということができるでしょう。

ヘーゲルの思想は、今日の社会制度にも繋がる重要な概念を含み、示唆深い内容だった。

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ヘーゲル『法の哲学』の一部、具体的には『市民社会』と『国家』についての論考である。文章は非常に分かりやすく、講義を受けているような印象を受けた。ヘーゲルの時代についての情報も多く、『法の哲学』が書かれた時代背景を併せて考えることで、多角的な理解が得られたように思う。
ヘーゲルについての解説書、入門書を読むと、だいたい何箇所か、強烈に「これは我々のことだ」とか「これは現代日本でも同じだ」とか、そういう当事者意識のようなものを持つが、本書もそうであった（私の場合、カントではこれが全然ないのだ）。
本書前半の『市民社会』の章では、『ポリツァイ』概念（従来の訳語は『公共政策』等）を中心に論じられる。これは「普遍性（国家）→特殊性（人々）」として機能し、『生命と幸福に配慮』すると同時に『生活を統制』しようとする。それとは反対に「特殊性（人々）→普遍性（国家）」として機能するのが『コルポラツィオン』概念（従来の訳語は『職業団体』等）であり、『国家権力と経済権力』に対して人々の利益を代表する。ここではフーコーへの言及が多いことも特徴的である。本書の切り口の一つに、コロナ禍で可視化された「生活に介入してくる国家の権力」というのがあり、それが『ポリツァイ』と関連して論じられるのであるが、そういう考察にはフーコーは向いている。ただ個人的には、読んでいるヘーゲル論が、フーコー的ヘーゲルなのか、それともヘーゲルに則したヘーゲルなのか、少し混乱するような箇所もあった。
本書後半の『国家』の章では、『ポリツァイ』と『コルポラツィオン』の二つを取り込んだ『有機的国家観』が論じられる。著者は、現代の政府では『ポリツァイ』的な側面ばかりが肥大化していると指摘する。対して、ヘーゲル的『国家』では『コルポラツィオン』的な側面も等しく重要である。これは非常に示唆的である。以前に読んだマルクス関連の著作で『自由な諸個人のアソシエーションにもとづく社会』という表現が使われていて、その時はあまり理解できなかったのだが、おそらく同じようなことを示しているのだと思う。
ヘーゲル全般にあてはまることとして印象的だったのは、著者による次の言葉である。
『ヘーゲルの特徴であり、不幸だったのは彼が新しいことをいおうとするときに古い言葉を用いてしまったことです。』
とりあえず、本書の説明が正しいとする。すると、例えば有名な『理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的なものである』の意味は、単なる現実肯定ではない。ヘーゲルにおける『現実』とは『その本質(概念)が目に見える形で現れていること』であり、単に実在していることではないからである。他にも『身分』を区分けしたことが「旧体制の肯定」だと捉えられたりしたようだ。こうしたことが全て「誤読だった」ということになる。しかしながら、普通に読めば誤解に至るような文章を書いたヘーゲル自身に問題がある、正直そのように思ってしまう。この手の読み方が「誤読」であることはヘーゲル研究者の共通認識のようで、他の解説書にも似たようなこと書いてあった（ただし、正しい解釈として提示される内容その��のは微妙に異なっている）。とにかく、ヘーゲル語を読めるようにしてくださる学者の方には感謝しきりである。
本筋とは関係ないが、非常に印象に残ったのは、ヘーゲルの妻マリーの手紙の次の部分である。
『私は、愛する夫の遺体を私の居間に置いたままにするようお願いしたのですが、委員会はこの居間に夫の遺体を閉じ込めて、あらゆるものをすっかり燻して、消毒したのでした』
これは伝染病への対処を行う『医療ポリツァイ』が既に機能していたことを示すエビデンスとして引用されているのだが、私は単純に妻の夫を想う気持ちに心を打たれた。本書では言及されていないが、ヘーゲルの結婚観は非常に甘美なものであり（一人格をなそうとすることの同意）、それに勝手に納得してしまった。対して、カント（生涯独身）の結婚観はひどいものだし（両性の間での性器の排他的使用という契約）、ニーチェの女性観は非モテの負け惜しみ程度のものである（そんなニーチェが愛おしいことも事実だけど）。やはり知りもしないことを書いても説得力に欠くのは、天才でも変わらないのだろう。

