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商品説明
飛行機事故から生還し、平凡なサラリーマンから「奇跡の生還者」となった男・服部さんを待ち受けていたとんでもない出来事。疑惑の財界人の元秘書はなぜ執拗に彼を狙うのか。愛と命を賭けた奇妙な闘いが始まった。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
伊井 直行
- 略歴
- 〈伊井直行〉1953年宮崎県生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。83年「草のかんむり」で群像新人賞、89年「さして重要でない一日」で野間文芸新人賞を受賞。ほかの著書に「三月生まれ」など。
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紙の本
本当に「手に汗握る」という常套句が相応しい展開
2000/11/19 18:18
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投稿者:柴田元幸 - この投稿者のレビュー一覧を見る
(『濁った激流にかかる橋』(伊井直行著)の書評からの続きです。併せてお読み下さい)
一月に出た『服部さんの幸福な日』も『濁った激流にかかる橋』と同じくらいいい小説だと思うが、こちらは、少なくとも前半は、「面白い」という言葉が、もう少し使いづらい。もちろん「つまらない」のではない。自分の身にこういうことが起きたら嫌だなあと日ごろ思っているようなことが、大いに共感できる主人公の身につぎつぎと起こり、その消耗感がほとんど生理的に伝わってくるので、それが読んでいてつらいのである。
平凡なサラリーマン服部さんが飛行機事故に遭い、もう一人の男とともに、奇跡的に生き残る。マスコミに騒がれ、自分に対する無根拠な悪意や見当外れの善意が、自分の知らないところでどんどん増殖していく。ある意味で、事故を境に服部さんはまったく別の生を生きていると言ってよく、ほとんど来世を生きているような非現実感もそこにはあるのだが、と同時に、服部さんに浴びせられる無責任な悪意や鬱陶しい善意はものすごくリアルなのだ(しかも語り手は、視点を服部さんに限定せず、随時必要に応じて全知の視点から語るので、服部さんの知らない悪意も読者には知らされる。これがまた切ない)。
それと、これはさっきの、現実における正義の不足の話ともつながるのだが、いわゆる「しがないサラリーマン」として服部さんは、正義や正論とは関係のないところで物事が動く世界を生きることを(『さして重要でない一日』の主人公をはじめとする、伊井文学におけるほかの多くのサラリーマンたちと同様に)強いられる。僕は幸運にも、先生先生とおだてられ、そういう現実とあまりかかわらずに日々を生きているので、服部さんがそうした目に遭うのを読むのが、すごくしんどい。
しかし! そうしたしんどさを感じつつも、服部さんの運命がどうなるのか知りたくて、我々は読み進まずにはいられない。そして読み進んで終盤までたどり着くと、そこにはものすごくスリリングな展開が待っている。服部さんの人生を破壊しようとする人々の家に彼が単身乗り込んでからの数十ページは、ハラハラドキドキ、本当に「手に汗握る」という常套句が相応しい展開である。「それで? 次はどうなる?」というもっとも基本的な物語的欲求がストレートに喚起され、それが存分に、だが定型的でない形で満たされる。『濁った激流にかかる橋』の最終短篇もすごかったが、こっちの終わりもすごい。まずどちらの一冊を推すか、書いているうちに見えてくるかと思ったのだが、がっぷり四つに組んだまま両者一歩も譲らず……。
(「bk1文芸サイト」 連載書評第二回「『濁った激流にかかる橋』『服部さんの幸福な日』——伊井直行の快作二冊」より/公開2000.8.19)