序章で、ヘーゲルの時代が医療の側面から解説される。この章の記述自体はヘーゲルではなくフーコーを多く参照している。ヘーゲルはコレラで死んだ。ヘーゲルの時代はパンデミックの時代であり、近代化の時代でもあった。『医療化』=『人々の生活がどんどん医療の編み目の中に組み込まれていくというプロセス』が進行し、『医療ポリツァイ』=『国家が「医療化」を進めるために導入した行政機構・装置』が導入されていった。それによって人々は統計的に把握され、管理されていった。

ヘーゲルの『法の哲学』、および彼の哲学全体の問題は、『普遍と個別の一致はいかにして可能なのか』ということである。
ヘーゲルの『法Recht』=『法と権利、そしてこれにさらに正義を足したものよりもさらに大きな概念であり、かつ特殊な概念』=『自由の実現』=『自由が人々によって共有されるために何らかの形で存在しているもの』
ヘーゲルの『自由な意志』=『「集合的な」意志、つまり複数の個人によって形づくられている意志』≠ルソーの『一般意志』
『ポリツァイPolizei』は、『法の哲学』の『第三部「人倫」の第二章「市民社会」』に登場する。この語は英語のpoliceに相当するが、当時の文脈ではもっと広い意味で使用された。従来の訳語は『行政』、『福祉行政』、『社会政策』、『公共政策』等々である。著者によるとそれは『私たちの生活とその幸福に配慮するような権力形態』である。
『ポリツァイ』の課題=『公共事業（街灯の設置、道路・橋の建設など）、商品の品質検査・健康への配慮、消費者の権利、公安、教育、禁治産（成年後見）、貧困対策、供給過剰対策（輸出）、過剰人口対策（植民）等々』、『現在の政府において、外務、財務、国防（防衛）を除くほとんどすべての省庁に関わっている』
具体的には、ヘーゲルは講義にて、医療と『ポリツァイ』の関連について、『疫病の監督、それから子どもに種痘を受けさせることを強制できるかどうか』を論じている。
フーコーによる『ポリツァイ』の定義=『良い国家秩序を維持しつつ国力を増強しうる諸手段の総体』=『「国家の壮麗さと個々人（個々の市民）の外的な至福」を保障する諸手段のなす総体』
『市民社会』とは、『相互依存の巨大な体系』=『欲求の体系』で、『私たちが今、経済とか、資本主義とか呼んだりしているものであり、利己的な経済活動を通じて人々が結びつき、誰も全体のことを考えているわけではないのに、全体として一定の秩序が成り立っている』という社会である。

ヘーゲル『法の哲学』の『市民社会』は『国家』の前に位置付けられており、これはつまり、『ポリツァイ』だけの国家では『ヘーゲルが本来の国家であると考えていた国家ではないということ』である。なぜなら『「欲求の体系」、つまり自由な経済活動による人々の結びつきだけでは人々の幸福は保証されない』=『普遍と個別の一致の必然性を保証するには十分ではない』からである。『市民社会』では誰もが『外的関係性』=『自然災害や景気変動、そして感染症の流行』によって貧困に陥る可能性があるのに、『一人ひとりが自立して経済活動を行うことが前提』であるため、そこにセーフティネットは存在しない。市場の調整の中で『労働に縛り付けられた階級』や『ペーベル』=『主には貧困を原因として、市民社会の中でその一員として生計を営んでいく意欲を失った人、そしてそれによってこの社会に対して反逆心を抱くようになった人々』が生まれ、富は偏在して、『格差』が生じてしまう。
ヘーゲルは『欲求の体系』を補完するものとして『司法』と『ポリツァイ』が必要だとする。それは、『市民社会』の前提として、『個々人が人格や契約の主体として認められ、かつそうした人格や権利が傷つけられるときには、それが不正であるということが認められる』ことが保障されていなければならないからである。しかし『司法』だけでも十分ではなく、『特殊な個々人の福利を普遍的で必然的なものとして実現すること、要するに個々人が幸せになる状況を実現すること』のために『ポリツァイ』が必要となる。しかしヘーゲルは、『ポリツァイの限界』として、公共のため個人の権利を制限する程度が恣意的にならざるを得ない、つまり決定する原理を持ってないことを指摘する（日本国憲法にも『生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする』と書いてある）。著者によれば、これは『洗練された巧妙な統治であるからこそ、私たちの生活の隅々にまで入り込んでくる可能性がある』ということになる。ヘーゲルは、『ポリツァイ』のこの側面を警戒しながらも、同時に必要性も強調している。これを著者は『市民の安全と自由という二つの一見相反する原理の間の隘路を行こうとする試み』だと表現する。

ヘーゲルは、『ペーベル』の『社会を根底から覆してしまうような精神的荒廃』への対策として、『普遍的な威力』≒『ポリツァイ』による生活保護は、労働意欲を失わせるとして『最終的に解決することにはならない』と考えた。その人たちを『労働』に導くのが良いとされるが、その流れで『植民政策』が挙げられる。著者によると、『ヘーゲルは『法の哲学』では植民政策に関する自身の評価をはっきりと述べて』いないものの、『ポリツァイ』の限界への指摘を考えると『決定的な解決策にはなり得ないと考えている』ことは明らか、ということである。
そこで登場する、『市民社会』を補完するための第三の概念が『コルポラツィオンKorporation』である（従来の訳語は『職業団体』等）。これは『同じ境遇に置かれた他の人々』の利害を代表する団体であり、『市民社会』において失われた『共同性』を取り戻す『第二の家族』として、『構成員（とおそらくはその家族）に生活の安定と承認感情（誇り）』を与える。それはまた、『普遍と個別の媒介』し、『理性国家』の実現に必要である。
『ポリツァイ』…普遍性（国家）→特殊性（人々）
『コルポラツィオン』…特殊性（人々）→普遍性（国家）
ヘーゲルが『コルポラツィオン』の必要性を強調した背景には、ロベスピエールの恐怖政治に至ったフランス革命があった。ヘーゲルは、フランス革命において実現されたのは、ルソーの『一般意志』の概念であり、それは『部分的社会が存在しないこと』が条件となっている。このような場合、『上から下までポリツァイが貫いているような国家』=『ポリツァイ的統治の完成』が実現してしまう、ということである。こうしたヘーゲルの側面から著者は、『ヘーゲルの国家観は全体主義的なものとして批判されてきた経緯』に反論している。

ヘーゲルの『理性国家』とは、『市民社会におけるポリツァイとコルポラツィオンを組み込んで一体化したもの』である。このような国家論が『有機的国家』だといわれるのは、『コルポラツィオンのような自発的団体』=『多元的な自発的諸団体を含み込んだ上での一体性』を意味しており、個人を『国家という全体に貢献する道具』だと見なすことではない。
ヘーゲルは『身分Stand』を次の三つに分けて考える。『身分』というといかにも旧体制的だが、ヘーゲルはそれを、出身による『政治的な概念』ではなく、『選択した職業』による『経済的な概念』であり、利害が一致する人々だと考えた。
『実体的直接的身分』…農民・土地貴族/個別/家族
『反省的形式的身分』…職人、工場労働者、商人/特殊/市民社会
『普遍的身分』…官僚、軍人（+君主）/普遍/国家
ヘーゲルの『立憲君主制の国家』は三つの権力に分かれている。それは『君主権・執行権・立法権』である（現代的な立法・行政・司法の三権ではない）。これらは『分立』というよりもむしろ『三つの権力の一体性が強調されている』のが特徴である。
『君主権』は『国家』および『多である人民』に対して統一、一体性を与える『一性』としての機能を持つ。同時に『家族が持っていた自然性、直接性を国家において体現するもの』でもあるので、世襲でなければならない（正直この理屈はよく分からない）。ただしヘーゲルは、君主本人には『判断する余地をほとんど与えて』いないのであり、国家の決定に『我意志す』を付して『お墨付き』を与える役目である、としている。『君主権』には、『個別』に対応する君主本人の他に、『特殊』に対応する『内閣Ministerium』=『執行権の最高機関』と『立法権に関わるもの』が属し、国家の決定について『君主に対して説明する役目』を負っている。そして、『普遍』に対応するのは『君主の良心』と『国制全体』=『執行権、立法権も含めて組織化された憲法体制全体と、この国家を拘束している法律一��』である。
『立法権』に対応するのは『議会』である。ヘーゲルの『議会』は、『第一院（上院）』=『農業にたずさわる実体的直接的身分』と『第二院（下院)』=『商工業に関わる反省的形式的身分』から成る『身分制議会』である。
『第一院（上院）』の議員は『大土地所有者に限定』される。その理由は、『議員は一方で自分の出身身分の（特殊な）利害を代表するけれども、同時に他方では普遍性への意識も身に付けていなければならない』のであり、『君主に媚びることも、そして経済的動向にも左右されることなく、政治的な判断を行うことができる』ことが必要だからだ、とされる。著者は『今日から見れば大いに問題があるといわざるを得ない』としつつも、『普遍性への感受性を持たない政治家のあふれている現代の状況を見るならば、その懸念も根拠がないわけではないと感じら』る、と遠慮がちに書いている。…私も少し理解できる。ここで『小作農の利害がどのようにして代表されるのか』という疑問が残るが、『法の哲学』の中では明言されていないようだ。しかし『講義の中では、ヘーゲルが農民を次に見る第二院の構成員として挙げている箇所』があるということだ。著者は、そうなるとヘーゲルの『二院制の議会』はよりはっきりと『貴族院と庶民院という、（ヘーゲルのいう身分とは異なる）伝統的な身分に対応しているということ』になる、と説明する。
『第二院（下院)』の議員の選出母体には『コルポラツィオン』が想定されている。つまり『団体代表制』である。選出される議員についてヘーゲルは、『それぞれの属するコルボラツィオンにおける管理職等の実務によって、議員にふさわしい能力と心構えが形成されている』=『普遍性への視点』が培われている=『普遍的な福祉に対しても配慮するメンタリティ』が醸成されている、と考えた。当然というか、現代人である著者は『いささか楽観的であるように』思える、なぜなら『団体のリーダーたちはむしろ自分の団体の利害と維持を第一の目的としがちだ』と、まずは指摘する。しかし著者は、ヘーゲルが否定的に『国民代表制』について言及した内容を考えながら、『彼が直面していた問題は、現代の民主主義のあり方にも通じる問題であった』ように思われる、とする。次のヘーゲルの言葉は強烈である。
『多数の個々人による選挙についてなお指摘されうることは、とくに大きな国家において、多数のなかでは自分の票が無意味な結果しかもたらさないとして、必然的に自分の投票に対する無関心が生じ、そこで有権者は──彼らに対して、この投票権がどんなに〔価値の〕高いものと評価され、言い聞かせられても──、投票には現れないということである。──そうしてこのような選挙制度からは、むしろ、その規定とは反対のものが結果として生じ、選挙が、少数者の、一政党の、したがって特殊的で偶然的利害の権力という、まさに無効にされるべきものの手に帰することになる。（第三一一節註解）』
…これには吐き気を覚えるほど納得してしまった。著者も次のように書いている。
『ヘーゲルの考えていた身分制議会がいかに近代的なものとして考えられていても、それは私たちには受け入れがたく、おそらく解答は異なるものとなるでしょうが、今のところ、残念ながら私たちはヘーゲルよりもすぐれた解答を持っているわけではないようです。』
ヘーゲルの女性観についても簡単に触れられる。『法の哲学』においては『「人倫」の部の第一章「家族」』で論じられる内容であり、著者は『その位置づけがすでにヘーゲルの女性観を表してしまっている』とする。ヘーゲルの家族観は『よくも悪くも近代的なもの』であり、核家族が想定される。男性は『自立的な人格を持っており、普遍的な知を持ち、普遍性を目指して活動し』、『政治や学問の世界で戦う』。女性は『個別的で感情的であって、普遍性には向かない』、『妻として家族への恭順を特徴とする』とされる。著者は『現代から見るならばとうてい擁護できるものでは』ないとしつつも、ヘーゲルが講義の中で『女性の参政権について述べている』ことに触れ、時代に先駆けていた面もピックアップする（現実でのドイツの女性参政権は1919年から）。

そして、ヘーゲルの『執行権』について、著者は『私たちの民主主義に関する意識にラディカルな転換を迫るもの』であり、『現代に対する重要な示唆』を含むものである、と考える。『執行権』の『ポリツァイ』の側面を担うのが『官僚制』であり、その頂点には『内閣』がある。さらに『ヘーゲルはコルポラツィオンをも執行権の中に位置づけて』いた。これはつまり、『行政の一般的理解に逆らって、ヘーゲルは行政権においても下からの働きかけを』認めてた、ということになる。『コルポラツィオン』はそれ自体の利害を代表しながらも『遍的な福祉と一致させられなければならない』。その代表者は団体によって選ばれるも、『承認するのは国家』である。こられによって『市民社会』の章では『積み残されたままだった、普遍と個別の媒介の問題を解決するもの』とされる。ヘーゲルによって考えられたそれは、『単純な宥和としての解決』ではなく、『普遍と個別』の『コンフリクトの場を制度の中に確保することによって、行政に特殊な利害が反映されるようにする制度』である。その構成員は、『コンフリクトがあるからこそ、最終的に自分の個別性が普遍性に根ざしているという、一体性の感情を持つことができる』のである。だから著者は、ヘーゲルの国家論がしばしば『全体主義的なもの、異論を許さないもの、民主主義を否定するもの』とされたのは、『普遍と個別を一体のものとして考えるヘーゲルの国家の概念に真っ向から反する理解』だと説明する。
著者は、『現代の政府』においては『ポリツァイ』としての権力形態が『発展し、肥大化した形で実現』していて、『一旦立法がなされたり、選挙が行われたりしてしまえば、あとは民主的コントロールを経ることなしに、行政において権力が行使されるという事態が起こってしまう』と書く。…これは本当にそうだと思う。
一方で著者は、『コルポラツィオン』が職業団体である以上、『そこから取りこぼされる人々』=『ペーベル』の問題は残るのであり、それについて『ヘーゲルは決定的な解決を提示することはできなかったといわざるを得ない』と指摘する。
『君主権・執行権・立法権』と並んで重要なのが『世論』と『アカデミー』である。『国会議員』は『世論』に配慮する必要があり、『世論』の側では『国民そのものが公的な事柄についての意識��高め、成長する』ことができる。ただし『ヘーゲルは世論に全幅の信頼を置いている』のではない。それには、フランス革命における『ペーベルが付和雷同して拍手喝采したりブーイングをならしたりし、自分たちの意見が不利になると、自分たちに反対する演説者にすぐに復讐し、自分たちの意見の仇を討った』という経緯が影響している。そして、『アカデミー』が司る『芸術・宗教・学問（哲学）』は『国家のまったく普遍的な重要事項』とされる。『国家』は『人類の自己知を可能にする』機関を設置し、『国家の本質の直観』を得ることができる。
さらに対外国が想定され、論じられる。『対外主権』とは『軍事面から見た国家主権』=『他国に対して宣戦布告を行う権限』であり『君主』に帰属させられる。そしてヘーゲルは、緊急事態においては『主権の単一な概念にもろもろの特殊性からなる有機組織が収斂してゆき、この主権に国家の救済が、他のときに与えられていた権限を犠牲にして託されるのである』と主張する。あるいは、『国家の独立が危機に瀕する限り義務がすべての市民を国家防衛へと召集する』と主張する。さらに、『戦争の人倫的契機』なるものがある、『平和は国民の精神を腐敗させ、戦争がむしろ国民を成長させる』のであり、『戦争は絶対的悪と見なされてはならない』というような主張もする。これには著者も『現代から見たらかなり問題含みだといわざるを得ない』、『ヘーゲルが戦争や軍隊について、肯定的なことを述べているのは』否定できない、と書いている。しかしながら著者は、ヘーゲルは『戦争を全面的に肯定していたわけ』ではないとも書く。ヘーゲルが取り組んでいたのは『国際関係には、国内における個人に対する国家にあたる審級が存在しない』という事実であり、カントの『永遠平和論』は『平和の保証にはなり得ない』という現実だったようだ。『戦争』は『過ぎ去るべきもの』であり、『諸々の国家の国民それぞれがそれぞれの規範意識と倫理を高めていく』過程として捉えられ、そこに『国際法の基礎』が見出される。そして、『国際法の根拠』は、諸国民の『習俗Sitten』=『人々が社会の中で共有している規範意識』の発展にあるとされる。
『法の哲学』の最後に論じられる『世界史』の、それはイコール『世界法定』であるという考えも、著者によれば『世界政府』なるものが存在しない以上、『裁きを行うのは、歴史でしかない』という意味だとされる。よく問題にされる、ヘーゲルの発展的歴史観についても、『理性が歴史を操り、人類を進歩させているという人類の他力本願を言い表している』わけではない、と説明する。しかしこれでは、ヘーゲルの記述、「東洋的治世→ギリシャ的治世→ローマ的治世→ゲルマン的治世」という図式への説明にはなっていないと思うのだが、どうだろうか。それはそうと、著者によるとヘーゲルは、諸国民の『習俗』を、『平和の実現へと向上させていくことが必要だと主張している』ということである。
『愛国心Patriotismus』もよく批判されるようだ。ヘーゲルはこれを『尋常ではない犠牲や行為へと向かう気持ち』とは区別して、『政治的心情』とした。それは『理性的性格が諸制度に適合した行為を通じてその活動性を保持している』国家体制の『成果』であり、『そこで自分の利���が普遍的なものとして実現されていることを認識するときに、国家への信頼として』成立するもの、である。ヘーゲルにおける『自由』概念は、『他者のなかで自分自身のもとに存在すること』なのである。このような愛国心であれば、私も納得できる。そして、それが得られる見通しが今のところないことも理解できる。
ヘーゲルの『人倫Sittlichkeit』は、『単に普遍的形式的な規範ではなく』、それが『習俗Sitte』=『社会的意識』として『身に付けた感情と結びつくような形で身体化されている』ことを指している。この実現が、『法の哲学』においてはとくに『国家』に見出されたのである。